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47 フードナイト誕生秘話?

「さぁ! 各フードナイト達の前に料理の準備が出来たようです!! いよいよ世紀の一戦が始まろうとしております!!! さぁ、フードナイトの皆も―! 会場の皆もー!! 開始のよーいはいいですかー!?」


 ドラゴ、ゼフィン、サブリナ、ショコリーの4人含め男女の声が入り混じり大きな歓声が沸き起こり地鳴りのように食堂を揺らす。
 いつの間にか選手達は、この謎に乱入してきた司会からフードナイトなどという名称を勝手に付けられていた。

 4人の目の前には高々と積み上げられたニアトリンのから揚げ。
 湯気が立ち上り、香ばしい匂いが辺りに広がる。
 微かにシュワシュワ、チリチリと揚げたての音が合唱のように響き渡る。

 謎の司会はその香りごと一緒に大きく息を吸い込んだ。

「それではガチのガチで行われる、西部学園都市ディナカメオス、、、」

 その途端、食堂内は僅かな静寂に包まれた。

「第1回大食い決闘大会!!!  開始ィイイイいいいいいいい!!!!!」

 ダァンとテーブルに置かれたフォークを取る音が聞こえてくる。

 開始直後に凄まじいスピードを見せる者がいた。

 その男の名はゼフィン・ブレイズ

「おおっと!! 巷で付けられていた二つ名、瞬光の申し子は伊達じゃない!! 他の選手の三倍はあろうかという速度で平らげて言いくーーー!!!」

「ふふっ、僕の速さに付いてこれる人はいるかな?」

 ゼフィンの隣でドラゴは出鼻をくじかれていた。

「あっつっっ、あちちち、くそっ、熱すぎて食いにくいな!! くそっ」

 揚げたてのニアトリンを前に苦戦するドラゴ。高温の衣をまとうニアトリンは想像以上に熱かった。

「ふふっ、僕には熱さなんて通用しない……っていうか、もぐもぐ…ゴクン。なんていううまさなんだ!?……これは驚いた」

 そういうとゼフィンは右手のフォークでニアトリンを食べながら左手のフォークでは串刺しにしたから揚げを素早く振って冷ましている。
 冷ましたニアトリンは目の前の取り皿にのせて右手のフォークで左手のフォークから高速で外して右のフォークに移し替えていく。

「おおっと、ゼフィン選手、巧みなフォークアクション!!! 冷ます作業を左右の腕で流れるように並行し高速で冷まして交互に食べているーーーーー」

 司会もその巧みなフォーク捌きに興奮している。会場もとい、食堂内の観客たちもその妙技に見入った。

「審査委員長、あれをどうみますか?」

 リリアは突然声をかけられた。

「えっ!?どう…って言われても(いやいや早すぎて手元が見えないんですけど、皆もしかしてあれ見えてるの?)」

 リリアが困っていると更にもう一人の審査委員?が口を開いた。

「なるほど、持ち前の剣捌きの腕を流用しているわけですね。フォークに持ち替えてもその速度は健在のようです。流石伝家の宝刀ゼフィンクールザヒートブンブン」

「いきなりの大技が飛び出しましたね。にしても凄まじい速度です」

「え、何その技? そんな技あるの? というかこういう決闘?って初めてなんじゃ……」

 リリアは首を傾げる。審査委員長という役目を全うするとは決めたが、どうにも他の審査員この空気の流れには乗り切れない。
 そもそも自分以外の三人が誰なのかもリリアには全く分からないままである。

 その瞬間、ざわめきが起こり、リリアはフードナイト達に視線を向ける。サブリナの身体が大きく膨らむ、元々大きめの身体ではあるがそれに輪をかけてふっくらとしている。

「なかなかやるだわねぇ!! 新入生!!! まさか先手を取られるだなんて、けど……ジューシー!! じゅじゅじゅじゅっ! ジューシー(十指)だわよぉおおお!!!」

 サブリナは手を大きくパッと開いたかと思うと指と指の間にフォークを挟み込み、計8本のフォークに唐揚げを突き刺させるだけ目いっぱい一気に突き刺してニアトリンの山から引っこ抜いた。
 そして、自分の正面胸元に両手でガードするような腕の形、位置を取る。
 直後、口の前に並んだ唐揚げに向かってその膨らんだ身体を縮めながら絞り出した息を吹きかけた。

