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79 おさげの元気少女

 高く切り立った崖の上から学園を俯瞰して眺めている人影があった。

「……この違和感は、なにかしら」

 感覚を研ぎ澄まし、その違和感を探っていく。
 ここは見晴らしがよく非常に遠くまでの景色を眺めることが出来る物見やぐらの役割を果たす場所である。

 イウェストの際には東部との戦いの戦況判断をする為に用いられる事もある高い場所だ。

 少しばかり強く吹く風に短い髪を揺らし一人の少女、ネルが目を細めてどこか遠くを見ている。

 ネルは一風変わった里の出身者で、その身体能力は常人よりも遥かに高い。視力とて例外ではなく一般の生徒が眺めるよりも遥かに遠くまでを見渡せる。

「学園の外? 間違いない、遠くの空の気配が、おかしいんだわ」

 遠く霞むような距離の先の違和感、この方角には何があっただろうか考えるがネルは閉塞的な村で幼少期を過ごしていた事もあり、国内の地理には非常に疎くその答えにはたどり着けない。
 
「念のため、先生たちに報告するべきかしら……ッ!?」

 その時だった。背後に人の気配を感じて振り向こうとした瞬間、首元に刃が静かに押し当てられる。

「へぇ、まさか直前に感づかれるなんて」
「私の背後を取れる人が学園にいるとは思わなかった」

 目線を落とすと鈍い光が目に入る。この体勢であればまだ、反撃に転じる事も可能だが、相手から殺気を感じない事を悟るとネルは緊張を解いた。

「かくれんぼ得意なのよ。ってそうじゃなくって、ちょっと聞きたいことがるのだけど。答えてくれるなら、何もしないわ」

 背後の人物がそう言って刃に力を込めた。

 ネルは落ち着いた様子で背後の人物と話を続ける。
 
「私に? 何を?」

「リン達と戦ったのは貴女の班だったわよね。だから、何か知らないかと思って」

 その質問の意図が分からないネルは素直に回答することにした。

「どういうこと? 何かって何? 言っている意味がよく分からないのだけど」

 ネルにはまるで見当もつかない。情報を引き出すために誘導する事も出来たがそれを行うにもリスクの高い相手であると最初に気配に気付けなかった時点で既に判断をしていた。

「貴女が何かやったわけではないのね?」
「何度も同じことを言わせないで、そもそも何の話かわからないと言っているでしょう?」
「そう、ま、嘘ではないようね」

 背後の人物は静かに思案するような気配を見せたと思ったら次の瞬間には気配ごと消えていた。

「……まだまだ、力が、足りないわね。私も」

 そう言ってネルは再び遠くの空を眺めて深く溜息を吐いた。



 西部学園都市ディナカメオスに九剣騎士(シュバルトナイン)が調査に来た後、不気味なほどにこれまで通りの日常が学園内では続いていく事になっていた。

 「集団模擬戦闘」通称『ギブング』と、東西二つの学園都市同士で争う
「東西模擬戦闘」通称『イウェスト』の中止の決定により、大きな模擬戦闘が行われないという東西学園都市の歴史上でも極めて異例のこの年が何事もなかったかのように過ぎていく。

 一年の中で最も気温の下がる季節を越え、再びこの地に暖かさをもたらす恵みの季節がやってくる。


 学園の敷地内に新しい顔ぶれが多く歩いている。そわそわとしているものや期待に胸を膨らませている者など様々な様子で校内に新しい風が吹き始める。
 まだ綺麗な制服に身を包んでいる者達の中に、ひと際目立つオレンジ色の髪のおさげが揺れていた。

 制服を着ているというよりは着られているという言い方がまだしっくりとする佇まいの生徒達が多く目に入る中で一人だけ妙に浮足立っているのが分かる。

 他の者が緊張感を纏って歩いている新入生が多いのに対して彼女からはとても楽し気な様子が強く伝わってくる。

「おおお~、遂に始まる学園生活~!!!!!!! ここが西部学園都市ディナカメオス!!!! すごーい!!! ひろーい!!!  おおきいー!!!! ……いやぁ、無事に来れてよかったなぁ」

