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EP 03 激動の小曲(メヌエット)01

「ソフィー!」

 物憂げな表情で遠くを見ていたソフィにヤチヨが大声で現実へと戻ってくる。
 昼からの自警団の仕事へと向かう前に、ヒナタとヤチヨの住む小さな家を訪問し、朝ごはんをごちそうになったソフィは「ヤチヨの相手をお願いね」とヒナタに言われ、食器をキッチンへと持っていった後、ヤチヨの話を聞いていたところであった。
 
「ふぁっ!? なななんですか?」
「何ですか? じゃないよ~も~さっきから話しかけてるのに、聞いてる?」

 ソフィの反応に、ヤチヨの頬が少し膨らむ。
 自分よりも年上のはずの彼女だが、見た目だけならソフィの妹と思われてもおかしくはないほど幼く見えてしまう。
 しかし、それも仕方のないことで天蓋という場所に数年間の間、選人という役割を担い幽閉されているような状態だった為に何故か天蓋へと入った時のまま彼女は出てきたのだ。
 
 天蓋という存在は昔からあった。
 しかし、何故存在しているのか? どうしてあの場所にあるのか? また、それにまつわる人々はその後どうなっていたのか? など、あらゆることが明らかになっていない……。
 だが、今となっては自警団の任務で天蓋の警護に当たっていたあの夜、謎の襲撃者である二人とのいざこざの間に起きた激しい地震により内部の崩落が激しく、今は入ることすらできなくなっており、調べることができない状態だ。
 そんな謎だらけの天蓋の中にいたヤチヨは、天蓋の中心部の部屋へと入って過ごしていた間、成長が止まっていたかのようだった。
 天蓋から出たことによって、ようやく彼女自身が成長するという当たり前の日々へと戻り始めたところだった。
 
「すっすいません……でっ……何の話でしたか?」
「まぁ、特に中身のある話じゃなかったんだけどね……」
「えー……」

 ヤチヨの発言にソフィは呆れた表情を浮かべた。
 当のヤチヨの膨れた頬は元には戻っていない。
 こうなってしまった彼女の機嫌を取るのは大変なんだよなぁと心の中で苦笑いを浮かべた。
 
「でも、話を聞いてなかったのはソフィが悪いから、その罰として、あたしに今ぼーっとしていた理由(わけ)、話してよ」
「えっ、なんですか……それ……」

 ヤチヨは話の途中から、ソフィが自分の話を聞いていないことには気づいていた。
 自分が話す内容は主にヒナタへの愚痴ではあるのだが、いつものソフィなら適当な相槌を打ちつつ、話をちゃんと聞いてくれる。

 しかし、今日のソフィは違った。

 最初のうちは、いつものような相槌を打ちつつ聞いていたのだが、ふと気づくとどこか遠くを見つめて物憂げな表情を浮かべていた。
 ヤチヨはこの顔をしている時に、人が何を考えているのかを知っている。 
 それは、学生時代にヒナタが良くフィリアについて考えている時の顔に似ていたからだ。その時も話を聞いているようで聞いていない様子でぼーっとしていた事があったのを思い出す。
 ヤチヨは、この顔が誰かを想って、その人のことを考えている顔であると予測した。しかも、それが今までそんな色恋に関しての話などなかったソフィが、だ。
 これは絶対何かある、そう、恋する乙女の顔をしているのだから。
 ……乙女……? と、一瞬疑問符が浮かんだが、今は細かいことは気にしないことにした。
 そんな予想をしたヤチヨはこれ以上に興味深いものは今はないと思えるほどにそそられる想像であった。

「……話してくれないなら、ソフィがただ私の話がつまらなくて聞いてなかったってことにしちゃうぞ」
「なっ、なんですか!! それ!!」
 
 ソフィが慌てた表情を浮かべる。軽い挑発が成功したようでヤチヨは笑みを浮かべた。

「もしかして、本当にそれが理由なの? わーヤチヨちゃん、傷ついちゃったなぁ、もう立ち直れないなぁ~」
「嫌、そうではなくてーー」
「そう、ではなくて……じゃあなーに!!??」

