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142 後夜祭の襲撃者

 静かに歌い終えたリリアは一度、大きく深呼吸をした。周りで拍手などが起きるというわけでもなく、ただ小さく誰かのすすり泣く声が聞こえるだけの静かな空気が流れて続ける。

 その夜は誰もが昔と変わらない空を眺める。かつてこの学園に居た者達が見たそれぞれの学園祭の頃とおそらく同じその空を。

 今は何かが変わろうとしている時代が来ている事を誰もが感じ取っていた。そして、それが必ずしも自分たちにとって喜ばしい事ではない可能性があることも。

「ふー、そろそろ、後夜祭も終わりだね」

「リリアさん、ありがとうございました」

 魔道具を貸してくれた女生徒はペコリとお辞儀をした。

「ううん、こちらこそおかげで沢山の皆にまで届ける事が出来たと、思う」

 周りの様子を眺めて微笑むリリアの側で大きく女生徒は息を吸い込む。

「それで、提案なんですが」
「提案?」
「その魔道具、リリアさんに差し上げます」

 突然の申し出にリリアはその言葉を処理するのに時間がかかった。魔道具は大変に貴重なものとなっている事を誰もが知っている。
 不思議な力を持つ道具。

 現代の魔道具技師達も存在してはいるが遠く過去に作られたであろう数々の魔道具と同じ水準で作ることは現在も出来ていないというのは授業でも何度か聞いたことがある。

「へぇえ!? そんな、もらえませんもらえません!!」

 手の平を相手に向けてブンブンと高速で振りながら、顔も同時に左右にブンブン振って拒否する。

「その方が、使い道というか正しい事に使ってもらえそうですので」

 目の前の少女は気軽に言うが、リリアは尚も首を振り続ける。

「いやいや、そもそもそこまでしてもらうようなこと私何にもしてないんで!」

「そんなことありませんよ。少なくともリリアさんの声に救われている生徒は私含めて大勢いると思います」

「いやいやいやいや!!」

 すると突然、周りでどこに居たのかと思うような人影がわらわらと現れて口々に女生徒と共に力説し始めた。

「そんなことあります」
「リリアさんの歌で初めて歌を聴いて感動しました」
「心の癒しなんです我々の喜び」
「ここにいる全員が心よりトゥンク申し上げております!」

 リリアはその圧に思わず後ずさるが周りに数限りない生徒達が集まっていて見渡たすと明らかに囲まれている。

「ど、どちらさまーーー? というかみんな一体どこに潜んでいたの??」

 先ほどまで静けさの中にあった空気に突如、熱気が発生している。

「リリアさん! その魔道具をお譲りする代わりにという話ですが、私達親衛隊はリリアさんの歌を多くの人に届ける為のお手伝いをしたい。我々の存在を公式に認めていただけませんでしょうか?」

 女生徒が一歩前に出てリリアへ真っすぐ真剣な表情で訴えかけた。

「こ、こうしきにってどういうこと? ええええ、認めるも何も、ええー?」

 困惑するリリアがわたわたとしていると視界に灯りを持って宿舎棟へと帰ろうとしているのであろう長い髪が視界を横切っていく。

「丁度いい所に!!! ウェルジア君!! ちょっとヘルプ!!!」

 その声に長い髪の男はピタと歩みを止めリリアを一瞥するが、微かに眉をひそめたのみで、何事もなかったかのようにまた歩き出そうとした。

「ちょいちょいちょ~い!!! ウェルジア君今聞こえてるよね!!! ちょ、ま、いかないでよー」

 先ほど自分で作り上げた空気をぶち壊すかのように叫ぶリリアの声にウェルジアは再度立ち止まり大きく溜息を吐くと、さも面倒そうにリリアの元へとのそのそ歩いていくる。

 人垣を掻き分けるその姿に注目が集まる。

「なんだ?」

「どうしたらいいか分からないから一緒に考えて!」

 両の拳を握りこんで鼻息荒くリリアが下からウェルジアを覗き込むとウェルジアはいつものように舌打ちをする。
 周りの空気がピリリとする。リリアに対してこのような対応をする噂の男は以前からマークされていた。
 だがリリアから彼を呼んだ以上、追い返すこともできない。

「突然なんだ。何のことかは知らんが自分で考えろ。俺には関係ない、帰るからな」

 内容を聞いて緊急性がないと判断したウェルジアは帰ろうとすると袖口をぐっとリリアに掴まえられる。

「あのね、ここにいる皆が……」

 とウェルジアの意思を無視するように相談し始める。

「はぁ」

 ウェルジアが面倒そうに目をつぶった時点でウェルジアが戻る道はなくなっていた。リリアに袖口を掴まれている男子生徒がいるのだ。周りが黙っているはずがなく行く手を阻むように立ち塞がっている。

 その集団の後ろから異様な気配がして、ウェルジアは咄嗟に腰に携えていた剣に手をかけた。じわりと嫌な汗が滲む。

「悪いが、少し、道を開けてもらえるかぁ?」

 後方からかけられた声に周りにいた生徒達の人垣が割れるように空いて、人影がその間を歩いてきた。
 全員が身動きの取れない様子でその人影を見つめたまま視線を外すことが出来ない。

「誰だ? 一体何者だ?」

 歩いてくる人物から感じる気配はリオルグ事変の時のプーラートンから感じたものに近く、ウェルジアは身構える。
 敵意などはない様に見えるが、これは生徒達に対して敵意を持つ必要すらも無いと判断されているであろうことにウェルジアは即座に気付く。

「先ほど、歌声を響かせていたのはお前か?」

 リリアに意識を向け続けるその人物は他の生徒には興味がないような様子でリリアに近づいてくる。

 途端にリリアの背筋を悪寒が撫で始める。

「は、ははい」

 声が震える。周りの誰もが突然の事に動けない。大きな恐怖に包まれると人は判断力を失い、行動を制限されることがある。
 しかし、周囲に対して同時にその状態を発生させることができる目の前の人物に誰もが心当たりが無い。

「ふーん」

 顔には布が巻き付けられており、目だけが覗いており、その表情は見えない。その人物の所作の一つ一つに注意を向けさせられる。

「ただの小娘」

「はい、ただの小娘、です」

 リリアはそう返答するのが精いっぱいだった。

「少し、様子を見てみるか」

 次の瞬間、ウェルジアがリリアの身体をドンと押しながら叫ぶ。

「受け止めろ!!」

 近くにいた少女はその一声に硬直が解け、突き飛ばされたリリアを身体ごと受け止めてその勢いのままに大きく転がっていった。




つづく



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