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EP 04 満腹の間奏曲(インテルメッツォ)04

「その様子じゃヒナタ、あなた座学は真面目に受けていなかったようね」
「……」
「そんなところまで似なくていいのに……本当に貴女は……」
 
 そう言ってヨウコが苦笑いを浮かべていると、手を拭きながらトニーがキッチンから戻ってきた。

「ヨウコもね、学生時代から優等生に見えて効率重視で必要ない事はトコトンやらない子だったから睨んでいる先生が少なくはなかったのよ」
「ちょっとトニー余計なこと話し過ぎよ」
「あ〜ら、ごめんなさい」
「もう……さて、片付けも終わったみたいだし、私たちはそろそろ帰りましょうか」
「そうね……ちょっと何寝てるのよ。モナ」

  ソファーで気持ち良さそうに寝ているモナをトニーが揺する。
  モナはうーんとひとつ寝返りをうつも起きる気配がなかった。

「起きませんね……」

  ソフィも思わず苦笑いを浮かべる。
  しかし彼女の気持ちは少しだけわかる。
  この家に来てから、割とやりたい放題無双していたトニーとヨウコと比べてモナは初めましてである二人と共に放置されていたのである。
 
 他人の家で知らない人間と過ごす。気を張っていて、いや、気を遣っていて当然だ。
 
 そんなモナが先ほどのように歌をーーいや、彼女は歌手である。歌うことはいわば仕事である。 
 仕事というものは、いついかなる時でもどこか気が張っているものでそれは彼女の日常でもあったのだろう。
 仕事で疲れているというのも想像が出来る。自警団とは異なった世界ではあるが、あのようにエネルギー、活力を生み出す歌というものが簡単に歌えるとは思えない。
  
 モナが本当に気が休まっている時というのは正に今、寝入っているこの状況なのだろうとソフィは考えた。

「あの……私は構わないので。寝ているのならそのまま寝かせてーー」
「ごめんなさい。もう大丈夫。起きたわ」

  ヒナタが気を遣った言葉の途中でモナがむくりと起き上がる。 
 先ほどまで寝ていたとは思えないほどにすっきりとした顔をしていた。
 仕事柄だろうか短時間の仮眠のような眠りでも回復していることが見て取れてソフィは驚いてしまった。

「そう……じゃあ、帰りましょうか。ヨウコ」
「そうね。じゃあまた近いうちに寄るかも知れないし。たまにはうちにも帰って来なさいよ。もちろんヤチヨちゃんも一緒に」
「うんっ! またね!! ヒナタのママ」
  
 ヤチヨが手を振る。 そんなヤチヨに対して、見えなくなるまで手を振りかえしていた。

「……彼女が心配……?」
「えっ!?」

 心を読まれたような感覚を覚え、ソフィは心底驚いた表情を浮かべた。

「ソフィ、あなた本当にわかりやすいわね」
「放っておいてください……」
「拗ねないでよ…… でも彼女は大丈夫よ」
「どうして……そう思うんですか?」

 不思議そうな表情を浮かべるソフィに対して、ヒナタはまたクスクスと笑みを浮かべる。

「あの人……モナさんは、好きでお母さんやトニーさんといるからよ」
「好きで……?」
「そう。確かに、振り回されて疲れているように見えるかも知れないわ。でもね、帰り際のモナさんの満足そうな顔を見て確信したわ。モナさんは今いる場所が好きなんだなって」
「そういう……もの……でしょうか?」
「ソフィ、今のあなたにも彼女の気持ちわかるはずよ」

 そう言って、ヒナタはニコッと笑みを浮かべる。
 ソフィはすぐに否定の言葉を発そうとしたが、ヒナタのその言葉をよく飲み込んで考えると思い当たることがあった。
 それは、自分がアインたちといる時に近いのではないかと感じた。
 
 アインやツヴァイそしてドライといる時のソフィは、だいたい彼らの話をひたすら聞き役として聞くことが多かった。
 しかも、酒の入った3人は中々に厄介である。
 
 アインは些細な事で笑い出し、ツヴァイは泣き出し、ドライは怒り出すというそれぞれが中々に面倒な酒癖をしていた。
 そんな状態になることを知っているソフィはいつしか本気で酔うことはなくなり、3人の介抱へと回ることになる。
 
 その度に何度も何度ももう彼らと酒の席は共にしないようにしようと考えるが結果的に、今も彼らと酒の席を囲んでいる。
 それは、ソフィにとって3人と飲むという時間が介抱をする面倒さよりも、一緒に席を囲むという行為が楽しいからに他ならなかった。

