EP 06 真実への協奏曲(コンチェルト)07
サロスはソフィを連れ、ヒナタの家から少し離れた所にある広い草原へとたどり着いていた。
「うっし。この辺で良いだろ」
サロスがニヤリと後ろを付いて来ていたソフィに笑いかける。
「あの……サロスさん」
「さ、はじめんぞ!」
「えっ!? あっ、はいっ! わかりました! サロスさん、よろしくお願いします」
ソフィがサロスに向けて、綺麗な礼をする。
サロス自身はこのようなかしこまった空気ではじまる事に慣れていないため苦笑いを浮かべた。
「かってぇなぁ……まぁいいか。とりあえずかかってこいよ。ソフィ」
「えっ!?」
「お前の今の実力を見てみてぇんだ。なーに、安心しろ。めったなことがねぇなけりゃあの不思議な力は使わねぇからよ」
「……分かりました。それはつまり、ボクにあの力を使わせろ……ということですね」
「んぁ?」
「わかりました。行きます!!」
どこか変なスイッチの入ったソフィがサロスへと急接近する。
腰に下げていた剣を抜き、素早く斬りかかる。
しかし、サロスはその一撃を避けることもなくそのまま右手で掴む。
剣は摩擦を起こすことで殺傷能力を発揮する武器だ。
振り切ろうとした剣をピタリと止められればその力は発揮されない。
「んなっ!?」
「威勢はいいみてぇだな。その剣がまともに斬ることが出来る剣じゃないからか……? 剣の刃先がすべて欠けてるし……剣っつーよりはでかい鉄の棒みたいなもんに近い状態。速度は悪くねぇ、なるほどな。自警団の中なら、すげぇ強いやつなんだろうってのはわかった」
「……」
サロスはそのまま、剣を掴んだまま言葉を続ける。
そして、ソフィはじっとりと汗をかいていた。
自分が振り下ろし、受け止められた剣をピクリとも動かすことができない。
渾身の力を込めても、引くことも振り下ろすこともできなかった。
それはサロスの力で単純に止められているだけではない。
自分の力が込められるタイミングを見計らって相反する加減、方向に力を込めて相殺し、固定されていたのだ。
その事実をソフィはそのたった一つの行動だけで理解した。
フィリアと肩を並べて戦える人物に対して油断など微塵もしていなかった。
とはいえサロスの強さというのはあの不思議な力があるからこそではないかという考え自体は心のどこかにあった。
なにより彼の言った≪不思議な力は使わない≫という発言によって少しムキになってしまったということもまた事実ではある。
その行いによって、完全にソフィは自分の心の甘さを自覚することになる。
目の前の人物、サロスはとてつもない実力者であること。
間違いなく戦闘を得意とする団の団長であるあのツヴァイよりも強いことを肌身で実感する。
「ソフィ、お前はつえーよ。それこそ強くなりたいと特訓をはじめたばっかの頃の俺よりもずっと、な」
含みのある表情でそう話しかけてくるサロスを真っすぐ見つめる。
「……サロスさん、ボクは強くなりたいんです」
「……それは、コニスのために、か……?」
「はい……あの時、ボクは何もできなかった」
その答えを聞いてサロスの口元が上がる。
サロスにとってまず一番大事なものをソフィは持っていることを改めて確認したかった。 その気持ちこそが強くなる為になくてはならないものであることをサロスは知っている。
「良いか。ソフィ、お前は今から俺がすることをまず見て覚えろ。いや、目だけじゃねぇ、身体に、心に叩きこめ。ちょっとばかし手荒にはなるが勘弁しろよ。なんせこのやり方しか俺は知らねぇからよ」
「はいっ!」
その発言を聞き、サロスがそのまま剣ごとソフィを投げ飛ばす。
ソフィの体が空中で回転し、そのまま地面へと叩きつけられる。
サロスは容赦することなくそのまま寝転がっていたソフィに対してまるでボールを蹴るような素振りで左足を振り抜いてくる。
ソフィは、とっさに両腕でガードの姿勢をとり、その蹴りによるダメージを最小限に抑えつつ、ふっとばされた勢いを使って立ち上がる。
「型がない……なんだこれ、これじゃあまるでーー」
