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175 雪原の出会い

「よし、みんな……準備はいいね? 絶対に生きて戻ろう!」

 緊張で唇が乾いていく。決死の帰還。
 雪原のこれ以上の踏破は断念し生きて帰ること。
 既に当初の目的は達しており、大幅に到達更新をしている。
 後は、無事に戻るだけとなっている。

 ヒボンは先頭に立ち全員へ向けて大きな声を飛ばした。
 ウェルジアの進言の通りこの場所からの帰還を目指して行動を開始する事になった。反対をする者も勿論居たがフェリシアが探索で起きた事を踏まえて説明し、納得させた。
 
 この洞窟にこのまま居ては何が起きるかわからない。助けが来ることも誰も知らない場所なら望みは薄い。
 生徒の一人の犠牲が出た事実も後押しをした。結果的に彼の死が全員の帰還への判断の背中を押した形となる。

 生徒達は隊列を成して前進する。ヒボンはこの帰還のためにフェリシアへ意見を仰ぎながら自分が考えうる最良の手段を短い時間で用意した。
 
 この雪原は平原。つまり高低差がない場所。
 そして注意すべきはこの寒さ、そして視界の悪さ。
 方向感覚を如何にして保つかという点にまずは大きな課題があった。
 
 その問題点をヒボンの発想で解消する。この手段は後々にもいずれ語り継がれ雪原での移動に使われることになる方法。

 杭と紐を繋ぎ合わせて何本も一晩で用意し、移動速度の速い生徒達が前進しながら杭を打ち込んで進む。杭の代わりとなるのはナイフなど生徒達が持つ武器をかき集めて利用した。
 
 先頭のメンバー達は一本の杭を打ち込んだ位置で待機し、二人目の生徒がそれを追い抜いてその先で杭を打ち待機し、三人目がそれを追い抜いて、というようにすれば遭難者が出る確率は限りなく下げられると彼は考えた。
 
 後続で足の遅いメンバーはその繋がった紐を追って進むだけで移動時の体力のロスなどを最小限に抑えられる。

 そして、洞窟へたどり着いた際に自分たちの進行方向の正面に入り口が見えた事を思い出し、洞窟の入り口を背面にして出来る限り真っすぐ進むようにすれば来た場所への帰還の可能性は高いと仮説を立てた。
 
 実際にその方法は帰還そのものへの確実性はないものの、安全性だけは大きく担保された。後の問題は時間であろう。ここまで来た際の事を考えると少なくとも外で二晩は過ごすことになる。

 雪の上を進むのは、かなりの体力を消費してしまうものだ。
 
 更に夜を外で過ごすにしても洞窟の中のように安心して眠る事は出来ない。暗い場所を進むのは危険なことが分かっている。そこでヒボンは夜にもなんとか移動する方法はないかと事前に考えていた。

 複数人で列をなし、最後方の生徒を前に並んでいるメンバーが腕を引き一番前まで移動する。それを繰り返すことで暗い中でも前進する事が可能だ。進む速度はどのみち吹雪のせいで昼夜に大きく大差はない可能性がある。取れる手段に多少の違いはあれど生徒達の今の状態であれば丸三日であればギリギリ体力も持たせられるはずと計算した。

 あとの問題は途中でグリベアなどの危険な動物に遭遇しないかという点だったがフェリシアの意見をヒボンは信じる事にした。

「吹雪いてさえいればあいつらは外に出る事はほぼない」

 彼らも生き物である以上、この過酷な環境では容易に動くことは出来ないだろう。

 あとは、運だ。

 こればかりは祈る事しか出来ない。

 行きに晴れたという自分たちの強運に賭ける事も合わせても帰還の成功率は半々といった所がヒボンの見立てだ。

 幸いなことはもう一つ。昨夜のうちにリリアの持っていたショコリーから預かっていたという灯りを全員が試した所、一人の生徒が灯りをつける事に成功した。

 これにより雪原での視界も多少は確保できる事になったのも天が味方しているのだと行軍への勇気が湧く。

 ヒボンはここで全員の命を預かる覚悟をした。
 今後に生徒会の座を狙うならば、それが達成された場合、学園全体の生徒達の命を預かる事になっていくのだ。今、ここにいる生徒達すら助けられずにそれを達成する事などきっと叶わない。








 帰還への行軍は一日目、思いのほか順調に進んでいた。吹雪もそこまで強く吹くこともなくヒボンの考えた事前の方法が想定以上に機能してくれていたからだ。

 しかし、二日目に入り視界が晴れない事で緊張感が続いていたことで体力的なものは元より精神的な負担までは流石に考慮できておらず、徐々にペースの落ちる者が増えていき全体の速度は低下していく。

「このままだと先に全体の体力が落ちてしまう」
「落ち着けヒボン、あーしの見立てじゃもう少し進めれば雪原の境界も徐々に見えてくるはずだ。焦るな」
「すまないフェリシアさん」
「幸い強い吹雪は収まってる。ここでレストを入れとこうヒボン」

 二日目の後半、流石に疲労の見え始めていた生徒達を休ませようと簡易キャンプをすることに決める。
 当初の予定にはない事だがこのまま進んでも脱落する生徒が出てしまっては困るとヒボンは了承した。

 交代で見張りをしつつ順番に休息を取っていく。静かな夜だった。寒さもさほどではない。疲労の蓄積があるとはいえ、このままの調子でいけば帰還はそう難しい事ではないかもしれない。

「変わろう」

 ウェルジアが見張りの生徒と交代し周囲を警戒する。特に危険な兆候もない。

「ふー」

 一息ついたウェルジアが空を眺めると降雪が途絶え、雲間に星が見えておりこの一帯に一筋の光が差し込んでいる。

「ん?」

 光が反射している何かが地面に見え、思わず近づくと雪がもこもこと波打っている。

「なんだ?」

 注意深く近づき、雪に埋もれた何かを掘り出してみると白い綿毛のような何かがもぞもぞとしている。その隣に見ていると引き込まれるような何かがもう一つそこには見える。

 獣の爪か角のような硬質の何かだ。

「む、セシリーにでも見てもらうか。何か使えるかもしれんしな」

 そう言って綿毛のような何かを無視し、硬質な素材を持ち上げ、歩き出そうとした時、足元のふわふわの動く気配を感じて飛びずさる。

 すると足元から小さく鳴く声が聞こえている。

 きゅー、きゅー。

「なんだ?」

 鳴き声の主は雪のように白く、周囲の景色と馴染んで姿をよく認識することは出来ないが、見た所どうやら危険はないようだった。

 ジッとウェルジアを見つめていたかと思えば急に飛び掛かり周りをぐるぐるとし始めた。

「なんだこいつは」

 まるで旧知の友にでもあったかのように喜んでいるようだった。懐かしさを感じているようなそんな気配がある。しかし、ウェルジアは目の前のふわもこ綿毛の生物にまるで記憶がない。

 というより寧ろ初めて見る動物だ。

 しばらくウェルジアの周りでウロウロしていたが、どうもあちらも何かしらを勘違いをしていたように足元でスンスンと匂いを嗅ぐと首を大きく傾げるようにして挙動がおかしい。

「ん、もしかしてこれか?」

 先ほど雪から掘り起こしたものを見つめている。

「……」

 しかし、どうもこれの事ではないようだ。首をブンブンと振ってまるでお前じゃない。とでもいうように離れていく。途中何度かこちらを見るように振り返ってそのまま消えていった。

「なんだったんだ」

 不思議な生物との邂逅で見つけたツヤツヤした固い角か爪のようなものを懐にしまい込み、ウェルジアは見張りへと戻ったのだった。


つづく


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