 仮に、モナも自分のように彼らといることが何より楽しいということであるならばこれ以上考えることは必要ないのかも知れないと。

「……そうですね」
 
 そう言って、ソフィも笑みをこぼす。言葉の真意をわかってくれたようでヒナタもソフィに再び笑みを返した。
 傍で見ていたヤチヨは三人が見えなくなり、手を振り終えると先ほどまでの明るい表情が一転して嘘のように静かに俯いていた。

「ヤチヨさん?」
「ううん、何でもない、何でもないよ」
「ヤチヨ……」
 
 ヒナタにはきっとその理由が分かるのだろう。そっとヤチヨの肩を抱き寄せて頭を撫でた。
 楽しい時間が嫌だった訳じゃない。ただ、その楽しいの中にいるべきはずの彼らがいない事。そんな現実を突きつけられた楽しい時間の後にはヤチヨの心の隙間にどうにもできない寂しさがどうしても入り込んできてしまうのだ。

「ソフィ……」

 寝ぼけ眼をこすりながら、コニスがとぼとぼと歩いてリビングへと現れた。

「コニス、起きたんだね」
「はい。お腹いっぱいで、ぐっすり寝たらすごくいい気分です」

 そう言ってコニスが笑みを浮かべる。
 眠りについてからまださほど長い時間は経っていないようだがウトウトした様子はすぐに消えていくようだった。
 ようやくゆっくり話が聞けそうだと意を決して問いかける。
「コニスちゃん。少しお話してもらえるかしら?」
「お話……ですか……?」

 ヒナタの言葉にコニスが不思議そうな表情を浮かべる。

「まず……あなたは、どこから来たの……この近くでは、ない、わよね?」
「はい……違うと思います」
「じゃあ、どこから……?」
「……わかりません」

 コニスは少し困った顔をして、ヒナタへそう答えた。
 ヒナタは一つため息を吐き。ソフィの方へと向き直った。

 コニスは不安そうな表情を浮かべ、ソフィの方を向いた。
 ソフィは、何も言えずただ黙っていた。

 そんな少し重い空気になりそうなことを察したヤチヨがどこからか大きなお盆くらいの大きさの箱を抱えてきた。
 見ると、それはヤチヨが昔フィリアとサロスと雨の日に良く遊んでいたと言っていた。
 ボードゲームと呼ばれる、今よりもずっと昔に流行った子供の遊び道具であった。
 ヤチヨがこの家に越してくる時に、どう運び出すか迷った物の一つでもある。

 ヤチヨにとっては、家族と一緒に遊んだ思い出の品でもあるため古くなってところどころ文字や絵が霞んで見えなくなっていても思い出のたくさん詰まった物だ。
 先ほどの寂しさもあってか、この道具を思い出したのだろう。

 二人と違って、既にヤチヨにとってはコニスが何者で何のためにここにいるかという事は関係ない事であった。
 ソフィの信じた大事な人……。
 ヤチヨにとってはただそれだけで充分なのだ。

「まぁまぁ、分からない事はあとにして、コニスちゃん!! あたしとゲーム、しましょ!!」
「ゲーム……ですか? それは、何ですか?」
「楽しいことよ!! 詳しくはやりながら教えてあげるわ!!」
「楽しいこと……ゲーム……はいっ! やりたいですっ!」
「じゃあ、決まりね。あっちで遊びましょ」
「はいっ! あっ……ソフィもーー」

 コニスがソフィの手を取ろうと手を伸ばすが、その逆の手をヤチヨが掴む。

「二人は今、考え事があるみたいだからあたしと先に遊びましょ」
「でも……」
「大丈夫よ。遊んでいればソフィもヒナタも後で混ざりに来るから、ね」

 そう言って、ヤチヨがヒナタに目で合図を送る。
 ヒナタもそれをしっかりと受け、首を一度縦に振った。

 ここは、任せてくれということなのだろう。

 実際、ヒナタもソフィも一度話す内容を整理したいと思っていたところではあった。

「ほら、行きましょコニスちゃん!」
「はっ、はい」

 半ば強制的にヤチヨに手を引っ張られる形で、コニスは二人から少し離れたリビングの共有スペースへと連れて行かれた。

「ヤチヨに救われたというか……邪魔されたというか……」
「ヤチヨさんは、いつもいつでもヤチヨさんですもんね」
「えぇ。良くも悪くも……ね」

 そう言って、二人は顔を見合わせ苦笑いを浮かべた。
 
「……ねぇ、ソフィ……本当のところ、あの子はどこまでが本当で、どこまでがーー」
「ボクにもわかりません。ただ、ヒナタさんならわかると思いますが――」
「えぇ……ヤチヨと同じように、嘘をつけるような子ではないでしょうね……」
「はい……」
「あの緑の怪物と関係がある事は間違いないわ」
「だろうと思いますが、情報が無さすぎて何を考えても全て推測の域を出ません」
「そうよね。今は見守るだけ、それがいいのかもね」
「はい」