「そうっ! お行儀の良い綺麗な戦い方は捨てなっ! 全力で俺を倒しに来い!! ソフィ!!」
それはソフィにとって、ほぼ未経験の相手。
いや、たった一度だけ経験したことがある。
昔、天蓋で出会ったあの人物。ピスティと名乗った人物との戦い。
あの時も実力があちらの方が上であった。
ソフィにとって苦しかったのは今までの自分の戦い方のセオリーがまるでサロスに通じなかった部分。
自警団で苛めを受けていたあの頃。
苛めてきた彼らもその身に染み込んでいる拳や足での定型的な攻撃。
そう、彼らのした行動そのものは野蛮ではあったが、その行いから繰り出される攻撃はとても教科書通りのものだった。
最小の動きで効率的に相手にダメージを与えるものでしかない。
しかし、ピスティや目の前のサロスは違う。
完全に相手を封殺する為の動きだ。何もさせないまま制圧する。
≪命の重さ≫
そう、かつての言葉が頭をよぎる。
今なら少しだけ分かるような気がしていた。
その所作から、どんな攻撃が来るのかを完全に読むことはできなかったがおおよその予測はできている。
そのはずなのに、予測と異なる攻撃が来るのだ。
剣を受け止められた場合。今までソフィが相手してきた人間は大概の人間は何らかの方法で自分から剣を奪い取ろうとするか、そのまま再度剣で攻撃をしてくる。
または、そのまま拳で剣を破壊する。まぁ、これは本当にごく限られた人物に限った話ではあったが。
今回の相手はそのまま剣を持った腕ごと掴まれ投げ飛ばされる。
そんな奇行を仕掛けてくるとはソフィは思ってもみなかった。
受け身を取る為に力強く握っていた剣も思わず手から離れ落ち、今は少し遠くに転がっている。
その後の攻撃でも間髪入れず、次の蹴る動作までがセットになって息つく暇もない。
そして今も目の前に転がっている剣には目もくれずまるで武器等なくても問題ないというように状況を利用するのではなく、自分の土俵にズルズルと引き込んでくるような強引さがある。
投げ飛ばされ、転がっている自分に対しての蹴りによる攻撃自体は予測の範囲だった。
しかし、思っている以上に大きな予備動作を伴い、全力で蹴りを放ってくるとは思いもしなかった。
それはこのタイミングでは隙だらけになるリスクが大きすぎるからに他ならない。
自分が同じ状況でも相手の出方を伺う必要があり絶対に取らない手段である。
つまりサロスは投げ飛ばした時点で相手の体勢が絶対に整うことはないと確信していたということだ。
そんなことを考えている間にもサロスが更に接近してくる。
次の攻撃を予測しながら頭を回転させる。
わずかに眼前に迫っている彼の右腕が動いた。
パンチがくる。そう予測したソフィはとっさにガードの姿勢をとる。
予測通りサロスが拳をギュッと握りこむ。
完璧に動きを読んだ。これは防げる。そんな油断があった。
サロスが、とっさに握りこんだ拳を開く。
その動きにソフィの思考が少しだけ止まる。
手のひらで一瞬だけ視界が覆われ、サロスの動きを予測できない。
手がどけられた瞬間、視界の先にサロスはいない。
「ここでしゃがむ!?」
目の前のソフィの両腕にそのままチョップの要領で左右から攻撃が肘の辺りに叩き込まれる。
「っつ!!!」
両腕がジーンと痺れる。そのまま下から振り上げた左腕のアッパーが直撃する。
脳が揺れ、一瞬意識を失いそうになる。歯をくいしばり意識を保とうとするがグラグラと視界が揺れる。
「タフだな、やるじゃねぇか!!」
「うぉぉぉぉ!!!」
少し浮いた体が地面に戻るその勢いを使ってサロスに渾身の頭突きを放とうと頭を下げる。
ソフィにとって精一杯の奇策を講じたが、サロスはその対応を超えてきた。
そのソフィの渾身の頭突きを避けることも、防ぐこともせずにニッと笑いながら自分の頭を突き出した。
頭と頭がぶつかり、お互いに一瞬意識が飛びそうになる。
「ってぇぇぇ!!! ソフィ、お前すげぇ石頭なんだな」
「……これも……ダメか……」
ソフィは頭を抑えつつ、呟く。
頭の硬さには自信があり、これまでで一番の有効打を与えたものの自分も無事では済んでいない。
同じようなことはもう二度は出来ない。
