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152 突拍子もない話とこれから

 話を進める中、ドラゴがこれまでのことを全く話を理解していないかのように首を傾げる。

「で、その話と今日呼び出された事と何が関係あんだ?」
 
 話の流れが作られてはいたものの確かに良く考えてみればヒボンの話には不明な点が多い。
 こうした話をして一体ヒボンが何をするつもりなのかが誰にも分からなかった。

「そうだね。端的に言うとこうして起きている一連の異常な事態は国の重要なポストにいる誰かが意図的に起こしたことなんじゃないかと僕は睨んでいてね。それが誰かを突き止めたいんだ」

「突き止めるも何も、一体誰がこんなこと出来るっていうんだ?」

 ドラゴの返答は一つ一つ的を射ている。目の前に起きた事ではあるがどのようにしてそれを起こせるのか皆目見当がつかない。

 ヒボンは口の端を少しだけ吊り上げるようにして笑う。

「リオルグ先生自身が証明しているじゃないか、偶発的に起きた事であるとするならもっとあの時、場は混乱していたはずだよ。それに先生がハッキリと何かをしたということはここにいる大半の皆は見ていたはずだ」

 リオルグが掲げていた禍々しい石の事を思い出す一同。
 そこでネルは当たり前のようで誰も気にしていなかった疑問を呟く。

「そういえばリオルグ先生が呑み込んだ何か、あれは一体なんだったの? 先生自身ではなく、国内の誰かのせいでもなく、それこそが寧ろ原因という可能性もあるでしょう?」

 ヒボンは大きく首を縦に振って肯定する。

「そうだね。あの時の石のような何かも含めて不明な点がまだまだ多いのは確かだね。ただ今は情報がまだ足りない。だから今はリオルグ先生の行動を起点に考えるのが紐解きやすいと思っているんだ」

 意見を否定するでもなく受け入れて先へと進めるヒボンの話はとても理にかなっており聞きやすい。その空気からかネルはもう一つ気になっていた事を質問する。

「そう言えば先輩、ゴジェヌスのようだとも言ってたわね。あの時、私は急所を射抜いたはずなのにリオルグ先生には全く効いていなかった。超常的な何かが起きていたのはなんとなく理解はできる。……で、今更で申し訳ないのだけど、ヒボン先輩。ゴジェヌスというのは何なの?」

 ドラゴがチャチャを入れるように口を挟む。

「なんだお前、そんな事もしらねぇのか? 神話に出てくる化け物のことだよ」

 ネルは得意げに話すドラゴを無視してヒボンの回答を待つ。

 彼女は学園に来るまで、あまり広い世界の事を知らなかったという経緯もあり、ヒボンに純粋な問いを投げかける。
 言われてみれば他の誰もが名前こそ神話の本などで聞いたことがあったりするものの、そもそもそれが何なのかこの場にいる全員が分かってなどいなかったのだ。

「神話の中で、神の眷属と呼ばれている理性のない化け物のことだというところまではドラゴ君も言っていた通り知っているよね?」

 ヒボンはそのように説明する中、リリアはふと思い出す。

「あれ? でも先生には理性ありましたよね?」

 ヒボンもその点は気になっていた。自分が知っている本の知識の中ではゴジェヌスというのは理性なく破壊の限りを尽くすだけの化け物だったはずだ。
 その点で言えば確かに会話が成立していたあのリオルグは何だったのかという話になる。

「不可解な点は多々あるんだけど一旦置いておくね。ゴジェヌスについてだけど、元々は龍脈を守る守護獣であったとも一説にはあってね。各地の龍脈を守っていたのではないかという話も研究者の間で一時期は盛り上がったらしい。ただ、残念ながらやはり架空の存在であるという事で信憑性の欠片もないまま、その説は廃れたらしい」

「ヒボン先輩詳しいですね」

「まぁね、あまり戦いに向いてない僕にはこの学園に入る為に知識を仕入れるくらいしか出来る事がなかったから、ね」

 隠しもせず愁いを帯びた瞳ではにかんだ。

「話を戻すけど、だからリオルグ先生が化け物になったあの事象は、自分で引き起こしたという線は当然あるけどやはり腑に落ちない部分も多い。共犯者、もしくはそれをカモフラージュした何かがある可能性もある。それを僕は突き止めて、国に貢献したいんだ。騎士になる為に」

