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135 鎮魂の後夜祭

 双校祭の最終日を終えた翌日の朝、シュレイドはいつもの場所にいた。
 一心不乱に鞘に納められたままの剣を振る姿。
 少しばかり早朝が肌寒く感じられ始めたこの時期の空気は澄み渡るような静けさを連れてきている。
 
 波立つ心が静まらないまま、何かを振り払うように振るシュレイドの姿はまるで学園に来て初めてバルコニーから眺めたあの日のゼアと同じ後ろ姿。

 しかし、その自分がそう見えている事すら気付かないシュレイドは眉間に皺を寄せたままの怖い顔で振り続ける。

「……シュレイド」

 遠く木の陰から見守るように見つめるメルティナはいつものように彼に声を掛けようとするも、どうしてか出来なかった。
 ただ、いつものように「やっぱりここにいた」とそう声を掛けるだけでよかったというのに、これまでの当たり前が、日常がさらさらと消えて行ってしまうような言い知れない不安。

「……」

 そんなメルティナの肩を優しく叩く手があった。

「メル、どしたの?」
「ミレディ」
「いいの? あいつに声かけなくて」
「うん」
「ほんとに?」
「…うん」

 その返答を聞いたミレディアは大きくため息を吐いた。

「はぁ、まったくアンタ達二人はほんと昔から変わらないね」
「えっ」

 ミレディアはニカっとメルティナの手を掴んでづかづかとシュレイドに近づき声を掛ける。
 
「……シュレイド!!! ほら、そろそろ教室行くよー!!」
「ミレディア?」
「メルも一緒だよ」

 ミレディアに引っ張り出されたメルティナがよたよたとシュレイドの眼前に躍り出る。

「……メルティナ」
「……」

 木陰からおずおずと姿を見せるメルティナを見てシュレイドは安堵する。
 あの後、再び起きた時にはもうメルティナの姿は救護室になかったからだ。

「もう、大丈夫か?」
「うん」

 どうしてかぎこちない笑顔になってしまう。
 それがシュレイドにはどうしても後ろめたい何かに感じられてしまっていた。

「そか、ごめんな」
「どうして?」
「怪我、させて」
「ううん、私が、したくて勝手にしたことだから、それにそんなに大きな怪我じゃなかっ……」

 その言葉を遮るようにシュレイドが遂に眉をひそめた。

「けど、もうあんなことは二度とやめてくれ」
「え」

 シュレイドの表情が視界に入りギュッと胸の痛みが感じられた。

 じわりじわり。

「俺なら、助けなくても、大丈夫だから。メルティナに助けられなくても俺は、大丈夫だから」
「そっか、うん。わかった」

 じくじく。胸に拡がり続けるその痛みで苦しくなる。

「バカっ!!」

 そんな二人を見かねてミレディアが二人の頭をポカポカと叩いた。

「状況はあたしには分かんないけど、そこはお互いにありがとうでいいんじゃないの? なんでそんな複雑な話にしちゃうわけ、2人ともバカ!!」

 二人が見るとあのミレディアが今にも泣き出しそうな顔をしていた。

「シュレイドもメルティナも二人とも無事だったんだよ? それでいいじゃない。なんで二人ともそんな顔してんのよ」

「ミレディア」

 シュレイドは最終日の双校祭での最後のイベントである後夜祭に揺らめく炎を遠くから眺めつつ、王都へ戻る前夜にリーリエと話した時にかけられた言葉を思い出していた。

『なぁ、つかぬ事をお伺いプリーズするんだけど、シュレぴっぴ、その剣と技でこれからチミは何をしたいの? どうなりたいの?』
『何を、したい? どう、なりたい?』

 大勢の生徒がその炎の前で、今日までに学園を去った者達、行方不明になった西部の生徒達、これまでの学園の歴史、その中で命を散らした者達への祈りを捧げて黙とうする。
 
 離れた場所でシュレイドとリーリエは並び立ってその様子を見つめていた。


『力ってのはさぁ~、明るみに出た途端、つまりは人々に共有され知られた途端にいきなり責任を伴っちゃうわけよ。ディアナくんが良い例かにゃ? 強くあり続けなければその双肩にかかる全ての者の期待を裏切る。誰かの期待ってのはクソめんどくせぇし、クソ重たくてきちーもんなんだ。それは君たち学生も、大人であるリーリちゃん達も負担は変わんねぇのよね。だからリーリちゃんは自分は怠惰に生きる事を選んだワケ。好きな事だけしてたかったもんだから』

 そう言いながら空へと視線を向けるリーリエの横顔は誰かを思い出しているようだった。

『師匠。人は、好きな事だけして生きてちゃ、ダメなんでしょうか』
『ダメな訳ないね、実際リーリちゃんはそうしてるし』
『師匠は今、好きな事だけ出来ているんですか?』

 リーリエは僅かに考えるような素振りをしてから大きく欠伸をした。

『ふわぁ、出来てんじゃね? 剣だ。大好きな剣を誰よりも上手く、誰にも真似できない剣を追及して生きている』
『そういえば、師匠はどうして、そんなにも剣が好きなんですか?』
『……ひみちゅだーにゃ』
『なんですかそれ』
『乙女のひみちゅなのだよ』
『ちょっと良く分からないです』

 リーリエはケラケラと楽しそうに笑う。年下の男の子をからかうなんて事は王都に居た時には経験する事などなかった。彼女にとっても短い期間ながら学園へと来たことは大きな転機となったことは明白だった。