いや、それが出来たとしても次はサロスにはもう通用しないだろう。
「じゃあ次はこんなのどうだ?」
サロスが頭を一度大きく振るとソフィの周りを素早く駆けまわる。
まだ、自分は立っていることがやっとなのにも関わらずそんな激しく動けるサロスを見てソフィは思わず苦笑いをこぼす。
「今の状態で、そんな動きをして大丈夫なんですか?」
「んぁ? あぁ。大丈夫じゃねぇか?」
本当に予測不可能。
僅かにフラフラした足取りが寧ろかく乱をするような動きにも見えてくる。
自分の状態、状況をピンチではなくチャンスに変えるような導線。
ソフィはサロスという人間の底がわからず、何故か笑みがこぼれる。
これが恐怖からか、呆れなのか、はたまたすごいと感じたからなのかは彼自身にもわからない。
「さぁ! お前はこの状況どうする?」
ソフィにはあまりに高速で動くサロスが複数いるように見えていた。
このままではどこから攻撃が来るのかわからない。
がむしゃらに目で追えば、それこそ混乱することになるかも知れない。
ソフィは、ゆっくりと目を閉じ。サロスの足音をしっかりと聞いた。
わずかに、足がついた時の音を聞き分ける。
そして、その姿をソフィはついに捕らえた。
周りを動き回るサロスに対し、ソフィが拳を放つ。
その拳をサロスがしっかりと受け止める。
「お前、すげーな。俺けっこう苦労したんだぜ。その≪気配≫ってやつだけを読むの」
「初めてではなかった……だけです。次、同じことができる自信はありませんよ」
「そうか……でも、次だ」
サロスがそのまま、ソフィの腕を離し次々に拳を右、左と繰り出す。
その挙動はほとんど目で捕らえることは出来ない。
それほどまでのまさに高速の拳のラッシュを繰り出す。
しかし、ソフィはその攻撃すらも対応をしていく。
常人であれば捕らえられないその速度にソフィの目は完全に≪視えて≫いた。
ソフィは、サロスやフィリア以上に≪視ること≫について優れていた。
それはソフィの本来の資質なのかもしれない。が、今のこの場において彼がそれをはっきりと自覚する機会はなかった。
少しずつ自分より強い相手を前にソフィは覚醒しつつあった。
すべての攻撃を見切った後、ソフィはそのまま拳を突き出し、サロスの顔面を殴りつける。
そのままもろにくらい、口元から血が流れ、それを右手の甲で拭う。
「やるなっ! じゃあ次はーー」
「サロスさん!!! はぁはぁはぁ」
ソフィが何かを秘めた目でサロスを見つめる。
「なんだ? 休憩か?」
「……あの不思議な力を使ってください」
「はぁ?」
「ボクがこれから戦う相手は、サロスさんやフィリアさんの持つ不思議な力のようなものを使ってくる可能性があります。ボクはその力にすら負けないくらい強くならなきゃいけない」
「……」
「今までのボクを見て、サロスさんがボクを本当に認めてくれているならその力を使ってください」
サロスは、一度目を閉じて考える。
やがて、サロスの体が少しだけ浮かびあがりその周辺を炎がまとう。
「……ありがとうございます」
「言っとくが、やべぇなって思ったらすぐに止めるからな」
「はいっ!」
「うっし! じゃあ、第二ラウンド開始だぜ!!」
その発言を気に、サロスの動きが変わる。
「なっ!? 早すぎる!! うわっ!!!」
目で追う間にソフィは、右へ左へと吹っ飛ばされている。
ソフィは本気のサロスの動きについていくことは出来た。
しかし、≪視えてしまっている≫ことで、ソフィはその動きに惑わされていた。
人間離れしたその縦横無尽な攻撃はソフィに視えてしまう。
だがソフィの体が反応できず、ついていくことが出来なかった。
何度目かの攻撃をくらった後、ソフィはそのまま意識を失いそのまま地面へと倒れこんだ。
「……やべぇ……やりすぎたか……」
薄れゆく意識の中、ソフィはとある人物の後ろ姿を見た。
その背中にソフィはまったく見覚えはない。
ゆっくりと振り返ったその人物はソフィへと話しかけてきたのだった。
つづく
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