 ふと、二人の視線がボードゲームで遊ぶヤチヨとコニスに向けられる。
 無邪気にゲームを楽しむ姿に、二人は思わず笑みを溢した。

「ヒナタ、ソフィ。二人も一緒に遊びましょうよ! この子、意外と強いわよ!!」
「コツ……わかってきました」

 二人とは対照的に無邪気な笑顔を浮かべるヤチヨにヒナタとソフィは気難しい顔をしているのがバカらしくなった。楽しい時間は楽しく過ごすべきだ。最後まで。
 今は、コニスが何かを思い出すのを待つしかないのかもしれないと半ば諦めたように二人もボードゲームへと参加する。
 しかし、しばらくゲームを進めたところでコニスの手がはたと止まった。

「んっ? どうしたの……? コニスちゃん……?」
「ワタシ……知っています……」
「「えっ!?」」

 そう言って、コニスが指をさしたのは女王の住む穴と呼ばれるゲームの中にある場所の一つであった。

「コニス……詳しく教えてくれないかな……?」
「詳しく……ですか……?」
「そう。ゆっくりでいいんだ。君の思い出せそうなことをゆっくり教えてくれないかな……?」
「わかり、ました……すこしまってください。うーんと」
 
 ゲームを中断し、ソフィとヒナタがコニスの方をじっと見つめる。
 見つめられたコニスも小さく、息を吸いゆっくりと口を開いた。
 
「その場所では……次の日を迎えられずに、いつ終わってもおかしくないような人たちがいっぱいいました……」
「えっ!? それってどういーー」
「何か怖いことがおきていて、それに……ほとんどの人が怯えていた、気がします」
「何か……怖いこと……?」

 ヤチヨもコニスの話に何か思うことがあったのか食いつき気味に言葉を発した。

「……きっと……ワタシのこれに関係があった。そう思います……」

 そう言って、コニスは腕をまくり上げてその一部を先ほどの戦いの時のように一部を変化させる。

「これは……!?」
「腕が……変わっちゃった!?」

 驚く二人とは対照的に、ソフィは既にその光景を見ていたためか極めて冷静な表情を浮かべていた。
 コニスに敵意が既にない事を知っていなければ、すぐにでも臨戦態勢となっていたであろう。

「ワタシたちは、その何かに怯え、やがて自分がわからなくなって暴れだします。そしてその後に全身が動かなくなる。それが命が……終わったという証拠です」
「命が……終わった……?」
「はい。全身が緑色になり、体が固くなり動かなくなります」
「緑色の? じゃぁ先ほど、ボクたちを襲った彼らのように……」
「ちょっと待って!! じゃあ自警団を襲ったのってーーでもどうして……?」
「……わかりません。でもワタシの記憶の中にある動かなくなってしまった彼らはあぁなってしまってから動いたような記憶がない。でもワタシが覚えていないだけかもです」
「……」

 ヒナタは酷く混乱していた。あの得体の知れない化け物だと思っていたものがコニスのように元は人間だったかも知れないという事実。
 あれらが人間であるかも知れないという選択肢がある今、自分は再び銃口を、剣を向けることが出来るのであろうか……。

 もし、そんなことになれば……自分達は誰かの命を守る仕事をしているはずなのに……
 命を奪う行為に手を染めてしまうのではないか……。

 それは、もちろん友人であるヤチヨやソフィ、コニスに対しても同義である。
 自分の大切な人が、誰かの命を奪うような行為をするのを目の当たりにして自分は果たして耐えられるのだろうか……と。

「……ヒナタ? 大丈夫? 顔色、だいぶ悪いわよ……」

 そう言ったヤチヨの顔も先ほどまで、ゲームを楽しんでいた顔ではなくどこか不安そうな、表情を浮かべていた。

「正直、吐きそう……だけど……ヤチヨ、あなたも私に負けないくらいに顔色、悪いわよ……」
「アハハ……そっか」
「……お二人は一度、外の空気を吸ってきてください。ボクが続きを聞いておきます」

 そう言って、少しだけ青ざめた顔のソフィがヤチヨとヒナタに退出を促す。
 そうは行かないと反論をヒナタが口にしようとしたときソフィの目の奥の覚悟を読み取った。

「……わかった。すぐ戻るわ……ヤチヨ、行きましょ」
「……!? えっ……!? ちょっ!? ヒナタ!!」

 ゆっくりと立ち上がり出口に向かうヒナタに驚きつつもヤチヨもその後を追う。
 リビングを出る際に一度だけ振り返りソフィの顔をヤチヨは確認した。
 ソフィは心配ないと言いたげな笑みをヤチヨに向け、ヤチヨもその笑顔を信じヒナタに続いて家の外へと空気を吸いに出ていった。



つづく


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