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128 未確認班の上級生

 先頭集団が山岳エリアの障害物となる場所を越え、予選コースの最後となる最初にスタートした平地エリアへ向かう山間部の林の中に差し掛かっていた。

「後はゴールまで平地を突っ切って校舎前まで戻るだけか、案外あっけなかったな」

 ポツリとシルバが順調すぎる競争の展開に気を抜いた次の瞬間、背筋に緊張が走り、その野性的な勘で誰かの視界に捉えられた事を知る。

 シルバの班の4人が駆けていると背後に人の気配を感じて意識を向けると見慣れない生徒の班であろう人影がシルバ班の後方に接近してきていた。

「見た事ねぇ面だな?」

 シルバがチラリと見えたその顔と記憶を結び付けようとするがどうにも思い当たる生徒は該当しない。隣のシスティアが叫んだ。

「上級生の班かもしれないわ!! 警戒を!!」

 その声にクラウスが臨戦態勢となる。ここから先、山間部の林を抜ければもう障害物などは存在しない、このまま走るだけでは追いつかれると判断したのだろう。

 だが、障害物が少ないという事はシルバ達にとっても走りやすい事に相違なく、シルバ班のその速度が決して遅いはずはなかった。
 それでも見る見るうちに距離を詰められていく。
 という事は明らかに相手の速度がこちらを凌駕しているという事実にシルバ班は予選に入って初めての焦りが見え始めていた。

「ちっ、誰だが知らんが、トップ通過の邪魔をしないでもらおうか!!」

 クラウスが振り向きざまにけん制として放った矢が風を切って飛んでいく。後ろから迫る人影はそれを狙って軽く薙ぎ払う。

「飛翔した矢を叩き落すだと? そんな芸当、簡単には……」

 学園全体の生徒の中において本当の意味で上級生と呼ばれるのは6年生~9年生のまま在籍している生徒達。
 一般的な生徒は5年生でほとんどこの学園を卒業していくのに対して、この場所に自主的に残り続けている者達だ。

 理由は個々人で様々あれど、学園都市の環境で過ごす長さから考えれば一般的な能力や思考を持つ者ではない事は明白だった。

「今んとこ、戦意はなさそうだがや」

 バイソンの見立てにシルバが反論する。

「バカ野郎、これは勝負事だぞ。油断は禁物だ」

 先ほど若干の気のゆるみを見せていたのが自分である事など忘れたような発言だが、今の展開へ思考を回転させるがゆえにそれを指摘する者はいない。
 それもそのはずで、この緊張と弛緩のスイッチという要素が劇的なまでに変わるのがシルバの強みであることを知っているからだ。

「どうする? こちらの脚も遅くないはずだが今の距離の詰まり方を考えると今見える後方の班はどこも我々以上の速さである可能性が高いぞ」

 クラウスは

「くそ、生徒会のやつらが居ないチャンスだってのに、未知数の上級生が相手かもしれないということか」

 シルバ達四人が先頭を維持するにはここで雌雄を決するしかないと構えるが、走り込んでくる集団はシルバ達に見向きもせずにどんどん通過していく。

「あ、コラ!! くそったれ、待ちやがれ!! 眼中にもねぇってのか!?」

 シルバ達をチラリと一瞥はするものの、誰もがそのまま駆け抜けていく。

「くっ」

「そう言うつもりならあとは単純な速度勝負。全力でこちらもゴールまで走るしかないわ」

 システィアの判断に駆け出すも上級生であろう2つの班がお互いに速さを競い合うようにして走り去っていく。

「は、はぇえ」

 学園内でシルバは自身の俊敏性は随一だと考えていた。だが、全速力で駆けてもその背中はただ遠ざかるばかりだった。

 学園内にもまだ見ぬ猛者がいるということなのだろうか? 実質的な学園都市の運営には関わらず、ただただ個人の興味を研ぎ澄ましてきた上級生の存在が明るみに出る事はこのようなイベントでもなければ肌身に感じる事もなかっただろう。

