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EP 03 激動の小曲(メヌエット)02

 「そうかそうか。そんな素敵な人のこと考えてたなら、あたしの中身のない話なんか聞いているはずないよねぇ」
「はい……って、違います!違います! 別にヤチヨさんの話がどこかで聞いたことある内容であったとしても、それがつまらないというわけではーー」
 
 軽いジャブを放ったつもりが、強烈な無自覚カウンターをくらったヤチヨは思わず顔を伏せて、右手で頭を抑えていた。

「む、ソフィ……それ、フォローしてるつもりだろうけど、女の子はそれで傷つくこともあるんだよ?」
 
 ソフィに一切の悪気はない。だが彼は少し素直過ぎたのだ。
 もちろん彼と長い付き合いのヤチヨはそのことを理解している。
 だから今のはヒナタが来るまでもう一度からかおうとしたヤチヨへの罰であるとも言える。
 沈むヤチヨを見て、ソフィは酷く焦る。

「すっ、すいません……あのっ……ボクっ」
「ねぇ……ソフィ……あのね……」
「はっ、はい……」

 ゆっくりと右手を降ろし、顔をあげたヤチヨが少し怖い顔でソフィを睨む。
 ソフィはそのヤチヨの顔を見て引き攣った表情を浮かべた。

「謝られると! 逆に! 余計に! 傷つくこともあるの!!」
「え、え~~、っ、ごごごめんなさい!!」

 机を何度もダンダンダンとヤチヨが叩く。
 完全に頬を膨らませ、ご立腹なのは誰が見ても明らかであった。
 ソフィはそんなヤチヨにおろおろするばかりであった。

「ふふ、ヤチヨって、たまにすっごく面倒くさいって思うことあるでしょ?」
「あっ、ヒナタさん!!」

そう言いながら、笑って人数分のコーヒーを持ってヒナタがキッチンから現れた。
その姿を見て、ソフィの目が輝く。
この状況での彼女の登場はまさにソフィにとっての救いの天使ヒナタエルの降臨とさえ思えた。

「ヒナタ! それはどういう意ーー」
「ヤチヨ、一旦落ち着きましょうねー」

ヒナタは、ヤチヨの目の前にミルクがたっぷりと入ったコーヒーをトンと置く。
ヤチヨはそれを見て、一瞬、沈黙した後。ふーふーと冷ましつつズズッとコーヒーを啜る。
口の中にほのかに広がった甘みにヤチヨの表情が緩んだ。

コーヒーのような色をしてはいるが、実はヤチヨが飲んでいるのはコーヒーではない。
ヒナタがコーヒーっぽい色になるように作った偽物のコーヒーである。
その材料は、コーヒーっぽい色になるような無味無臭の粉。ミルク、そしてフィアレスという花の蜜を使ったヒナタの特性シロップ。
しかも、ポマースフィアレス独特の苦味をコーヒーの苦味とヤチヨに錯覚させている。

 彼女が本物のコーヒーの苦味を知り、眉間にくしゃりと皺を寄せつつ飲めるようになり、その後さらにその美味しさを感じられるようになるのはまだまだ先の話である。

美味しくコーヒーを飲めていると思い込んでいる、まだその真実を知らないヤチヨは、実に幸せそうな顔をしていた。
ヤチヨを横目に本物のコーヒーを一口飲み、ヒナタはにこやかな笑みを浮かべ、ソフィはそんな二人を見て両手をカップにつけて安堵の表情を浮かべる。
だが、ヤチヨが忘れていた何かを思い出したようにヒナタをキッと睨む。

「ってヒナタぁ!! さっきの面倒くさいってどういうことなの!!」

 覚えていたかぁと言いたげな表情でヒナタがクスクスと笑う。
 ソフィはこんな表情のヒナタがヤチヨをからかう姿勢になることを知っていた。
 
 ヤチヨが誰かをからかうと楽しいということを知ったのはヒナタの影響である。
 何故かはわからないが、ヒナタには人をからかう才能みたいなものがあった。
 そんな才能が本当にあるのかどうかはさておき、とても人をからかうのがうまいのだ。
 