 しみじみと彼女は呟く。
 新入生たちは毎年、学園へ来る前には東西含めて同じ関所を通り学園のある地域へと足を踏み入れる事になる。
 
 関所では最終的なテストのようなものが抜き打ちで行われ、入学が決まったと気を抜いて学園へと向かおうとする者達が最終的にここで入学前の洗礼を受け、最後のふるいにかけられることになる。

 当然ここで落ちてしまうものも中には存在する。おさげの少女はその時の苦労を思い出してホッと胸を撫で下ろす。

「あの子とのペアじゃなかったら、落ちてたかもしれないと思うと、、、本当に運が良かったなぁ、、、」

 毎年、一人ずつに関所では入学を控える新入生たちに課題が設けられるのだが、今年はなぜかペアでの課題だった。
 その時に同じペアになった人物のおかげでおさげの少女は課題を越えられたようなものだったからだ。

「どうせなら同じ西部だったらよかったのになぁ……きっとまた会えるよね」

 視線を上げてぴょこぴょこと飛び跳ねる少女のおさげが大きく揺れる。
 建物へと足を踏み入れた少女は全てのものが珍しいと言わんばかりに目を輝かせている。
 そこまで多くはない量の荷物を背中に背負いながらあっちこっち動き回っている。

「ええと、そういえば教室はどこなんだっけ? あ、いっけない!! このままじゃ初日から遅刻しちゃう!! 急がなきゃ」

 キョロキョロと周囲を見回しながら走り出した少女の視線とは反対側の通路から長い髪を靡かせる人物の影が現れる。

 そちらに気付かず、おさげの少女は思い切りその人物の腹部に頭突きを叩き込むように突撃してしまう。

「…っ」
「ブッ」

 おさげの少女は顔を埋めた腹部から離して頭を下げる。

「わーーーーー、ごめんなさい! ごめんなさい! よだれついちゃった、制服汚してごめんなさい!!」

 と言いながら見上げた視線の先は胸元だった。顔はまだ更に上にあり、おさげの少女は首を真上に向けて見上げることになった。
 キラキラした目が大きく見開かれる。
 目の前の長身の人物は不機嫌そうにギロリと睨みつつおさげの少女を見下ろした。

「おい」

「うわ、でっかーーーーー!!! 首痛ーっ!! あはは、初めまして!!」

「おい」

「もしかして学園の先輩ですか!!! あ、そうだ聞きたいことがあるんですけど」

「おい」

「この場所、どこか知りませんか??」

 そうやっておさげの少女が示した場所は昨年も同じように新入生が洗礼を受けたあの場所。
 きっとマキシマムが今年もその場所で新入生たちを待ち構えている事だろう。

 だが、目の前の男は一言

「知らん」

 と小さく答えた。

 おさげの少女の頭突きを腹に食らったのはウェルジアだった。

 これ以上は関わり合いになりたくないという気配を全身から立ち上らせるが目の前のおさげの少女はウェルジアの返答が聞こえていなかったのかその勢いは止まらない。

「えーと、待ってくださいね。んと、ここなんですけど、わかりますか?」

「お前、ちょっと待て」

 ウェルジアは思わずおさげの少女の顔の前に手をかざした。ここまで彼が対応に困る事は珍しかった。
 勢いよく話し続ける彼女のテンポに全く彼の思考がついていけていなかった。

「はい?」

 丁度、その時、後ろからぴょこっとお団子ヘアーの女の子が顔を出す。

「ウェルジア君! ダメだよ睨んじゃ~、きっと新入生だよこの子」
「……だろうな」
「さっきから何か聞きたいことがある感じで話しかけてきてるんだから、ちゃんと聞いてあげなくちゃダメだよ! 先輩として!!」
「じゃあお前が代われ」
「聞かれたのはウェルジア君なんだから答えてあげればいいじゃん」
「チッ」