 ヤチヨがにやにやしながら声を荒げる。ここまで話が食い込めばソフィに対して後はゴリ押しが効くことをヤチヨは既に知っている。
 そして、反対にソフィもそうなったヤチヨがなかなか引かない事も知っている。
 結局は自分が話を聞いていなかったことで起きた事だから仕方ないと諦めの表情を浮かべる。
 
 ただ、この時は不思議とヤチヨのこの詰め方は自分に怒りを向けているのではないと思えた。 
 と、いうのも、ソフィは、ヤチヨと接するようになってからもう長い時間が経つ。
 その間に、ヤチヨを怒らせた経験も少なくはない。
 ヤチヨが本気で怒っているのか、からかっているのかくらいはわかる。

 それは、彼女の目を見れば明らかであるからだ。
 本気で怒っているヤチヨの瞳は今のようにこんなに煌々と光り輝いてはいない。
すっと鋭く細め、いつも全身から漂っているはずの愛らしさが一切消えるのである。

 そして、今日のような目つきをして、口角がぴくぴくとしている時の彼女もソフィは知っている。
 この状態のヤチヨは、納得するまで話をしなければ諦めてはくれない時の顔だ。
 
 ソフィは覚悟を決めた。
 ……言えば、必ずからかわれるであろう、昔に出会った少女コニスについて思い出したことを話すことを。
 ソフィは一つため息を吐き、ヤチヨに今自分が考えていたことを白状した。
 
「ヤチヨさん、笑わないでくださいね」
「あたしが、ソフィの話で笑ったことなんてある?」
「……割と……」
「……」
「……」

 今、わずかに流れた沈黙が全てである。
 普段、ソフィが話を主導することは少ない。
 ヤチヨにしろ、ヒナタにしろソフィから自主的に話をさせる場面というのは、からかえそうな話題をソフィがぽろりと口から零した時がほとんどだった。
 
 三人でいる時はヤチヨとヒナタが話しているのを頷きながら聴いたり、何か報せがある時にだけ話したりという接し方が多かった。
 ソフィはそもそも自分から話をするのが昔から少し苦手なタイプで、それを知っているからか二人も普段は無理に話をさせようとはしない。自分達の話を聞いてもらう事が多い。
 
 ただヒナタとヤチヨのおかげでソフィから話をする機会自体は増えてはいる。それは彼女らが本当に真剣な話題の時には茶化さず真剣に聞いてくれるからに他ならない。
 悩みや相談を一人で抱え込むのではなく誰かに打ち明けた際には、ヤチヨもヒナタも彼女たちなりの意見や答えをソフィに与えてくれる。
 
 その結果、今となっては、ソフィは自分が昔に憧れたフィリアのように自分の団を持つ事が出来る人物に、団長となれる器があると周りが認める人格者へと成長した。
 昔からソフィを知る人間には良い意味で変わったと褒められることも少なくなかった。

 ここでソフィはもしかして普通の人とは違う体験をしてきたヤチヨなら、コニスとの不思議な出来事に関して何か分かるかもしれないと淡い期待すらソフィは持ち始めていた。

「いいから、話して! ねっ、ねっ!!」

 ヤチヨが机に前のめりになってソフィを急かす。
 ソフィは、まずヤチヨに向けて「落ちついてください」と言いながら、椅子にちゃんと座らせてからゆっくりと口を開いた。

「以前……といっても、もうかなり前ですが、ここから向かえるお気に入りの場所があるんですけど、その丘の原っぱで女の子に会ったんです」
「女の子?」
「不思議な女の子でした。自分の名前もわからないその子にボクは、その夜、星について教えたんです」
「星?」
「はい、その子はとても、星のことが好きで、自分の名前もわからないその子にボクが呼ぶためにコニスという名前をあげたらすごく気にいってくれて……」

 ソフィはゆっくりと思い出すようにあの日のことをヤチヨに話し始める。
 聞いた側のヤチヨもまさかこんなにしっかりとした恋バナが聞けるとは思っておらず、予想以上の収穫に胸を踊らせていた。
 