 子供の頃から引っ込み思案で人を寄せ付けないように強がって拒絶する姿勢が板について過ごしていた間には気づくことはなかったが、ヤチヨと離れたあの出来事の後、フィリアと過ごすうちに内なる才能が目覚めたということかもしれない。

 そんなヒナタと過ごすうちに、ヤチヨも誰かをからかうという楽しみを知ってしまった。
 ただ、当のヤチヨはからかうよりもからかわれる方に適性がある。
 そんな二人が話を始めたとなれば、パワーバランスが崩れる結果は目に見えていた。

「……そうねぇ……5回連続でフィリアに勝負に負けた状態で更に再戦を挑もうとするサロス……くらいかな?」
「うわっ、めんどくさ……ってーあたし、そのサロスと同じってこと!?」

 ソフィにはヒナタが言っている事が何のことなのか想像できなかったが、ヒナタとヤチヨの二人にはその光景がすぐに目に浮かんだようだった。
 二人にとっては、サロスがムキになり、その様子を見て苦笑いを浮かべるフィリア、そんな光景が日常の一部だったのだろう。
 そんな二人をどこか呆れ気味に、同時に二人は楽しそうに見ていた。
 その日々を思い出すことが、とても寂しく、悲しくなってお互いに口に出さない時期もあった。
 
 しかし、そんなことをしてもその気持ちが消えることはない。
 で、あるならばあえて声に出して共有した方がまだ良いという事に二人はこの頃には気づいていたのだった。
 
「えっ!? ヤチヨ、自覚……なかったのね」
「うっそぉー……ショック……サロスみたいなめんどくさいなんていやだぁ」
 
 ヒナタのその言葉にヤチヨがガクンと項垂れ、机に突っ伏す。
 ただそんな風に言いつつもヤチヨの言葉にはトゲはなく、心の底からそれが嫌だとは思っていないようだと言う事はソフィにも汲み取れて、そんな二人を見て思わず笑みをこぼしてしまう。
 
 ソフィは、ヒナタがフィリアと一緒にいる場面を何度も見てきていた。
 というよりも、基本フィリアとヒナタはセットでいることがあった。同じ団であり、同時に特別な関係であった二人であるならそれは自然なことでもある。
 フィリアといるときのヒナタは本当に楽しそうで、フィリアも同じく嬉しそうで。
 
 ソフィは、そんな二人をみているのがとても好きだった。ずっと見ていたいと思えるほどだった。
 
 そんな、ヒナタがフィリアではなくヤチヨを連れてあの日、天蓋から出てきたことにはとても驚いた。
 ソフィ自身も落下した場所からあの時はどうにか脱出が出来た後で、他者を気遣うような余裕はその時にはなかった。
 後日、フィリアを失ったヒナタは酷く落ち込んでいて、ソフィを始め自警団の面々もどうしてあげれば良いのかわからなかった。

 それからもうしばらくして、ソフィが様子を見に行っても、ヒナタは作り笑顔を浮かべるばかりだった。
 フィリアは自警団の形式上、休団扱いになっている。
 この処置は、天蓋の崩壊によりただでさえ混乱状態であった自警団にこれ以上の混乱を招かないためのものでもあった。
 よって、フィリアが天蓋内部で行方不明になったことを知っているのは、ソフィ、アイン、ツヴァイ、ドライとごくごく一部の団員のみ。
 こんな状態において、姿を見せないフィリアに団内での不満を漏らすものもいたが、アインの一声でその声もすぐに弾圧された。

 しかもそれだけではない。フィリアの休団を理由と同時にヒナタは自警団へ退団申請をしている。
 その申請に団全体としては休団扱いにしたかったようだが、ヒナタの『ここにはフィリアとの思い出がありすぎる』という言葉が決め手になり、彼女の心身の安静を優先しその要求を受け入れた。