 その瞬間、おさげの少女は楽しそうにウェルジアを見て微笑んだ。

「わーーーーー、舌打ちなんてはじめて目の前でされたーーーー!!!!!!! うわーーーー、凄い!!!」

 目の前でぴょんぴょん飛び跳ねている。舌打ちをされて喜んでいるその状況に全くウェルジアはついていけない。

 先ほど知らんと、そう答えたが、これはさっさと教えて去るのがいいと判断したウェルジアは

「その場所はこの道を真っすぐ進んで右へ進んだ突き当りのドアを出た外の広場だ」

 そう答えてこの場を去ろうとする。
 キュミンは目の前でペチペチと舌を鳴らしている。

「あんなにきれいに舌打ちってどうやってやるんですか? ち、ちっちっ、ちぃー、誰かに舌打ちなんかしたことないからわかんないや」

「おい」

「くぅ~、難しいーーー悔しー。流石先輩です」

 そうやって地団太を踏んでいるおさげの少女へドヤ顔のリリアが出しゃばってくる始末でウェルジアは眉間を手で押さえる。

「そうなの!! ウェルジア君は特に舌打ちがうまいんだよ!! 私もしょっちゅうやられてるんだよぉ! そのおかげですっごい上手いのかも!」

 リリアはなぜか腰に両手を当てて後輩相手に胸を張っている。程よい膨らみが強調されている。
 何故かその瞬間、周囲がざわめいていたが当人たちは知る由もない。

 リリアは新入生を目の前にしてどうにも先輩という言葉に高揚しているようだ。

「そうなんですね!! そんなに舌打ちされるなんてお団子頭の先輩もしかして嫌われてるんですか?」

「うぇっ、そんなことは、、、ないはず、、、チラチラッ……?」

リリアはチラリと横目にウェルジアを覗き見る。一瞬目が合うと
「チッ」
 ウェルジアはリリアに舌打ちをした。

「ほんとだー!!!! すっごい今ナチュラルに舌打ちしましたよね!!!! おもしろー、仲良し―!! お二人はお付き合いしてるんですか?」

「ふえっ!?」

 突然の質問にリリアは瞬間、真っ赤になっていた。

「何をどう見れば仲良しに見える……こいつが付きまとってくるだけだ」

 そう言った途端に周囲の空気が冷え込んでいく。
 周りから殺気の込められた視線がウェルジアへと降り注いだ。
 そんな空気すら意に介さずおさげの少女はハッとしたようにぺこりとお辞儀をした。

「あ、すみません!! そう言えば!! 私!! キュミンといいます!! キュミン・デントベスです!! よろしくお願いします!! 自己紹介忘れてた!! 初対面なのに馴れ馴れしくてごめんなさい!!」

「あ、リリア・ミラーチェだよ。よろしくね。気にしないで、というか寧ろそうやって自然体で居られるのは凄いよ」

 昨年ビクビクしていた自分の入学時を思い出して苦笑いする。
 一年でなんとか普通に生活することは出来るようになり、心なしか余裕が感じられてリリアは懐かしさに耽った。
 直後、ハッとしてウェルジアに向き直る。

「……」

 反応せずに沈黙するウェルジアにリリアは肘をトントンとぶつける。
 如何にも面倒そうな表情は相変わらずだった。

「チッ……ウェルジアだ」

「リリア先輩にウェルジア先輩ですね!! それでその、この場所なんですけど」

「チッ」

 先ほど答えたのに聞かれていなかったウェルジアから4回目の舌打ちをさせたおさげの少女キュミンが元気ににっこり笑って付近の地図を指差した。

 キュミンの笑顔に毒気が抜かれたのか、それとも話すのが面倒になったのか、キュミンの頭を掴んで身体を持ち上げるとウェルジアは目の前にぶらぶら下げたままその場所まで連れて行った。

 道中、普段の目線よりも高い景色が目の前に広がり、背が高いとこんな感じなんですね!!と興奮しっぱなしだった。

 リリアがしばらくの間、ウェルジアと頭を掴まれたままぶら下がるキュミンの後ろを真っ赤になって俯いて恥ずかしそうにテクテクと歩いていく姿が注目を浴びていた。
 
 どうやらリリアを眺めていた周囲の生徒の一部が、その姿に尊さが爆発して悶絶していたらしい。

 キュミンを目的地に放り投げ、校舎へ戻ってきたウェルジアの視界には多くの生徒(主に男子生徒)の屍が廊下に転がっている異様な光景が拡がっていた。


続く


作 新野創
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