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134 夜空に昇る炎

 シュレイドを庇ったその瞬間、思い出したのは自分の母の最期。
 まだ幼いながらも決して記憶から消えることのないその姿。

「…………」

 泣きじゃくるだけしか出来ない私は母の言葉を覚えていない。
 あの時、一体なんと言われたのだろうか。

 ダメ。目を閉じないで。
 ダメ。眠らないで。
 ダメ。いかないで。

 止まらない涙でぐしゃぐしゃになる私。

 その後の事は覚えていない。

『モウスコシ、モウスコシ』

 その時、再び頭に響くあの不快な音、しばらくぶりに聞くその声に身体がビクリと跳ねる。

『アトスコシ、アトスコシ』

 ここの所は見なくなっていたあの夢の場所に気が付けば立っていた。

 流動的に空間が捻じれるような中で手のような、足のような伸びた何かの形が蠢いている。

 何度も見た夢だからか、あの時よりも冷静に観察している自分に気が付く。
 でも、どうしてこの夢の事を起きたらいつも忘れてしまうのだろう?
 そして、ここにきて思い出す。
 その繰り返し。

『……アア、アアアア』

 呻き声を上げたかと思えば口と思しき場所からボトボトと塊を吐き出すように生み出していく。

 零れ落ちたその塊は徐々に形を成していく。

『アナタハ、メ、メメ、メル、メルティ、メルティナ』

 突然、名前を呼ばれる感覚に身震いする。瞬間、硬直する身体、強張る表情が私自身を更に拘束する。
 呪詛のようなその音が頭に響き始める。

『おかあ、さ、ん?』

『アア、ソウヨ。オカアサンダヨ』

 目の見当たらないその存在となぜか目が合ったような恐怖がメルティナの心を射抜く。

『アリガトウウマレテキテクレテ。スベテノキセキガ、モウスコシデ 、ウレシイ?』

 けれど、彼女はキッとその存在を睨みつけて問う。姿形は似せれども目の前に形作られたその塊は母などでは決してない。

「貴方は、私のお母さんなんかじゃない」

 そう強く言い放つ。

『ワスレラレタ、サミシイ? クルシイ? ツライ? ワカラナイ。ドウシテ?」

 以前とは異なりその塊は人の顔で表情を形作った。
 その表情に思わず心が締め付けられる。
 それでもあの頃よりも成長した私は物事の分別はもう付けられるくらいには成長している。

「……もうやめて。おかあさんは、あの時、あの時、もう、死んでしまったの。」

『シンデナイヨ? スベテノタマシイハココニツドウモノ、ワタシハホンモノノティアストラ』

 その名前を出された瞬間に心臓が止まりそうなほどに高鳴る。
 知っているはずがないのだ。
 夢の中のこの存在が私の母の名を知る訳がないのだから。

 でも、もしかしたら。

 そう思うほどに私はあの時の事を。

「どうして、その名前を」

『オカアサンダモノ、ホンモノダモノ』

「違う」

『メヲソラサナイデワタシノイトシイイトシイメルティナ』

 声が震える。もう一度会えるなら、そう何度考えただろうか。
 もし本当に目の前にいるのが母だというなら。

『モウスコシデ、アエルカラ、マタココデアオウネ』

 手を差し出してくるその姿に思わず手を伸ばしそうになる。
 
「メルティナ!!!!!」

 脳裏に突然大きなその声が響き渡ると共に意識は現実へと引き戻され夢の出来事は霧のように霞ががって消失していく。

「シュレイド?」

 聞き覚えのあるその声に呟いた名前。消えかけの目の前の存在の目が大きく見開かれた。

『ドウシテ……ココニイルノ? ドウシテ』

 零した声と共に空間は捻じ曲がり、閃光のように意識は光に塗り潰されていく。

「んっ、ここ、は?」

 目を覚まして最初に見えた天井。
 ゆっくりと右へ左へと視線を彷徨わせた。

 ベッドの上だ。

 ぼんやりとする頭を軽く振って意識を戻していく。

「あれ、私、どうしてたんだっけ? 何も覚えてない、また。この感覚……ッそうだ、シュレイドは!?」

 ハッとなった自分の傍から声がかけられる。

「大丈夫ですよ。彼ならあちらで寝ていますから」

 その声に振り向くと一人の女性が傍らで直立不動で微動だにせず立っていた。
 長い髪を頭の上部で結わえており、身長も高そうでスラリとしている。
 その存在感は薄く、波立たない水面のような印象がある。
 研ぎ澄まされたその空気は周りの空気とは異なるようにさえ感じられる。