 元々、自警団に個人を縛り付けておくような効力はない。
 ヒナタは皆に惜しまれつつも団を退団することになった。

 そんなヒナタは自分よりも沈んでいたヤチヨの世話で精一杯だったようにソフィには見えたが、それも一時的なものであった。
 ある日、ソフィがいつものように家を訪れると、ヒナタ本来の明るさと笑顔でソフィは迎え入れられた。 
 
 ヒナタから聞いた話によると、塞ぎこんでいても仕方ないねとヤチヨが立ち上がり、ヒナタと腹を割って今後の事を話をしたことがきっかけであったとのこと。
 最初はたわいのない何でもない昔話から始まった。
 思い出話に花が咲き、会話はスムーズに進んでいき、そしてお互いに触れずらかった話題……。
 天蓋や自警団、そしてヤチヨのいなくなった後の話をしたことで、傷つき、涙を長し、激しい口論になることもあった。しかし、そんな出来事を乗り越え、今の二人の関係になることが出来た。

 そんな経緯をそれとなく知っているソフィにとって今の二人を見ていることはとても喜ばしいことであった。

 ほっこりと二人を見ていたソフィに気づき、ヒナタの目線がソフィに向く。
 そして、そのままヒナタがソフィの方へと椅子を近づけてきた。
 
「それで? さっきなんとなくは聞こえていたんだけど……ソフィ、好きな子が出来たんですって?」
「あ、えーと、その」
 
 ヒナタのからかう方向が自分へと切り替わった瞬間である。
 ソフィは、その事実にすぐに気づき、息を飲む。
 こうなってしまったヒナタを止める方法をソフィは知らない。
 和やかな雰囲気のうちに違う話題を出しておくべきだったと後悔するが時はすでに遅く、今一度覚悟を決めて口にする。

「いえ……好きかどうかはまだわからなくてーー」
「隠しても無駄よ。ほらっ、ヤチヨ。いつまでも落ち込んでないでソフィの話聞くんでしょ?」
「そうそう!! 恋バナよ! こ・い・ば・な!!!」
 
 ヒナタの言葉に落ち込んでいたヤチヨの表情がぱぁーっと明るくなり、ヒナタと同じくソフィに椅子ごと近づけてくる。
 
「あのヒナタさん……ヤチヨさん……その……」
「良いじゃない、ソフィ。最近、私たち刺激がなくてね。だ・か・ら、少しぐらい、楽しい話きかせてちょうだいよ」
「そうそうあたしたちそういう恋バナ大好きだもん。特にヒナタは!」
「あら? そんなこと言ってヤチヨは本当のところどうなの?」」
「うーん……人のを聞くのは、大好き、かな!!」

 こうなってしまった乙女モード全開の二人にソフィはたじたじになっていた。
 そして、どうにかしようと、夢中で二人だけで話していた二人にソフィが声をかける。

「ちょっと、ちょっと!! 二人ともボクがコニスを好きって前提で、話を勝手に進めないでくださいよ!!」
「好きじゃないの?」
「あたしの話聞かずに、思い出に浸っていたのに?」

 その瞬間、ソフィは完全に今、この場に二対一の構図が出来上がっていることを理解する。
 そして、その事実にもう一つ大きなため息を吐いた。

「はぁぁぁ……もう、なんなんですか……今日のお二人なんかすごく面倒くさいですよ!! もぅ!!!」
「あらら、面倒くさいって言われちゃったわよ! ヤチヨ」
「酷いねー……ヒナタぁ」

 ソフィはしまったという表情を浮かべる。
 自分の発言に気をつけていたつもりだったが、ついつい本音をこぼしすぎてしまった。
 そして、そんな小さなミスを見逃すような二人ではないということをソフィは知っている。

「私、泣いちゃいそう」
「泣かないでヒナタぁ」
 
わざとらしい泣き真似を二人が始めたことで、ソフィに言いようのない罪悪感が募っていく。
 泣き真似だとわかってはいても、そんな二人をソフィは無視することは出来ない。
 ソフィは完全に隠すことを諦め、もうなるようになれの精神で深くもう一度ため息をついた後、ゆっくり口を開いた。


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