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163 存在しないはずの奥義

「まだまだ、ここから上げられるみたいだな?」
「ふん、余力を残そうとでもしてみろ、俺がお前を食らって上へ行く、シュレイド」
「やれるものならやってみろよ、ウェルジア」
「後悔するなよ」

 ウェルジアの中に少しずつ目の前の相手に負けたくないという想いが芽生え始めていた。

 同じテラフォール流の中で同じ年代にはここまで強い相手はお互いに身近に居なかった。

 これまでに年齢の違いや剣の流派の違いであれば、強い相手は既に共に学園生活の中で二人とも出会ってはいる。

 それぞれシュレイドはスライズ流のリーリエ・ネムリープ
 ウェルジアはエニュラウス流のプーラートン・エニュラウスに。

 しかし、自分が最も磨き上げてきた同じ流派でここまでやりあえる相手の存在。
 その剣戟が積み重なるにつれて二人はここに来るまでに忘れてしまっていたいた何かを思い出していく。

 相手の命を奪う事を目的としていない今回の機会だったからこそ得られたであろう感覚。

「「こいつと剣を交わすのは、楽しい」」

 はるか昔に求めていたはずの忘れた何かを渇望するように、周りの事や今の状況すらも放置して、ただただ二人は剣を打ち合い続ける。

「すげぇ」

 ぽつりとその戦いを見ている生徒達から漏れた呟き。その場の誰もが息を止めてその戦いに目を奪われていく。

 一人。お互いに一人だった頃の時間。

 剣だけが友達で、木の棒だけが友達で、ただかつて憧れた英雄の姿を真似るように型も何もなくただがむしゃらに振り回していた頃。

 何の不満もなく、ただ剣へ向け続けた好意。その小さな幸せだけで笑顔になれていたあの頃の表情が微かに蘇り始める。

「相手もかなりの強者ではありますが、やはり、技量という点で言えば一人だけ桁違いですわね、シュレイド」

 エナリアは難しい顔でその様子を見つめる。その視線の先にはシュレイドの姿があり、ウェルジアの激しい攻撃をいなし続ける様子に溜息を吐く。

「エナリア様、なにか心配事でも?」

 側に佇むスカーレットが問うとエナリアはシュレイドを見つめたまま答える。

「彼は、これから先、一体何のために剣を振るうのでしょうね」

 エナリアが言わんとしている事をスカーレットは寸分の狂いなく受け止めた。

「信念なき強さというのは、時としてただの暴力になり下がりますからね」
「ええ、その通りですわ」

 しかし、そうは言いつつも知らず知らずのうちにエナリアもスカーレットも、この場にいる全員がその拳に力を込め二人の戦いに釘付けになっていた。冷静でいようとするも目の前の戦いに心が昂り始めており、心が燃えるように熱くなってくる。

「まるで子供が剣で遊んでいるかのようですわ」

 エナリアはそうした素直な気持ちを否定しようと言ったつもりなのだろうがその言葉に含まれる意味は意図とは大きく異なり始めていた。

 ただ強くあればいいというだけならどれだけ楽な道だろうか、と。簡単に目の前のその姿を肯定するわけにはいかない。
 
「もし子供が子供のまま大人になったら善悪の判断も出来ずにその力を振るう事になってしまいますもの」

 エナリアの見立ては確かに正しいものだった。だが、目の前で純粋に強さだけを求める二人の戦いを見ていると善悪とは何なのだろうという疑問すら浮かぶ。

「その時、果たして周りは止められるのか? ということですね」

 スカーレットは大双刃斧を掴む手に力を込め続けている。二人とも会話の内容とは裏腹にあれほどまでお互いに高め合う姿を見て、自分達がどのような心持ちで見守るべき戦いなのかと戸惑い悩む。
 