「サブリナエイトフォークフーフー!? まさかこんなところで見られるなんて」

 審査員席の生徒から再び意味の分からない名前が飛び出てきた。なにやら凄い事だけは見れば分かるのだがどうにもリリアにはちんぷんかんぷんである。

 サブリナの吐き出した息のあまりの風の強さに正面の審査員席にいるリリアのスカートの膝の上が突如ふわりとする。

 審査員席がやや小高い位置に設置されていた為、観客たちのボルテージがなぜか上がった。

「きゃっ~、凄い風!? めくれちゃう!?」

 リリアはあわててスカートを両手で抑え込んだ。

 落胆の声と歓声とが同時に上がる。全く意味が分からない。

 真っ赤になっているリリアはこの場を去りたい衝動に駆られた。

 だが、場の空気はそんなリリアの気持ちなどお構いなしに益々ヒートップしていった。

「おおっとゼフィン選手とサブリナ選手!! 二人のデッドヒートが止まらないぃいいい!!!!」

 再び視線を向けるとサブリナは冷ました唐揚げをどんどん平らげている。片手分の4本のフォークに串刺しになっている状態のまま一気に口の中にモムッと食らいついて引き抜いている。
 右、左、ニアトリンの山に8本のフォークを突き刺す、フーフー、右、左、というサイクルでどんどん平らげていく。
 どうやったらその量が入るだけの口を開けられるのかがリリアはさっぱりわからない。きっとサブリナは顎でも外せるんだろう。とそう思っていた。

 ドラゴは二人を横目にしながら、しゃらくせえとばかりに手づかみでニアトリンを握りつぶしながら口に運び始めた。
 どうやら自分の手の皮の厚みが熱さを感じにくい部位だと気付いたようだ。
 熱さの主な原因である肉汁で手をべたべたにしながらもニアトリンを絞っては冷まし、絞っては冷まし口に次々と運んでいる。

「でたぁあああああドラゴーーーーハンズオブニギニギイートーーーーーー」

 司会の熱量はどんどん上がっていき、大食いの対決をしているのかどうかすらもよくわからない。途中途中にそれぞれのフードナイト達の必殺技のような名称が司会と審査員たちによって勝手に名付けられていく。

 ちらりとリリアが微動だにしないショコリーを視界に入れる。彼女はまだニアトリンの山に手を付けていない。相変わらず胸元はヨダレでべしょべしょの状態ではあるが他の3人のフードナイトをチラリと見ながら溜息を吐いて一人呟いていた。

「ふぅ、まだわかっていないようね……じゅる。そろそろいいかしら。いただきます」

 ここで状況が変化していく。徐々に胃袋を満たしていくニアトリンが遂にフードナイト達に牙を剥き始める。

「……く、くるしい。しかし、まだ」

 ゼフィンの表情は険しいものとなっていた。凄まじい勢いでスタートダッシュしたもの彼の胃袋は常人のそれとほぼ同等のため、徐々にペースは落ちていく。

「おぉっ~ほっほぉおおだわよぉおおお!! なかなかに健闘したみたいだけど、そこが限界のようだわねぇええ」

 サブリナのペースは未だに落ちない。ゼフィンはその姿を見て絶望の表情を浮かべる。

 レベルが、違いすぎる。

 未だに最初からのペースを維持し続けるサブリナの前のニアトリンの皿はみるみる減っていく。

「……く、くそ……ぉ、、う、うっえ、もう無理、だ」

「おおっとー!!!!!ここでゼフィン選手が胃袋限界、ストマックリミット!! ブレイクイートです!!!!」

 司会の生徒が高らかに宣言する。

「僕は、こんな、ところ、で」

 直後にゼフィンはテーブルに突っ伏した。

「後は俺に任せろゼフィン!!!!!」

 そこへドラゴの笑みと声が飛ぶ。時間が経過し、ニアトリンの唐揚げ自体の温度が下がってきた事でドラゴのペースは劇的に上がっていく。
 両手で掴み取り、口に運ぶその様は実に荒々しく野性的だが着実にペースを上げてきている。

