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19 小さな刺

「え、俺は、その……おい何で俺に振るんだよフェレーロ」
「ふぅん、なら、お前は戦いたいってこと? 西部学園の生徒達をその自慢の英雄グラノ・テラフォール直伝の剣術でバッサバッサとぶった切って殺していきたいって?」

 そう言ってフェレーロはシュレイドを見た。その視線はシュレイドの心の中を見定めるように真っすぐに射抜いている。

「……いや、そんなことまで考えてないって。それに、じいちゃんの剣術は殺人剣じゃない」
「んなことはないでしょうよ、お前だって自分のじいさんの輝かしい功績を知らないわけじゃないだろ? その功績の裏にはどれくらいの戦果、つまり相手の命が奪われてるか~、だなんて考えなくても、めちゃくちゃな数になるのは明白だろ? 流石にそれが殺人剣じゃないってのも無理あんだろ」
「っっ、そんなこと俺が知るわけないだろ!!」

 シュレイドは机を強く叩いて立ち上がる。

「怒るなって~、ただ歴史の事実に基づいた話をしているだけじゃねぇか。お前はどうもしらねぇみたいだけど、テラフォール流の指南書で剣術を学んだ騎士達は昔は総じて戦場でなかなかに目立つような活躍、戦果を挙げているんだぜ。つまり人を多く殺しているってことだろぉ? 人々の中では最強の殺人剣術なんて呼ばれている時期だってあったんだぜ~、誰もが強くなれる剣術テラフォール流!! これって寧ろ凄い事だと俺は思うけどなぁ、現にお前もその剣術を使って生徒会長を負かしたわけだろ? それもあっという間に噂になってるぜ~」

 フェレーロはシュレイドに説明するように話を続ける。いつの間にか他の生徒達も英雄の歴史に絡む話をするフェレーロの言葉に耳を傾けていた。だが次の言葉を投げかけようとした時、カレンから制止がかかった。

「お前達、その辺りにしておけ。先ほどの東西戦を話し合いで済ます考え方そのものの柔軟さに関しては褒めてやるが、今は英雄の話をする時間ではないぞ。口を慎め」
「じゃ最後にもう一つだけいっすか。カレン先生は前線にいた時どう思いました? そうやってテラフォール流の指南書で育った騎士達の事」
「……根底を忘れるんじゃない……私が言えることは、今は、一つだ。この場所は、本物の騎士を育成する為の学園。先達の騎士たちは国の為に必要な事を各々が考え、全て必死に行ってきたというだけ。そしてこの国は今も尚、存続し続けている。それが、、、ひとつの結果となっている。それだけだ。……では、話を続けるぞ」
「はぁーい。りょうかいでーす。脱線させて、さーせーんしたー」
「すいません」

 フェレーロは何事もなかったようにカレンの話を聞く姿勢に向き直った。

 この後、授業が終わるまでシュレイドの中ではフェレーロの言葉が何度も響き続けていた。

(え、なら、お前は戦いたいってことか? 西部学園の生徒達をその自慢の英雄グラノ・テラフォール直伝の剣術でバッサバッサとぶった切って殺していきたいと?)
(つまり多く人を殺してきてるってことだろぉ? 人々の中では最強の殺人剣術なんて呼ばれている時期だってあったんだぜ~)

――――違う、じいちゃんの剣は違う。そんな剣じゃない! 絶対に違うはずなんだ。そうだよな? じいちゃん――――

「…イド……シュレイド? 聞いてる?」
「ねぇ、大丈夫なの、アンタ?」
「あ、メルティナ、ミレディア」
「もうみんなほとんど出ていったわよ」
「ああ、ごめん」

「なぁなぁ、もうちょっとだけ、いいかぁ~?」

 フェレーロがおもむろに正面の先生がいた場所を見る視線を変えずに声だけで3人に話しかけてきた。

「フェレーロ。アンタまた!!! さっきの授業の時はどういうつもり? 好き好んで相手を殺したい人間なんて、、、いるわけ、ないでしょ!!」

 ミレディアは語気を強めて言葉を投げる。フェレーロはこちらに視線を向けることなく言葉を続ける。

「本当にそう思っている奴はそんな顔、しないはずなんだけどなぁ? ねぇ、『ミレディア・エタニス』ちゃん? それに、君だってそっち側の人間だと思うけど」

 フェレーロはゆっくりと視線をミレディアに向けた。その視線に一瞬、悪寒を感じたミレディアはビクリと肩を震わせながらも答える。得体のしれない空気に対して思わず大きな声が出てしまう。