『人にはねぇ、誰にも明かせないひみちゅが必ず一つはあったりするものなのだ弟子よ』
『誰にも明かせない秘密……』

 シュレイドは視線を下げた。思いつめるようなその表情などお構いなしにリーリエは本題へと言葉を差し込む。

『シュレぴっぴは一人、切り殺したんだってな?』

『……あれは、ちが』『違わないぞ。……違わないぞシュレイド。カレン君から話は聞いてる』

 初めてちゃんとした名前で呼ばれた事など耳に残らない程にリーリエの視線は鋭い。これまでで初めてと言っていいほど殺気の籠った眼だった。
 師匠であるリーリエは楽しそうに、あるいは気だるげな姿しかほとんど見たことはない。
 こんなに表情もするのかと背筋がゾクリとして嫌な汗が背中を伝い身体が強張る。

『……』
『相手を斬る事に正当な理由なんか存在しない、それを探しても無駄だ。解決しない』
『それはどういう?』
『理由を作るな考えるな』
『理由を作るな考えるな?』

 遠く揺らめく炎がパチパチと爆ぜる音が聞こえる。微かに聞こえるのは虫の鳴き声だろうか。静寂の中でシュレイドとリーリエの視線は繋がったまま一本の線のように真っすぐ乱れない。

『起きた事実に対してどうするかだけを考えて決めて実行する。でなきゃ今すぐ人を斬った後悔を胸に刻んでチミはその剣を捨てて生きれるのか?って話になる』
『……』

 手元の鞘を見つめる。
 剣に触れない日々。
 剣の存在しない人生。
 剣を持たない自分の未来。

 そのどれも何一つ脳裏に浮かぶことはなかった。

『ほれ、捨てれないっしょ? もうそいつもチミの体と心の一部となってんだわ』
『体と心の一部』
『だから、君が相手を切った、剣を振ったという事がそもそも、チミがその場で死ぬわけにはいかない何かがそこに確実に存在したのさ。作ったり考えたりして後付けで生まれた理由じゃない、君の本能にも似た本質、剣を振る行動の本意がね』
『……』
『シュレぴっぴ、次に会う時には、その迷い断ち切ってリーリちゃんにその剣、この身に届かせて見せてくれ~。お互いに後腐れなく手を抜かずにフェアに切り結ぼうじゃないかにゃ。本気のチミの剣にリーリちゃんは非常に興味があるのだよ! チュッチチチュウィイイイギュ』

 舌打ちでチッチッチとしたいのだろうことは人差し指の動きだけで分かった。舌打ちの劇的に下手糞なリーリエのその不可思議な言い回しに思わずシュレイドは首を傾げた。

『本気って、俺はいつも本気で師匠に……』
『嘘つけぇええええ!!! 本気のフリをしてることくらいリーリちゃん様は気付くんだにゃ!! 師匠を舐めとんのかにゃぁあああ!!』
『えっ、え』
『リーリちゃんの願望を叶える為にも、学園を離れる前の最後の助言をしておくぞ。頼むよ、人生の暇つぶしの中で割と上位なんだからね!! 睡眠には劣る興味ではあるけど、んなことはどうでもいい』
『はい』
『いいか、守る剣を振るう時に躊躇は一切するな。守るべき者を守れたならそれで勝ち。チミの剣は明らかに守る剣。……何を守るのかは、まぁリーリちゃんには知らんしそこは興味ない。だからチミが自分で決めたまへよ』

 そういってバシバシ背中を叩かれた後、その手がシュレイドの頭を優しく撫で回していた。
 リーリエは眠そうにしながら再び欠伸をしたかと思うと、何故だかとても満足そうに微笑んで去っていく。闇を照らしていた大きな炎に照らされた影が揺らめいていた。

 彼女の言葉はまだシュレイドの中では収まり切らなかったが、それでも深々と頭を下げてリーリエを、祖父以外での初めての師匠と呼べる人物を見送った。

 
「守る、剣」
 そう呟きつつ目の前の二人の幼馴染の顔を視界に捉えたままのシュレイドのもやもやが胸の中からわずかばかり晴れる気がした。腑に落ちたまではいかないがリーリエが言っていた事の断片は二人のいつもと違う様子から繋がっていた。

(俺がもし死んだら、この二人を守れる人間が居なくなる。そうか、俺が本当に恐れていた事は……二人が俺の前から居なくなってしまうことだったのかもしれないな)

 シュレイドの瞳に微かな光が灯る。

「メルティナ。ミレディア」

 二人が俯いていた顔を上げる。

「ありがとう。俺なら、大丈夫だから、行こう。教室に、遅刻してカレン先生にまた怒られるのはごめんだろ」

 そう言って口元を緩めてはにかむように笑う。

「そもそもアンタのせいでしょうが!!! このバカ!!!!」

 ミレディアは涙を袖で拭いた後、突き出した自分の拳がさらりとかわされるのを見て安堵した。

「シュレイド……もう大丈夫だね」

 その横でメルティナだけは笑顔を見せつつもただ一人その心は晴れていなかった。

(きっともうだいじょうぶ、いつか私が、いなくなったとしても)

 小さな胸のつかえ。その小さな何かが一人取り去れないまま、浮かんだ心中を押し殺して、いつもの笑み浮かべる。

 自分自身に対しての恐怖と不安が拭い去れないまま、ただ内容を思い出せないままの朧げな夢がメルティナの心には充満していくのだった。


つづく


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