 ヤチヨが話す相手と言うのはほとんどがヒナタだ。
 また、一緒に暮らし始めた頃、話していて一番盛り上がったのは恋に関する内容の話。
 つまり、自分が知らない間のフィリアのことを話させるのがヤチヨは一番面白かった。
 
 そして、驚くことも多かった。自分がいなくなった数年間。ヒナタとフィリアの関係は自分の想像を超える進展を迎えていた。
 あのヒナタがである。フィリアに声をかけたいけど何て声をかければわからないと悩んでいたあのヒナタが、フィリアを尻に敷くような言動や行動を示している。
 ヤチヨはそのことが、嬉しくもあり、少し寂しくもあった。
 そんな風に変わっていくヒナタを間近で見たかったなという想い。
 ヒナタを褒めたり、時には叱ったり、悩んで一緒に泣いたり同じ時間を過ごしたかった。
 
 勿論、自分が天蓋に入ったことを後悔しているわけでもない。
 ただただ、空白となってしまった時間がとてつもなく愛おしいだけなのだ。
 一人の人を好きでいるだけでなく愛するという気持ちに変わっているヒナタの姿。
 いつの間にか自分よりもずっと大人になっているというヒナタの姿が羨ましく思えてならない。
 
 対して自分はあの頃のままで何も変わっていない。
 
 きっとフィリアもサロスも……ヒナタと同じように変わっていたのだろう。
 いや、でも、と、自分が助け出される時の事を思い出しサロスだけはもしかしたら変わってないのかもしれないなぁとクスリとする。

 ただ、そうやって色々な事を思うと、途端に一人だけ置いてけぼりにされてしまっているような錯覚に陥り寂しいと感じてしまう。

 結果、いつの間にか、自分より先を行ってしまったヒナタとそんな恋バナをすることを自然と避けてしまっていた。
 
 とはいえ、ヤチヨもまだまだ年頃の女の子である。
 そうした恋の話をしたくないわけではない。
 だが、ヒナタ以外にそんな浮いた話が出来る友人がヤチヨにはいない。 
 いや、正しくは天蓋に入る前にはいたのだが、自分が天蓋から助け出された後には自分の周りの人間で関わりが続いているのはヒナタとソフィしかいなかった。
 
 久々に恋バナが出来る。
 その事実にヤチヨはここ最近で一番ウキウキな気分だった。

「うんうん、それでそれで」
「ボクは、コニスに約束したんです。次、会ったときにはもう一度、あの星の見える丘に連れてあげるって……あそこはすごく星が綺麗に見えるから」
「ふーん、それで? その後は?」
「……それ以来、彼女に……コニスに会うことはありませんでした。だから、いつの間にかそのことを忘れていたんですが、さっき、何故だかふと思い出してーー」
「ストップ! ……なるほどなるほど、とりあえず続きは後で聞くね。うーん、なんだか盛り上がってきたねぇ!」

 一通りの話を聞いて、ヤチヨはこれ以上の話は自分だけで聞くのは勿体ないと思い始め、キッチンにいるであろう、ヒナタに視線を送り声を掛けた。

「いえ……あの盛り上がっているのはヤチヨさんだけでーー」
「ヒナタ―、終わったらすぐに来て―」

 ちょうど、朝食の洗い物を終え、人数分のコーヒーを入れていたヒナタがその視線と声に気づく。
 今の一言でヒナタにはわかる。
 ヤチヨがこれから面白い話をするから自分も一緒に付き合えと誘っているのだ。
 ヒナタは、その誘いに乗り、コーヒーを入れる手を少しだけ早めた。

 ソフィが好きになった人の話。そんな面白い話を自分だけで楽しんだと知れば、ヒナタにきっといや絶対に後で文句を言われる。
 いや、それよりも、久しぶりに恋バナが出来るということ。
 自分やヒナタのことだけではなく、また他の誰かの恋について話しが出来ることにヤチヨはその嬉しさを隠せなかった。

 まだヒナタがこちらに来るまでは暇なので、ヤチヨはもう一度、掘り返すようにソフィへ自分の話をやっぱり聞いていなかったことをネタに再度からかって時間を潰すことにした。



つづく



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