 歯噛みするシルバのその背中に大きな声がかかる。

「シルバ!! ここは切り替えましょう。これはまだ予選。決勝に残ればまずはそれでいい!!」

 システィアの鋭い指示が耳を貫く。

「だがよぉ!! くっ」

 シルバの後ろではクラウスも遠ざかる背中を睨みつけていた。

「あれが学園内でもほとんど普段は見る事がない上級生たちだというのか」

 シルバもクラウスも、そしてシスティアも一瞬の出来事でまだ混乱している。

「ここまでは初見の障害物の様子見に利用されたんだなぁ、賢い人たちだべ」

 バイソンはペースを崩さすに走りつつ自身の見解を開示する。

「いつでも抜き去る事が出来たって事かよ」

 ズレた眼鏡をクイっと直しつつクラウスも「そのようだね」と一言発する事しか出来ない程に衝撃を受けたようだった。
 身のこなしにこれほどの差があるとは考えていなかった。

 しばらく上級生の班の人達の背中を凝視していたシスティアは眉間に皺を寄せて怪訝な表情で走る続ける。

「身体能力がそこまで違っているとも思えないのにどうして」

「知りたい?」

 その時、突然かけられた声に4人は集団行動時の全滅回避の基本行動を取り、散開して立ち止まる。

「身体能力の差じゃないよ。ありゃ魔道具さ」

 制服がボロボロで所々、煤けた肌が露出している女生徒が立って顎に手を当てている。

「魔道具、ですって?」

 女生徒はコクリと頷く。無造作に伸びた前髪によってその表情は目視出来ず、何とも言えない雰囲気を醸し出している。

「このレース自体もカレン先生が持ってる魔道具で見られているみたいだしね。そもそも使用禁止にはされてないからルール上は問題ないでしょ」

「でも、魔道具なんてそんな簡単に手に入る訳が……」
「それがそうでもねぇのよ。『アイツ』は魔道具を生み出すことが可能なんだよねぇ」
「アイツ?」
「へへ、魔道具技師っていう遥か昔に存在した職人達の研究をしてる生徒がいるんだよ。上級生の中にはね」
「どうしてそんな情報を俺達に」
「ああ、フェアじゃないだろう? 後輩相手に隠し玉ありきなんて、こんな楽しそうな双校祭は初めてだしね。めいっぱいうちらも楽しもうとしてるわけ」

 笑みを浮かべている事だけは分かるがこれ以上、無駄話をして更に後続に追いつかれてしまう事は避けなくてはならなかった。

「だとしても不自然だわ」
「貴方はそれを教える為にだけにわざわざここにきたわけではないでしょう?」

 ピクリと身体が一瞬硬直し、システィアの様子を前髪から覗く瞳で見つめている。
 瞳孔が開いている。まるで獣が得物を狩る時のような眼だった。

「……なんでそうだと?」

「貴方、さっきからずっと隙を見るように武器を構えているじゃない」

「へぇ? キミ見える人なんだこれ。すごいじゃん」

「全員後方へ飛ぶのよ!!」

 システィアの掛け声にシルバ、クラウス、バイソンはそれぞれの場から後方へと飛んだ。

 次の瞬間には地面に細く長い針のような金属が上空から降り注いだ。

「ありゃー、もう少しだったんですけど、君たちはなかなかデキル、みたいだね。作戦失敗かぁ。ま、くじ引きで決まった役割は時間稼ぎだし、ま、こんなもんでしょ」

 そう言って、シルバ達に背を向ける。

「これを外したならこれ以上はなにもせずともいいか。これ以上の指示は貰ってないし、まぁ今からでも十分に決勝にはいけるよ。がんばってー」

 そういうと上級生の一人らしき人物は駆け出していった。その背中はみるみる遠ざかっていく。

「ッッ、シルバ、何ぼーっとしてるのよ!! 私達も走るのよ!!」
「お、おう」

 決勝に残れるのは上位わずか8班。先ほどの2班と今の人物の班が同じである保証はない。
 上級生の班が事前に三つ参加しているのだけは分かっていた。その全てが残っているのだとしたらこれ以上は順位を下げるわけにはいかない。

「まだ誰か来る!!」

 システィアの鋭い声がこだましてシルバ達三人の男子が全力で走り出そうとした時、後ろから飛び出してくる者達が居た。

「……なに? お前ら!! いつの間に!?」
「バカな、ここまで追いつけるはずが」
「えええ、いったい何があったとやぁ?」

 登場したその班に驚きを隠せないシルバはその生徒達に向かって大声を上げた。

「エナリア!! マジで最後方からきやがったのかよ!!」

 そのシルバの表情には、ライバルの登場で高揚する彼の笑みが零れていた。




つづく

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