「ええ、理由なき暴力は理由なき暴力でしか止められない。けれど」

 どこまで否定をしようとしても目の前で繰り広げられる戦いに胸が躍るその事実から目を背ける事は出来なかった。

 二人の戦いはそれほどまでに美しく、剣への想いが純粋なものであると伝わってくる。

「はああああああ」
「でやぁああああ」

 ウェルジアは目の前の強い男に食らいつき続ける。全く持って届く気がしないほどに彼の技量の底が知れない。
 それでも手は抜きたくないと夢中で、全力で剣を振り続ける。久しく感じた事のない疲労感、剣の重さが腕に襲い来る。

 身体が徐々に重くなっていく、しかし相手の動きのペースは未だに落ちないどころか益々そのキレを増していく。

 分からない。どうしてそのような事が起こせるのか、ウェルジアには分からなかった。
 単に血筋、才能のせいだなどと吐き捨てるようなくだらない現実逃避に逃げるよりもより早く、ウェルジアの思考はなぜ、どうしたらここまでの強さが手に入るのか? という思考に塗り潰されていく。

 相手の動きをこれでもかというほどに凝視し追い縋るように自分も置いて行かれないようにと動き続ける。

「こいつは」

 シュレイドという人物の凄さが微かに見えてきていた。戦闘中というのは常に緊張感、集中力を伴うものだ。普通ならば筋肉が強張り、力が入る。

 だが、その一切がシュレイドにはない。怪我の危険がある状況にも関わらず常に脱力し、攻撃、または防御の際にだけ必要なだけの力を込めるという瞬時の動作が限りなくシームレスに行われているのだ。

 それはまるで自分は怪我をすることがないということが当たり前であるかのようにすらも感じられる。

 対してウェルジアは力でがむしゃらに押していく剣の振り方で無駄な体力の消費が多い。それに気付けただけでもウェルジアにとっては僥倖だった。
 
 本で見た事のあるテラフォール流の描写、動きと寸分変わらない正確無比な剣閃。お手本通りという感想すらもが生ぬるい。

 だが、それ以上の何かも確かにある。そして、その手札を引き出せない自分にただただ、申し訳なさと自分自身への悔しさが募る。手本通りの基礎だけで彼は自分とここまで渡り合っているという事実に悔しさを通り越して憧憬すら覚える。

 きっと今回の戦いでは彼の本気は微塵も見れないかもしれない。だが、出来る事なら見てみたい。そう思い始めていた。

 気が付けば相当の時間が経っており、二人は没頭する中で時間の概念など頭から抜け落ちていく。
 それでもじわりじわりとその差が如実に現れ出した。

「随分息が上がってきたみたいだけど、ウェルジア。そろそろ限界か?」
「はぁはぁ、く、そ」

 しかし、誰の目から見てもウェルジアは劣勢である。応援しているリリアは勿論のこと、英雄の孫にウェルジアを当てたヒボンさえもが言葉を失っている。
 それもそのはずだ。ウェルジアが健闘しているとはいえこの勝負はどちらが勝つかという質問をこの瞬間にしたならば東西どちらの生徒も全員がシュレイドだと答えるしかないだろう。

「はぁはぁ、お前の本気を、見せてくれ」

 ウェルジアはここでシュレイドへと懇願にも似た言葉を放つ。それは彼の本心だった。テラフォール流の深奥が見てみたい。目の前の男ならその場所にもしかしたらもう既に立っているのではないかと思った。その剣を受けてみたい、仮に負ける結果が既に明白であったとしてもそれなら尚更受けずにこの戦いを終わらせるわけにはいかない。

 真っすぐに自分を見つめてそう願うウェルジアの姿にシュレイドも感化されていた。戦いの中でジリジリと自分の居る場所へと必死に迫ろうとするウェルジアに自分のあの頃を重ねていた。

 英雄、グラノ・テラフォールの背を追いかけて剣を振り続けたあの日の自分を。

『じいちゃんの本気が見てみたいなぁ』
 あの日に沸いた興味。
『う~む、しかし』
 ただただ純粋なる興味。
『分かった。だが、見せるのは一度だけじゃ。いいなシュレイド、絶対に盾で受け止めるんじゃぞ』
『うん』
 そして、記憶に残り続ける一閃。

