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EP 04 満腹の間奏曲(インテルメッツォ)05

「……大丈夫……? ヒナタ……?」
「大丈夫よ……ただ……その……ショックというか……衝撃が大きすぎたけど……」
「だよ……ね」

 ゆっくりとヤチヨがヒナタの横に並ぶ。
 夜風が心地よく二人の間に吹き抜けていく。
 他には何の音も聞こえない静寂。

「……こんな時……なんて言葉にすれば良いのかしらね……」

 ぽつりとヒナタが小さくこぼす。
 コニスの話を聞いて彼女自身どう整理をつけて良いかわからないままここにきた。
 そんなヒナタの心情を察し、ヤチヨが言葉を続ける。

「無理に言葉にする必要ないんじゃない……? 言葉って大事だけど……必ず形にする必要はないなってあたしは思うな……少なくとも、無理に絞り出して本当の気持ちと違っちゃうかも知れない時は……」
「そう……ね」 
 
 その返答はヤチヨらしくもあり、どこかサロスっぽいなとヒナタは感じた。
 考えてみれば自分の考えも時々フィリアのような思考になっていることがあるなと感じる事がある。
 それほどまでに二人の存在は今も尚、大きな影響を自分達に与えていたのだろう。
 その事実がどこかおかしくてヒナタは笑顔を浮かべる。

「ヒナタ……?」
「うん……今の言葉ヤチヨっぽいけど、サロスみたいだなとも思っちゃって」
「あー……確かに。そうかも」

 そう言ってヤチヨも笑みを浮かべる。

「それを言うなら、ヒナタもそうやって難しそうに深刻そうに悩んで考えるのフィリアっぽいかもよ」
「私は、フィリアでなくても深く考えてます」
「ほんとー?」
「あっ、何よその眼は!!」
「こわっ! にっげろー」
「あっ、待ちなさい! ヤチヨ!!」

 そう言って、二人の夜の追いかけっこが始まる。
 月の光に照らされてはいるものの昼間とは違って辺りのほの暗さもあってか、その追いかけっこも走ると言うよりは早歩きに近く、僅かに息が上がるほどの距離を駆けて終わった。
 ヤチヨが視界に入った夜空を見上げる。
 空は透き通り雲一つない綺麗な空。星が瞬き、月は綺麗な満月だった。

「ねぇ……ヒナタ……月……綺麗だね」
「本当ね……」

 ヤチヨにそう言われて、汗を軽く拭ったヒナタも頭上をゆっくりと見上げる。

「綺麗な満月……」
「……でも……ヒナタ、本当は夜空見るのあんまり好きじゃないよね……?」

 ヤチヨのその一言に、少しだけ驚きつつヒナタは夜空からゆっくりと目を逸らす。

「……気づかれちゃったか……」

 そう言って、ヒナタはヤチヨに背を向けて歩く。

「昔は好きだったわよ……でも……今は好きじゃない……だって、空を見上げる時にはいつだってフィリアがいたから……」
「あっ……」
「……ヤチヨ、あなただってそうじゃない……? 私たちが空を見上げる時にはいつだってサロスとフィリアがいた……」
「……」

 ヤチヨはヒナタの言葉を聞き、思わず顔を伏せた。ヤチヨの頭の中に過去の記憶が次々に蘇ってくる。

 まだ自分が学生であった頃、必死で走り四人で見上げた夜空……それよりも前……自分が母親を失い、ぽっかりと胸に穴が空いたように喪失感を感じていた時……。

 そんな時、サロスに出会った。
 二人で見たあの星空の景色は今もヤチヨの胸に深く刻み込まれている。
 夜空の光景というのは、二人にとって特別な風景。
 そしてそれは、今はここにいない大事な人の存在を強く意識させる。

「思い出に浸るなんて……私たちもいつの間にか歳をとったのかしらね……」
 
 ヒナタがそう言っておどけて笑う。それは自分がこれ以上に感傷に浸らないようにという戒めでもあったのかも知れない。
 そんな、ヒナタとは対照的にヤチヨは一度は、伏せた顔をあげ夜空を見上げた。