 ヒボンは自分の野望を続ける。

「非凡な才の人間が功を得るにはこうしたチャンスを生かすしかないんだ」

 彼の純粋でもあり、邪でもあるその願いを今は誰も否定はしない、ただそんな突拍子もない話が真実であるという可能性はどこにあるのかはまだ見つけられそうにない。

「仮に、裏で手を引いている人が本当に居たとして、その人をもしも見つけることも出来たとして、ヒボン先輩はどうするつもりなんです?」

 ゼフィンが鋭い視線でヒボンを見つめる。ヒボンはその視線に譲らず強い視線で見つめ返す。

「……その人物を討つ」

 この場の全員が黙り込んだ。ゼフィンは明らかな敵意をここで初めて彼に見せる。
 ヒボンが行おうとしているのは今、国で権力、もしくは何かしらの地位を持つ人物を国の敵として話を進めようとする悪意ある物言いでもあるからだ。

「ヒボン先輩、学園の中にいるからこそ言える発言だと思いますし、僕らはまだ一介の生徒だ。多少の事は影響しないでしょう。けれど」

 ゼフィンが視線を更に鋭くする。

「場合によっては国家への反逆と見なされる発言です。そのように考え、行動しようとする理由がそもそも不可解です。国が関与している証拠は何もない。先輩の話は大半が作り話、妄想の類にも思えます」

 静かにヒボンとゼフィンは視線をぶつけ合う。

「ドラゴ君とゼフィン君は騎士の家の生まれだったか。その場所から弱者や淘汰される側の世界は見えなかったんだろうね。その国家そのものこそが反逆者だとしたら君はどうするんだい? それでも国に付き従うのかい? 明らかな悪だとしても?」

 ヒボンの言葉にウェルジアとリリア、そしてプルーナ、ネルまでもが視線を落とす。

「今の国が異常である可能性から目を背けてはいけないと僕は思う」

 真っすぐな言葉にゼフィンも返す言葉がない。ヒボンの質問に対して回答が出来る答えを彼もまだ持ち得ていなかった。

「元はと言えば騎士は弱者を守るという存在だったはず。昔から立場など関係なくある意味で平等な存在だったはずだ」

 ヒボンの言葉は正しかった。国がここまで大きく確固たる強国となれたのは忖度のない意思を持つ騎士が過去に存在したからだ。

「今でも、そうですよ」

 ゼフィンはただ一言そう口を開いた。

「本当にそうかな、君たちは自分が住んでいる場所以外のことを知っているかい? 辺境の村々にいる騎士達の姿を、行動、態度を見たことがあるかい?」

「知らない事もあることは理解していますが」

 ゼフィンが少し言葉に詰まる。彼とて九剣騎士をただ目指してきただけの一生徒だ。ここまで難しい話をすることなどこれまでにはなかった。

 重苦しい空気が流れ始めた場にドラゴの声が響く。

「ふーん、つまり、その騎士ってやつらの本質を知る為にヒボン先輩は学園に来たってことか? それは騎士になりたいという事とは違うんじゃねぇか?」

 ヒボンは思わずキョトンとした。

「ドラゴくん、その通りだ。それと同時に騎士に憧れているのも事実だよ」

 ウェルジアはそのやりとりを黙って聞いていた。騎士という存在への憎悪。国への憎悪。
 ここ最近では薄れつつあった感情が自分の中に膨れ上がるのを感じつつここまで話を聞いていた。

「ヒボン、具体的にはどうするつもりだ? 場合によっては手を貸さないでもない」

 着地点の見えない話にここでウェルジアはヒボンの核心を聞くべく質問した。

「ちょ、ウェルジア君、キミも国の騎士を目指して居る一人だろう? 国に何かを企んでいる誰かがいるという話を信じるというのかい?」

「関係ない。国に対して許せない事が過去、俺はあったということだけは事実だがな」

 リリアが心配そうにその表情を眺める。

「ウェルジア君」

 リリアもまた国に対しては思う所がないわけではなかった。
 国に直接何かをされたわけではないが、その国が招いた国内情勢の不安定さによって人々が荒れ、影響を受けた人物により母の夢が、道が閉ざされたのだという事を今は知ってしまっている。
 倒れる母の側で叫ぶリリアを助けてくれる騎士はあの時、一人もいなかったのだから。ただ遠巻きにこちらを見つめていただけだ。