 昔はただただ凄いとしか思えなかった。だけど、今も記憶に焼き付くその光景を思い出すと目の前で今しがた見たかのような肌感覚が甦っていた。

 今の自分が記憶の中のグラノ・テラフォールのあの一振りに一体どこまで迫れているのだろうか、とシュレイドは思う。

「……なら、少しだけ」

 無言で彼は誰もが初めてみる構えをとった。目の前のウェルジアならば耐えきれるだろうという信頼がその願いに応える行動を取る判断をさせた。

「あの構えは!?」

 剣に、テラフォール流に多少の覚えがある生徒達の間でもざわめきが起こり始める。

 国内で剣を使う騎士達が少なくなっているとはいえ知識の上であればテラフォール流は最も知られている剣術である。
 ウェルジアが学んだように本もあり、グラノ以外のテラフォール流の者が出している本から知識を得た者達なども含めればかなり多くの者がその存在を知っており、その技術を扱える、実戦出来るかどうかさえ除けば、国内で最も浸透をしている剣術のはずであった。

 だが、この場で構えているシュレイドの姿はその中のどの知識にも該当せず、誰も見たことがない。

(なんだ? この鞘に入ったままの剣を半端に担ぐような恰好は?)

 右手で持った剣を肩に担ぐように構え、何も持たない左の手のひらがウェルジアへと向けられる。
 脱力した指が自然な曲線を保ったまま、まるで卵を手で優しく握っているような位置で静止していた。
 ゆっくりと腰を落とし、照準を合わせるようにその丸みを帯びた指の隙間からウェルジアを補足したかと思うと、その視線が鋭さを増した。

 ウェルジアはニッと口元の端を吊り上げると剣を構える。

「行くぞウェルジア」
「こい、シュレイド」

 静寂が辺りを包み込み誰もが息を呑んでいる。冷たい風が凪ぐ音とその風に煽られた服がバサバサと鳴る音だけが耳を打つ。

 その中をシュレイドの一言がまるで全員の耳元を通過したかのように残る声で呟かれる。

「……テラフォール流剣術、奥義……」

「奥義!? テラフォール流に奥義なんて存在しましたの!?」

 突如エナリアが身を乗り出してシュレイドを見つめる。珍しく取り乱すエナリアの反応に釣られてスカーレットも目を見開いていた。

 テラフォール流に奥義があるという話は誰一人聞いたことがない。

 そう、だからこそそれ故に誰もが習得をしやすい剣と呼ばれ、国内で最も使い手が多い剣術としての地位を築いてきていた流派だったのだ。

 悪く言うならば誰もが出来るような標準的な剣術。それがテラフォール流。この場の全員の認識は紛れもなくその共通認識ただ一択だった。

 ウェルジアは瞬間、鳥肌が立ち、握りしめた剣に力を込めてシュレイドの動きを一つも見逃さないように睨みつけた。

「……剛神ごうしん

 ウェルジアの目は動きを捉えていた。だが、その動きを先ほどまでより確実に捉えられているという違和感に寧ろ心臓が早鐘を打ちはじめ、全力で剣を構えた。

 ウェルジアの左肩側から振り下ろされた剣を受け止め……ようとした瞬間には刀身は既に折れ、シュレイドの鞘が左腕にズシリと重さを伝えてきていた。

(何が起き……ッ……う)

 思考よりも早く衝撃が身体の中を走り、膝が本人の意思とは関係なくぐにゃりと崩れ落ちつつふらりと背中から地面へと落ちる。

 ドサッ。

 ウェルジアはそのまま地面を舐めるように倒れ伏した。

「ウェルジア君!!」

 リリアが倒れたウェルジアに駆け寄っていく。

「そ、そこまで!!」

 慌てて掛けられたエナリアの高い声でようやくシュレイドは我に返った。ウェルジアはその声に意識を取り戻したが自分がどうして倒れているのか覚えていない。意識はあるままで次の瞬間には地面が目の前にあった。