「ねぇヒナタ、覚えてる……? まだ、ヒナタと仲良くなる前……遅くまで学園に残ってたら警備ロボに追いかけられた時」
「どうしたの……? いきなりそんな昔の話して……?」
「あの時からだよね……ヒナタとあたしが友達に……ううん、心友(しんゆう)になったの」
「そう……ね」
「あたしね……ヒナタがいて、ソフィがいて……他にもみんなみんなたくさんの人がいる今、幸せだよ……幸せ……だけど……」

 ヒナタがそっとヤチヨを抱きしめる。ヤチヨは少し驚きつつもその体をヒナタに預けた。

「……それ以上は言わなくていい。私もヤチヨと同じだから……」
「ヒナタ」

 そっとヤチヨもヒナタの後ろに手を回し抱きしめ返す。言葉に出さなくても二人の気持ちは同じだった。
 誰かが誰かになり替わることはできない。ただ、その誰かがいない寂しさを埋めることは出来る。
 その事実を二人は痛いほどに理解している。
 だからこそ、その寂しさを痛いほどに分かり合える二人は今はただ黙って温もりを確かめ合う。
 大事な人が今、確かにここにいるというのを実感するために。

「こんな気持ちになったのは、ソフィとコニスちゃんを見たからなのかな……?」
「きっと……そうね……なんだかあの二人を見ていると、懐かしい気持ちになるわ」
「ねぇ、ヒナタ……」
「なーに……」
「……やっぱ、なんでもない……」
「……そう……」

 それ以上の言葉は二人には不要だった。ヒナタには言葉にしなくてもわかっていた。
 ソフィとコニスの関係は、形は少し違うが昔のヤチヨとサロスにどこか似ていた。
 
 コニスはまだ分からないが、少なくともソフィは大切な存在だと思っている。
 それはソフィの態度から見ても明らかであった。

 そんな二人を見て、サロスに会いたくなったのだろう。
 それが恋愛的な好意なのかはわからないが、少なくともヒナタはあの二人を見ていてどうしてかフィリアに優しく頭を撫でて欲しいと、そう思ってしまった。

「……戻りましょうか……」
「そう、だね……」

 ゆっくりと体を離し二人は手を繋いで家路へと戻っていく。
 触れ合う時間がもう少しだけ必要だった。
 それは依存に近い何かかも知れない。
 しかし、今のどこか不安定な二人にはどうしても必要なことであったのだろう。

「ただいま」
「おかえりなさい二人とも」

 ある程度の話も終わったのか、やりかけのボードゲームを片付け、箱の蓋を閉じたコニスとソフィがヤチヨとヒナタを出迎える。

「ソフィ、片付けありがとう。ヤチヨ、元の場所に戻してきてくれる……?」
「うん」

 コニスから箱を受け取り、ぱたぱたと走りながらヤチヨが元の場所へと戻しに向かう。

「話は……終わったの……?」
「はい……と言っても、コニスの記憶が断片的なため全てはわかりませんが……」
「ごめんなさい……」
「コニスが謝る必要はないから、気にしなくて大丈夫だよ」

 そう言って、ソフィが自然にコニスの頭を撫でる。コニスもそれが嬉しいのか目を細めて笑顔を浮かべる。
 そんなソフィを見て戻ってきたヤチヨとその場で見ていたヒナタは静かにソフィの潜在的優しさを改めて認識し、また同時に彼自身の成長も感じると、同時に。
 初めて見た可愛らしいソフィの面ではなく、男性としてのソフィの一面に少し驚きもしていた。

「簡潔に説明しますが、コニス曰く、あの緑色の存在はどこかにいる彼らの中心的存在……それもリーダー的なものではなく、ボクたちでいうところの母親のような存在のところに普段はいるそうです……」
「母親……?」
「詳しくは、コニスも思い出せないようですが何らかの理由があって、彼らはその母親のような存在から離れられないはずだとのことです。しかし、彼らの近くに中心的存在はいなかった。そもそもその中心的存在は自分が居る場所からは動けないそうです」
「じゃあ、その中心的存在をどうにかできればあいつらは……」
「はい……おそらく……しかし、その中心的存在がどこにいるのかまではコニスも覚えていないそうです……」

