Eighth memory 08 (Conis)
ワタシとオービーが揺り籠へ向かう道中、奇妙な光景を目にしました。
それは道行く道で大量に綺麗な緑色の結晶となって、放置されているみんなでした。
その数は、少し……いえ、異常な数でした。
オービーもそれに気が付いたらしく、揺り籠に近づくにつれて徐々に増えていくその数を見て、にがにがしたお顔をしていました。
そしてこの状況が無視できない事であると思ったオービーは足を一度止めて、座り込んでみんなを調べ始めました。
「オービー?」
「……」
オービーはワタシの言葉が届いていないのか、何も言わずにみんなの体を触ったり、じろじろと見ているようでした。
ワタシはその様子を首を傾げて見ている事しか出来ませんでした。
やがて、オービーが立ち上がるとワタシの方も見ずにぽつりと呟きました。
「……おかしい……」
「何がですか? オービー?」
ゆっくりとオービーへと近づき、オービーに声をかけます。オービーはゆっくりとワタシの方を見て口を開きました。
「侵食が途中で止まってやがるっていうのに、命が消えてんだ」
「命が……ですか?」
「どうなってんだ……こんなこと今までーー」
「今まで、起こりえなかった。つまり、これまでとは全く異なる終わりの形だ……」
オービーの言葉に続くように突然ヌルさんが現れて、ワタシたちの方へゆっくりと歩いてきます。
「!? ナンバーヌル!!」
「……ここへ何をしにきた? OB-13。そして、SC-06」
「何をしに来たとはご挨拶だな。俺達がここから目指す先は一つしかないだろうが」
ヌルさんが1人でワタシたちの前に現れるなんてことはあり得ない事でした。
ヌルさんはいつもマザーのそばにいて、そこからは決して離れることはありません。
そんなヌルさんがマザーから離れている。そのなぜなぜはワタシにもはっきりとわかることでした。
「ナンバーヌル? 何故、あなたがここに? マザーのそばにいなくて良いんですか?」
ワタシは、自分のなぜなぜをそのまま真っ直ぐにヌルさんへとぶつけました。するとヌルさんはとてもにがにがして辛そうなお顔をしながら言葉を発しました。
「SC-06……それは、俺が……いや誰も今のマザーのそばにはいられない状態だからだと言ったら?」
その意味がワタシにはわかりませんでしたが、オービーはその一言で何かを察したように見えました。
ワタシは、続けざまになぜなぜをぶつけました。
「……? どういう、こと、ですか?」
「……単的に言おう。マザーが暴走してしまった」
「なっ!? なんだと!!」
ヌルさんのその一言はオービーすらも考えてはいなかったことなのでしょう……マザーのぼうそう……。
それは起こりうることの一つではありました。私達と同じようにここで過ごす存在。しかし、限りなく、それはあり得ないことだと思ってもいました。
だって、それはマザーだからです。
でも、少しうーんと考えればそれはワタシのそうだったらいいなという願望でしかないことをワタシは今のこの瞬間にようやく気付いたのです。
「マザーの暴走……具体的には何が起きてんだ? ナンバーヌル」
なぜなぜで頭がいっぱいなワタシとは違って、オービーはとても落ち着いていました。もう、それはドシンドシンと歩く大きな巨人さんみたいにどっかりとしていました。
「……俺にも分からない。ただ、今のマザーは、無意味に浸蝕された者たちの命を終わらせている」
「中途半端に結晶になっていたやつらは、全員マザーの暴走の影響を受けちまったのか……」
「……」
ヌルさんは何も言いませんでしたが、何も言わない。それがきっと答えなのだとワタシは思いました。
みんなきっと、最期のその瞬間まで、マザーのそばにいた……そのせいで、マザーの暴走の影響を受けてしまった。
でもどうして? マザーに何が起きたのでしょう?
沈黙を破るようにオービーはヌルさんに問いかけます。
「マザーは、俺たち一人一人の浸蝕の症状を和らげるための力を与えていた。つまりそれは、逆に浸蝕を侵攻させることも可能である、とも言える。そうだろ? ナンバーヌル」
「……その、通りだ……」
「つまりマザーもいずれ、他のみんなのように動かなくなる……」
「あぁ。その通りだ……それも、おそらくそう遠くないうちにな……」
ヌルさんは、重い口をゆっくりと動かしてそう小さな声で答えました。
オービーは、ヌルさんへ殴りかかろうとしていましたがその気は直ぐに消えたようです。
「でも、諦めたわけじゃないんだろ?」
「えっ!?」
「例え、暴走していたとしても、あんたにとってマザーは大事な存在のはずだ。だからこのまま動かなくなるまで放っておくという選択肢はお前の中にはない……違うか?」
「OB-13……」
表情は見えなくともあんなにしくしくした声色の人をオービーは殴れる人ではありません。
今ワタシの目の前に映る光景のような……そう、ちょっと前まで喧嘩していた相手にも手を伸ばしてしまう。
オービーは、そういう人なんです。
「……あんたが行かなくても俺たちは行く。さ、行くぞSC-06。マザーのところへ」
「はいっ! OB-13」
「待てっ!!」
ワタシたちがヌルさんをすり抜けて、奥へ進もうとした時。ヌルさんは、いつも身に着けている剣を抜き、ワタシたちに向けました。
「やる気かナンバーヌル? なら、力づくでもーー」
「OB-13。君が、いつも持ち歩いているエルムはどうした? 何故そんな純度の低いものを持ち歩いている?」
「なっ!? お前には関係ーー」
「なるほど……暴走した仲間に一部を喰われた、のか……」
「んなっ!?」
ヌルさんは、そう言うとそのままワタシたちを通せんぼするように立ちふさがりました。
その眼は本気の目をしていました。
「マザーの所に行くなら、まずは話を聞いていけ!」
「話だと、そんな時間は俺たちにはーー」
「お前たちは知らなければならないんだ……エルムと呼ばれる物に宿る力の正体を……」
「エルムの正体……ですか? 大昔の遺物であると共にマザーがワタシ達に与えてくれる救いではないのですか?」
「救いなどではない……この力は失われた過去の呪われた力だ」
「呪われた、力?」
「そうだ……このエルムという不思議な道具は元々は侵攻が進んだものたちが残した生きる力……そして使用者の願いを聞き入れることで完全な形になると言われている。そして、その願いが単純なものであればあるほどにその純度を増す。この俺の……今の体のようにな」
そう言ってヌルさんはいつも身に着けていた鎧を脱ぎ捨て、握っていた剣を鞘へ戻すとそのまま地面に置きました。
「なっ!? どういうつもりだ……ナンバーヌルーー」
「俺はお前たちと争う気はない……と言ったところでOB-13。君はきっと信用してはくれないだろ? なら、行動で示すまでだ……時間はないが……この話を聞かなければお前たちもマザーに浸蝕の侵攻を早められ、周辺に転がる彼らと同じ道を辿る……」
「聞かせてください。ナンバーヌル」
「おいっ!? SC-06!!」
「……オービー、ヌルさんの話を聞いておくべきです」
これまでに気にしたことのなかった言葉、「エルム」どうしてかその言葉が妙に胸の奥に引っかかる感じがして、思わずアタシは珍しく強い視線でオービーを見つめました。
「……わかった。聞こう」
「俺が知る全てをお前たちに話そう」
そう言ってヌルさんはその場にあった大きな岩に身体を預けて話し始めました。
つづく
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