、「はぁ、はぁ、負けた、か」

 全身が痙攣しており、ウェルジアは倒れたままでゆっくりと呼吸を整える。これが剣なら自分はこの世に居なかったかもしれない。妹を一人残してもしそんな事になっていたらと寒気がする。
 これが交流模擬戦であったことを心底安堵してしまっていた。そして、そう考えてしまった自分に幻滅しそうになる。

「………ふーっ」

 対するシュレイドは長く一息だけ呼吸をして再び脱力した。呼吸の乱れはあるが既に肩の上下の動きは整い始めている。

 二人ともまるで夢から醒めたように残念そうに表情を曇らせる。

「今回は、この戦いシュレイドの勝ち!」

「……」

 ウェルジアは明らかに自分の負けであることを悟った。
 終了直後の様子を見てもそれは明白。これほどまでに文句なく負けを認める事になる自分。そんなことは戦う前までは想像していなかった。
 そして、初めて彼はまだ微かに震える身体に鞭打ってよろよろと立ち上がり自分から歩み寄った。

 セシリーから遠征前に貰った剣の刀身は砕け散っていて受け止めた衝撃の強さを物語っている。
 この剣で受け止めたからこそ、これだけの衝撃できっと済んだのだろう事が窺えた。

「シュレイド」

「なんだ?」

 すっとウェルジアは何の疑いもなく頭を下げる。目の前で突然下げらる頭にシュレイドも面食らっているようだった。

「……俺にお前のテラフォール流を教えてくれないか。お前がこの宿舎にいる間だけでいい」

 ウェルジアの行動に西部学園都市での彼を知る誰もが驚いていた。

「結局、俺はシュレイド。お前に剣を鞘から抜かせることすらできなかった」

 そう言われたシュレイドはブンブンと手を振って謙遜している。これだけの強さがありながら尚、本当にそのような事が出来ない未熟者であると彼は自認をしている事が分かる。

「待てって、教えるっていってもお前に教えられる事、多分ないぞ。お前のテラフォール流の型、俺から見ても完璧ってか俺よりもずっと正確無比に整ってたし、すげぇよ」

「なら、なぜお前に勝てなかった」

 肩を押さえながら問うウェルジアの言葉にシュレイドは微かに残念そうな顔を見せる。

「……勝つことって、そんなに大事なのかよ」

「ああ、大事なものを二度と失わない為に、俺にもう二度と負けは許されない」

 強さへの渇望、その元がなんであるのか。ウェルジアには分かっている。そう、後悔をしないためだ。
 弱かった自分、大切なものを守れなかったあの日の自分。
 そんな過去の自分の幻影に捉われ続けて、ここまで死に物狂いで生きてきたのだ。

「強いって、なんなんだ」

 ぽつりとシュレイドが天を仰いで嘆くように零す。ウェルジアは迷わずその問いに答える。

「理不尽をねじ伏せられる事だ」

「理不尽をねじ伏せる?」

「俺は、この世のあらゆる目の前で起こる理不尽を絶対に許さない」

 その言葉には含蓄があり、シュレイドもそれが彼の心からの言葉であることを理解する。

「だからお前の持つその理不尽をねじ伏せられるほどの強さは尊敬に値する。その景色を俺も見たい」

 シュレイドは何か考えるようにして俯くと、ウェルジアの手の平から血が滴り落ちているのが見えた。これは自分の攻撃でそうなったものではない。彼が全力で剣を握り締め続けた結果であるとすぐにわかった。

 手を抜けない性分なのだろう。それも、自分の身を案じることがないほどに。

「……分かった。教える事はたぶん出来ないけど、一緒に剣を振るくらいだったら」

「いいのか」

「ああ、俺もお前と剣を振ってると、もう少しで何かを思い出せそうだったからなお互い様だ」

「そうか、恩に着る」

 差し出された互いの手を握り締めて、握手を交わした。シュレイドはウェルジアの真っ赤な手を躊躇なく握っていた。

 そこで二人はお互い目の前の相手にしか見えないような小さな笑みを零し交わす。

 特にウェルジアにとってそれは、本当にいつぶりか分からない程の笑顔。久しぶりに誰かに向けた、そんな笑顔なのだった。


つづく



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