 ソフィの話を聞き、ヒナタが考え込む。

「仮に、その中心的存在と話ができれば……戦わなくてもいいかも知れないってことよね……?」
「ボクもそう考えています」
「あー……それなら、もうどうしたらいいのよぉー」

 話を聞いていたヤチヨはすぐさま頭をかきむしり思考を放棄する。

「ただ、もうひとつ……コニスの話を聞いていて気付いたことがありました……コニスは、天蓋、もしくは、それに似たような場所にいたのかも知れません」

 ソフィのその言葉を聞き、ヒナタがソフィに視線を向ける。

「それはどういうこと……?」
「……コニスは大きな巨人の像をどこかで見たと言ったんです。そうだねコニス?」

 ソフィのその一言で、全員の視線がコニスへと注がれる。

「はい……いつどこで見たのかは覚えていませんが、ワタシはその巨大な何かを見ました……そして……」
「そして……?」
「誰かが落ちて来たんです。でも、誰かはわからないです……」

 一見すれば、唐突過ぎるその言葉もコニスという人物を知ってしまえばその言葉を信用せざるを得ないことを三人はわかっていた。
 もしコニスが天蓋のような場所にいたのだとしたらそれはヤチヨがいた場所と何か関連があるのだろうか?
 自分達も深くは考えてこなかった天蓋という場所の存在理由。
 その先に答えがあるような気がしてならなかった。

「ボクは明日も自警団に行ってみるべきだと思います」
「自警団……? どうして……?」

 今の自警団は、ほとんどが機能していない状態であり活動自体も当分は休止せざるを得ない状況になっている。
 ただ今の状況であるからこそ立ち回れる行動がある事をソフィは思いついていた。それもコニスの話を聞いていて天蓋と何か繋がりそうな気がしたからだ。
 自警団員として、巡回として辺りを見回るのならばわかるが今の自警団にわざわざ赴く理由はない。
 しかし、これまでにない情報を得る必要がある今、ソフィが思い当たる情報の宝庫ともいえる場所が自警団の中にはある。

「手がかりはやはり天蓋にあるとボクは思います。ただ、天蓋は今や立ち入り禁止区域……中も不安定な状態で自警団員ですら周辺以外は立ち入ることは難しい。であるならば、天蓋についての情報を改めて洗うならそれは自警団にしかありません」
「でも、自警団にだって天蓋の情報なんて……」
「そうですね……表向きは、というより通常の団員たちを含めて大半の自警団員は天蓋に関しての情報はそこまで持ち合わせてはいません」
「……まさか、ソフィあなた!! 第零団の資料室に入るつもりなの!?」
「はい。あそこなら……何かしらの情報があるはずです……」
「話が見えないんだけど」

 ヤチヨが横から疑問を呈するとソフィは端的に説明するように答えた。

「天蓋にまつわる事を調べる為の団が、自警団にはあったんです」
「へー……ってえっ!? そうなの!!」
「止めなさい。ソフィ。そんなこと今の立場のあなたがすればーー」
「覚悟の……上です」

 ソフィの決意を秘めた目を見て、ヒナタもそれ以上口を挟むことはなかった。

 翌朝、コニスをヒナタたちに任せソフィは一人自警団へと向かう。出かける直前、既に起きていたヒナタからお弁当と言われ小さなおむすびを手渡される。
 食材は昨夜の出来事でほとんどないためシンプルなものではあったが、ソフィはそれを受け取り自警団本部へと歩き出した。
 
 自警団本部は、改めて見渡すと本当に悲惨な状態であった。
 あの謎の緑の存在との戦いは激しいものであり、その戦いが消えない爪跡として刻み込まれていた。
 古いながらもどこか頼りがいのあった大きな門は、粉々に壊され今やその姿はどこにも残ってはいなかった。