「あの、貴女は?」

 聞いておきながらどこか記憶をくすぐるような彼女の佇まいに喉の奥まで出かかった何かがある。
 だが、それが何なのか明確には思い出せない。
 この人、どこかで?

「此度の件は私の落ち度、咄嗟に守り切れず申し訳ありません」

 落ち度?? 何のことか全くわからない。

「まさか、あの瞬間に飛び出すとは思っておらず御身の怪我がなく安心しました」

「えと、その前に私の質問に答えてもらっていいですか?」

「姿をこうして見せるに至ったことをお許し願います。メルティナ様」

「メルティナ、さま???」

 噛み合わない会話の中でただただ、メルティナはきょとんと目を真ん丸に見開く事しか出来なかった。






 四日目のトラブルはあれど、そのまま警戒態勢は敷かれた上で最終日の五日目。
 双校祭は日中の開催予定のイベントのみ中止となった。

 後夜祭そのものは開催され、これまでの双校祭の本来の慣習が行われる。
 イウェストの前にここまでの学園生活で散った者達へ捧げる鎮魂の祈り。
 これまでの双校祭でも同じように行われてきた催しである。

 天高く燃え上がる炎の柱。

 見つめる学園に集まる全てのものが暗くなって吸い込まれそうなその空に瞳を向ける。

 舞い上がる火の粉は星と踊り、生徒達の心にひとときの安らぎをもたらしていく。

 パチパチと爆ぜる音と炎が周囲を照らす。

 小さな炎を囲む三つの影が闇の中で照らされジリジリと届く暑さにも表情一つ変えない。

 幼い子供がしびれを切らして口を開く。

「戻って来てからシュレイナずっとだんまりだね。トリオンつまんない。まだジッとしてなきゃダメなの?」

「……お前は命令を無視して学園に行った」

「でもでも、トリオンのおかげでシュレイナを見つけて連れ戻せたんだよ?」

 二人の視線の先には深紅の剣を抱きかかえて小さくうずくまる女性がいた。
 自分の剣をまるで赤子のように愛おしそう抱きしめる姿はいささか異常とも見える。

「そうだな。それは褒めてやる。……そう、これでいい」

「シュレイド、いいこね。まってて。もう少し、あとすこしだから、貴女の運命を、生を奪った神を私が屠るわ、そしたら私もすぐに貴方の元へといく、まってて。ああ、会いたい」

 ぶつぶつと小さく囁くように同じ言葉を繰り返すシュレイナの姿を見て男は口角を吊り上げる。

「これで神殺しの剣となる者の準備は整った。やはり目論見通り、学園にいるシュレイドというのは本物ではなかったのだな。シュレイナを学園に行かせた甲斐があるというものだ。クク」

「ねぇねぇ、そういえばあとの二人は?」

 トリオンがキョロキョロ周囲を見回すが気配は感じられない。

「じきに戻ってくる」

「つまんなーい」

「……なら付近の龍脈でも調べてこい」

「え、出かけていいの?」

「お前の情報も無視は出来ないイレギュラーだ。だが、遊びにいかせる訳ではない。肝に銘じておけ、次はない」

「えへへ、わかってるってば、それじゃいってくるね~」

 そう言ってトリオンは次の瞬間には忽然と姿を消した。

「……東部学園都市の龍脈の変化、か。これもサンダールの仕業か? いや、まさかな。あの小物にこのような大それた事が出来ようはずもない。だとしたら一体誰が? この俺にすら行動を補足されずに動くとは厄介な存在だ。早々に手を打たねばならないかもしれんな。アレクサンドロのように……」

 男は炎とシュレイナを自らの瞳に映したまま、ただその揺らめきを見つめ続けた。



つづく


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