「なぁるほど、中盤以降もペースが落ちない所を見ると、なかなか大食いに適性があるようね。流石はべリアルド家の血筋という所だわよ……でも……」

 リリアは大食いに血筋など関係あるんだろうかと首を傾げる。
 サブリナはここで指の間に挟んでいたフォークを空中に投げ捨てた。

「おおっとおおおおおサブリナ選手!!!! エイトフォークフーフーを解除したぁあああああ」

「ハンズオブニギニギイートが使えるのは貴方だけではないのだわよ!!!……そして……更に……」

「なにっ!?」

 サブリナが投げ捨てた8本のフォークをリヴォニアが華麗にキャッチする。

「おおっととと、と、あぶないだろ全く……というか、まだこんなバカみたいなペースで食い続けられるのかコイツ……」


 フォークをぶん投げたサブリナはドラゴに不敵な笑みを浮かべる。ドラゴの頬に汗が一滴流れた。

「ハンズオブニギニギイートには、その上位の技が存在する……」

 サブリナは煽り気味に芝居がかった台詞を吐いた。

 そんなサブリナを見て司会は更にテンションを上げて場を盛り上げようと声を張り上げていく。

「ま、まさか、、、あれを使おうというのかサブリナ選手ぅううううう!?」


 あれと言われてもリリアにはさっぱりなのだが、もしかしてこの場に居る全員それを知っているのだろうか?と思い周りを見るとチラホラと目が死んでいる者達がいる。リリアは少し胸を撫で下ろした。
 放浪の生活をしていた為、大勢の同年代の人間とあまり一緒に遊んだことがないリリアにはどうしてこの場の者達がこの空気に馴染んでいるのかが未だに理解が及ばないが一人じゃない事が分かり安堵する。

 そんな中、周囲のどよめきと共に場の流れが更に変わり始める。戦いも終盤戦に差し掛かっているようだ。

「で、出たァ!!! サブリナハンズオブポイポポイポイイートぉおおおおお!!!!」


 握られてぺしゃんこになるニアトリン
 そして、空中にお手玉のように次々と投げられるニアトリン
 順番に落下していくニアトリン

 パクパクパクっとサブリナは器用に落ちてくるニアトリンの唐揚げに食いついていく。
 皿の上のニアトリンの唐揚げはかなり減ってきている。
 その曲芸のような技は落下してきた物体を口に入れる難易度が高く、ドラゴではレベルが足りない。圧倒的に大食い(?)の経験値が違う。
 ドラゴはこの力量差を覆せない事を目の当たりにして心折られた。

「かて、ねぇ。く、そ、ゼフィン。仇が取れずすまねぇ……おおえっぷ」

 高揚していた気持ちで保っていたが、ドラゴもやはり限界を超えていた。椅子から転げ落ちて彼の身体は床に大の字になる。

「ぢぐじょおおおおおおおおおおおお」

 遠い昔、初めてゼフィンに負けて悔しくて叫んだあの日、その幼い日を思い出すかのように叫ぶドラゴの目じりには、涙が浮かんでいた。

「おおおっほっっほっほぉーーなのだわよ!!!!!」

「ドラゴ選手!!!! ストマックリミット!!!!!! ブレイクイートです!!!」

 司会が大きな声を上げた。

「サブリナ選手は流石ですね」
「他の追随を許さない所が凄い」
「これは勝負あったでしょうか」

 どう考えても審査の必要がない決着の仕方にリリアは自分の存在意義を見失いそうになっていた。「わたし、必要だった?」そんな気持ちでいっぱいになってきた。

「そういえば、ショコリーさんは……?」

 しばらく視線を外していたリリアはショコリーをみた。皿の上には何もなかった。

「え?」


「……ごちそうさま」

ショコリーはサブリナが破り捨てていたハンカチの切れ端で口元を拭いていた。

「「「「「「「「え……………………………………」」」」」」」」」

「「「「「「「 えぇえええええええええええ!!???」」」」」」」

この時、会場(食堂)の一体感はこの日の最大値のシンクロ率をたたき出す。全員が唖然となって硬直した。

 会場はシーンと静まり返り、静寂が辺りを包み込む。

 サブリナは顔面蒼白で口いっぱいにニアトリンを頬張ったまま今にも白目を剥いて倒れそうだ。起きた事自体が呑み込めていない。

 司会が辛うじて口を開く

「……スピリテッドアウェイ・イートエンドフィニッシュ……まさか、使い手がいたなんて」


 こうして、西部学園都市ディナカメオス第1回大食い決闘大会のメインイベントは終わった。

 この国の長い歴史において初めて大食いによる決闘方法とその選手の名称であるフードナイトが誕生した瞬間だった戦いと言われている。

 ここからしばらく大食いの方法で決闘が行われるという生徒達の一大ブームにこの戦いが火をつけることになるのだが、それはまた別のお話。

 そして、この伝説の戦いが大食いなどではなく、そもそも早食いで勝敗が決していたのだが、そこにツッコむ者はいなかった。

 そう、まだこの時、食堂内にいる誰一人として、その事実に気づいてはいなかったのである。


 こうして、ここに西部学園都市ディナカメオス第一回大食い決闘大会の幕は閉じた。


完……続く



作 新野創
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