「っっ、はぁ、何言って……ふざけんのも大概にしなさいよ!!」
「おっとと、ふざけてなんかないんだけどなぁ。自分の胸に聞いてみたら? 好き好んで誰かを殺したい人間の行動を間接的に自分の行動が促してしまうことだって、あるかもしれないでしょ? それって結局は自分がそう思ってなくてもさ、加担したのと同じ、そう思わない?」
「……フェレーロ君」
「あれれ~? 『メルティナ・フローリア』ちゃんも、何やら心当たりあるって顔してるね~」
「……それ…………は」
「アンタぁ!!!! メルティナにまで、なんてこというワケ!!」
「はは、好き好んで相手を殺してもいいと思っているような奴が世の中にはちゃんといるってことを知ってる人間の顔をしてるなぁって思っただけだってば~、おっととぉおおお、ちょっとまって、まって!! そんなに怖い顔しないでほしいんだけどなぁ!! せっかくかわいい容姿なんだからさぁ!!??」
「っっっ!!!!!??……こんの!!!!」
「ミレディ」

 今にも飛び掛かりそうなミレディアの前にメルティナが静かに、けれど強く割って入る。

「メ、メル……?」
「……そうだね。うん、確かにあなたの言うとおりだと思う。そういう人も世の中には、やっぱりいると、そう思うよ。思ってる……でも、けど、シュレイドは……絶対に違うから、知ったようなことを、言わないで」

 これまでに見たことのないような表情でメルティナはフェレーロを睨む。いつも柔和で温厚に過ごし、人に対してそのような顔を向けることは彼女には珍しく、長い付き合いのあるミレディアも思わず、驚きのあまり言葉を無くしていた。

「あららぁ、そうかそうか、ふーん、つまりは二人とも相当な修羅場を体験、経験したことがあるってことなのかなぁ? ということは、そういう現実っていうか世の中ってやつを全然知らないのは、もしかしてぇ、シュレイドォ、お前だけなのかぁ?? 箱入り息子ならぬ、箱入り孫ってやつ?」
「……世の中を、知らない……」

 シュレイドは俯いてぽつりと小さく呟いた。確かにその通りだった。幼い頃から祖父の用意した山小屋で生活し、祖父以外の人間との接触もほとんどないまま過ごしてきた。
 メルティナとミレディアの二人を祖父が連れてきて暮らすようになるまでは一人でいる事の方がずっと長かった。一人で剣を奮い、祖父に与えられた本を読み、山を駆け抜けて過ごしてきた。
 
 フェレーロの言う事は正しい。そうシュレイドは思っていた。考えてみれば剣の事をはじめ、武器やその扱い方、それらを用いた狩猟などの応用。つまりほとんど戦う為の知識以外を知らない。
 人ではないにせよ食べる為に山に住む動物の命を奪う事も確かにあったし、テラフォール流が命を奪える技術であることは、、、確かで、考えれば考えるほどに先ほどの授業の話に対する反論の余地は失われていく。

 これまでの生活では何も問題はなかった。けれど、祖父がいなくなり、こうして学園へと来て、沢山の人間と過ごすことで他の生徒達とのズレが彼の中で少しずつ生まれていたのは事実だ。

 そんなシュレイドの心境を見定めるような視線を向けていたフェレーロは先ほどまでの空気を柔らかく弛緩させながらいつものにへらっとした笑みを浮かべた。

「そうか、そういうことなんだなぁ。納得。ふむふむ……ああ、ごめんなー、俺ってばさ情報とかそういうのに敏感なもんでさー、生き残る為にはどんな些細な情報も逃したくない人間でね~、先生も言ってたじゃん? 知識で生き残れることもあるってさ。だからまぁ、これくらいは許してくれよな!! な、シュレイド許してくれよな! 今度、学食でも驕るからよ!」
「…別に、俺は気にしてない」

 シュレイドは何かを考えているような表情で俯き続けている。

「……シュレイド」
「アンタ」
「はは、ほんとごめんなシュレイド。でも、お前が本当にそういう事が出来ない人間なんだったら、俺はめちゃくちゃ嬉しいんだぜ! 親友としてな! んじゃ、先に部屋に戻るわ! 女の子二人もごめんよ!! ほんとごめんよ! 許してちょうだい!! ほら、このとーり!!」

 今度はニカっとした笑顔で笑うとフェレーロは両手を合わせて、ぺろりと舌を出しながら謝った後、教室から去っていった。

 3人の間に少しの沈黙が漂う。その空気をどうにかしたいと思うメルティナとミレディアだったがシュレイドにかけるべき言葉が今はどう考えても、出てきてくれなかった。


続く

作 新野創
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