「生まれた時からの弱者にしか分からないことかもしれないね」

 ヒボンはやや皮肉めいた言い方をするとドラゴとゼフィンを見つめた。

「それは俺達が生まれながらに強者だったと?」

 ドラゴは皮肉すらもよく理解しておらず話の筋が掴めないままでいた。

「良く分かんねぇが、つまりは国を変えたいってことだろ? ヒボン先輩はよ」

「ドラゴ、そう言う話じゃ」

「そう言う話だろゼフィン。誰かが良くねぇことをしてるかもしれないこの国がそもそも今のままじゃだめかもしれねぇとかそう言う話だろうがよ。そうだとしてら本当に何か企んでいる奴が居ようが居まいが関係ないじゃねぇか」

 ゼフィンはその言葉に何か一つ腑に落ちたように俯いて微笑んでいた。

「ヒボン先輩よぉ。俺はただ強くなりたくてここに来た人間だ。難しい事は分かんねぇよ。ただ」

 ドラゴは真っすぐにヒボンを見つめる。

「今の国が間違った道を進んでいるってんなら、騎士になって俺達で変えればいい。そう言いてぇんじゃねぇのか?」

 ヒボンは返答に困り、複雑な表情をしている。

「ドラゴ君、君という人は、そんな単純な事じゃ」

 それでもなお、ドラゴの言葉は真っすぐにヒボンに向けられる。

「単純な事だろ、俺達が騎士になって、もし良くない事をしてるやつが本当に居たならぶっ飛ばせば終わりだ」

 普段、あまり表情を崩さないネルが遂に破顔する。

「……っくく、ふふ、ははは、何なのアンタ。本当にバカなのね」

「ああん? 何も変な事言ってないだろうが」

 つられてゼフィンも吹き出した。

「そだね、ふふ。ドラゴらしいけど、君は本当に変わらないんだな」

 真剣な表情を崩して柔和に笑う。その様子を見てヒボンもまた笑みを零す。

「……なるほど、僕は少し考えすぎていたようだよ。うん、そうか、そうだね。よし」

 何かを決意したようにヒボンは全員を見つめて頭を下げる。

「皆、難しい話をしてごめんよ。ドラゴ君の言う通りかもしれない。遠回りかも知れないけど、まず何かを成すには僕らが正規の騎士になる必要があるね」

「ヒボン先輩?」

 リリアが頭を下げた先輩の様子に戸惑う。

「僕は、弱い。だから一人で戦うことが出来ない、どのみち僕が騎士になる為には誰かの力を借りるしかないんだ」

 はっきりと自分の事をそう評するヒボンの言葉を誰も否定は出来ない。班戦闘の時から共に戦ったウェルジア、ドラゴ、ネルは既にそれを知っており三人は顔を見合わせた。

「確かにアンタは強くはないが」

 ウェルジアはヒボンを視界に捉えてそう評した。

「……」

「ヒボン先輩の強みは寧ろ集団の中で生きると思うけど」

 先ほどまで珍しく表情を崩していたネルがいつもの様子に戻る。

「ああ、頭を使えねぇ俺みたいなやつは集団じゃアンタみたいな人間の指示がねぇと力を発揮できない事があるのも分かったからな」

 ドラゴも様々な経験で一回り成長していた。

「ドラゴ、成長したねぇ」
「ゼフィン、バカにしてるだろお前」
「そんなことはないさ」

 和気あいあいとする全員の前でヒボンは宣言する。

「細かい話はこれから先だね。もっと目の前の事が先だ。よし、皆、僕に力を貸してほしい、まずは僕たちで西部生徒会の座を奪取したい」

 ここでようやくヒボンの遠回しな話の結論が彼の口から飛び出した。

「あのティルスから?」

「ああ、噂では彼女はかなりの家柄らしいけど、少なくとも僕が騎士になる道は、おそらくその先ににしかないからね」

 ネルは既に情報を得ていたのだろう。

「その家柄についてだけど、リオルグ事変で明るみになったらしいわ。かなり高い身分の貴族のようね」

「貴族……高い、身分」

 ウェルジアはこの瞬間、貴族という言葉に、存在に、胸の奥にドス黒い炎が燃え上がっていくのを感じていた。

 忘れかけていたあの出来事が消えない刻印のように彼の脳裏に浮かび上がり、横で見ていたリリアはその表情に言い知れぬ不安を抱くのだった。



 つづく


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