 ソフィは、一礼をした後に本部への敷地へと足を踏み入れる。
 いつも歩いている見慣れた道のはずなのに、その光景はまるで別物だ。
 入り口のエントランスを抜け、ソフィは真っすぐにとある場所を目指す。
 以前、フィリアに話だけ聞いていた秘密の道を辿り、その場所へとたどり着く。ソフィもここを訪れるのは初めてだった。
 重厚な扉で閉ざされており、一部の自警団員しか知らない秘密の一室。
 それがリブラの団室である。

 第零団《リブラ》は、フィリアの兄。ナールが団長を勤めその後、実質的に弟であるフィリアへとその役割を譲渡された団。
 その活動内容は、他の団とは異なり天蓋に関する事が全てだった。
 団と言いつつも、リブラは他の団とは扱いが違った。団員も当時は、正式団員はナールただ一人であったという。
 
 そんな自警団内でも謎の存在である第零団には、これもまた存在の全てが謎に包まれているとされている天蓋。
 その天蓋を研究をしている奇特な人物が一人だけいたらしい。
 その人物に関して名前すら覚えているものはいなかったが、唯一ナールだけがその人物と接触していたと言われている。
 その人物が独自に研究し、それをまとめたものが第零団にあるとの噂だ。
 しかし、その資料がリブラ内にあると言われてはいても、その資料を実際には誰も見たことはないのだという。
 フィリアですらその噂の資料を探したが見つけることはできなかったと、過去にそう聞いた。

 誰も見たことのない本当に存在するかもわからない資料を探しにソフィは現在は立ち入り禁止となっている第零団の扉を開く。
 フィリアがいなくなってからは誰も使うことがなかったはずなのに、その部屋は昨日まで使っていたかのように整理整頓され綺麗な状態であった。
 外の惨状など、何もなかったとばかりに別空間のようなその場所には本棚にたくさんの資料が陳列してある。
 
 フィリアの事だ。こうして視界に入る資料は全部調べているはずだ。
 そのフィリアが見つけられてないということは目に見える範囲の資料を確認する必要はないかもしれない。
 とはいえ自分の目で見ているわけではないこともあり、結局は一つ一つしらみつぶしに行くのが正攻法であると判断する。

「これは……一苦労なんて……レベルじゃないかもな……」
 
 小さく弱音を吐くと、まず一番手近にあった資料を手に取る。
 パラパラとめくるだけで天蓋に関するものではないことがわかり、棚に戻し別の資料を手に取る。
 地道な作業ではあるが、ただひたすらに探す。それしか方法はないとソフィは思った。

 資料室にこもり、天蓋についての資料がないかとしらみつぶしに読み漁る。
 しかし、天蓋に関する記述があったとしてもおとぎ話のようなものだったり、憶測で書かれた的外れなものばかりであった。
  
「期待はしていなかったけど……やっぱり手掛かりはなし……か」
 
 ソフィは、もう何冊目かわからない資料を机に置き、大きく息を吐く。どのくらい時間が経ったであろうか……夢中で読み進めていたためにお腹が空くことも忘れていたようだ。
ソフィは、少し休憩とばかりにヒナタが作ってくれたおむすびをひとくち頬張る。

程よく塩味の聞いたおむすびが疲れをとってくれるような気がした。
水筒からお茶を一口飲み、少しだけ襲ってきた眠気に負けそのまま意識を落としかける。
 
「こんなところで、何かお探しですか?」
 
 聞きなれない声に驚き、ソフィは目を覚まし後ろを振り返る。視線の先にいたのは見慣れない初老の男性だった。
 顔は黒いローブで覆われ見ることは出来ないが、声でそう判断した。そして、その格好にソフィは見覚えがあった。
 それは、自警団が年に数回神に祈りを捧げる日。信心深い信者が纏う祈りのローブと呼ばれる恰好であった。


つづく


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