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116 沈黙と泣き声

「ミスターコンテストのラストを飾るのは、このイベントの発案者でもある現生徒会でもあるカレッツ・ロイマン~~~~~」

 会場にこだまする声と人混みを切り裂くように疾走して会場から離れる二人の姿がステージからシュレイドにも見えていた。

(あれはメルティナ? ミレディア?)

 誰かを運んでいる様子だけが遠く視界に入る。
 不意に胸がドクンと大きく勝手に高鳴った。まるでその場に空気が存在しないかのように呼吸がうまく行えず、胸を押さえ込んでしゃがみ込んで息をしようと悶えて苦しんだ。

「おい、シュレイド、大丈夫か?」

 ステージ上で隣にいたフェレーロが声を掛けた時には、その呼吸が更に荒くなっていく。

「はぁはぁ、か、か、か、は、あ、あ」

 遠巻きにシュレイドだけを見続けていた少女はその様子の変化をいち早く察知して人混みを掻き分けステージに勢いよく飛び登ってくる。

「シュレイド君!! 大丈夫!?」

 同時にステージの裏側からも人影が静かに足音もなく、素早く現れて傍に寄り添う。

「……大丈夫?」

 サリィ、そしてグリムの二人が近づいてきた瞬間、シュレイドは意識を飛ばした。
 ふらりと倒れ伏すシュレイドを二人の男性が支えていた。

「どうしたんだよシュレイド!? くそ、おいマジか、息してねぇぞ」
「フェレーロ君! 救護の為の場所が設置されている。そこへ急ごう」

 隣にいたフェレーロと最後に呼ばれステージに出てくるタイミングで勢いよく飛び出してきたカレッツが咄嗟に動き指示を出していた。

「僕の番は良いから、この場をうまく収めといて!」

「は、はい! わかりました!」

 カレッツはそう司会の生徒に叫ぶとフェレーロに声を掛ける。

「さ、僕の背中に乗せて!!」

 これほどまでに真剣なカレッツの様子は珍しく、語気を強めている。

「急いで!」

「は、はい!」

 フェレーロは言われるままにシュレイドをカレッツの背に乗せた。

「さ、行こう」

 カレッツは全速力で走り出した。決して早くはないもののその背中は頼もしい。

「俺も行く」

 追随してフェレーロも駆け出していく。

「私も!!」
「……」

 次いでサリィとグリムも後を追う。シュレイドを心配する4人はステージの脇から降り救護エリアへ急ぎ向かうのだった。


 張られた幾つものテントが並ぶ前にある受付のような場所のテーブルでズズーッとお茶を啜る音が聞こえる。

 老婆はテントの天井を見上げてポツリと呟く。
 
「さて、誰かが運び込まれてくる気配だわ、仕事しなきゃねぇ」

 お気に入りの湯呑をゆっくりとテーブルに置いてよいしょと掛け声を出しながら立ち上がる。

「先生!!」

 瞬間ミレディアとメルティナが息を切らせて駆け込んできた。

「あらあら、ミレディアちゃん」

「先生!! この人が急に震え出して」

「あららら、それはいけないわ。奥の大きなベッドに寝かせてあげて」

 うわごとのように「返して」と繰り返し続ける女性を奥へと運んだ。
 奥には二つのベッドが並んでおり、そのうちの一つは既に誰かが横たわっているのか、わずかに膨んでいた。
 だが、設置された大きな簡易ベッドのうち膨らんでいた側の掛け布団を慌てていたメルティナが勢いよくめくってしまう。

「ぅげ、なぜばれたし、はぁ、もうちょいですやすやと寝付けたというのに残念だ。でもリーリが寝てなくて命拾いをしたじゃんね君」

 長い黒髪を無造作にボサボサにしている女性が簡易ベッドからむくりと起き上がる。

「ひゃあああ、お、おばけ!?」

 その様相にメルティナがびっくりして思わず声を上げる。

「あ、あなたは!? いえ、とりあえずもう一つのベッドにその人を寝かせましょう」

 ミレディアに指示を出した老婆は黒髪の女性に向き直り勝手に納得したように頷く、軽装だがその鎧に気が付いて即座に首を垂れる。

「少々この場所を借りますね。ゆっくりとされていた所を申し訳ございません」

 その老婆先生の様子にメルティナもミレディアも目をぱちくりさせていた。不審者に頭を下げる先生に驚く。

「へ? ああ、別にいいけど。というか勝手に使ってたのリーリなんで、まじめんご」

 学園に最も長くいるであろう年長者の先生に対しての雑な言葉を投げる目の前の人物にミレディアは声を上げる。

「ちょっとあんた! 勝手に使ってたんならさっさとどきなさいよ!」

 女性をベッドに寝かせた後、ズカズカともう一つのベッドにミレディアが歩み寄ると入り口に指をビッと突き出して去る事を促す。

「ミレディアちゃん、無礼よ。控えなさい」

「えっ、でもこいつ」

 逆に先生に怒られてしまい困惑するミレディアを横目に再度、頭を垂れる老婆の姿があった。

「申し訳ありません。どうか生徒の今の非礼をお許しください」

「ちょっ、先生!? なんで?」

 困惑するミレディアは目の前で何が起きているのか把握できずに混乱の中佇んでいた。




 隣に寝かされて鳴き声も上げない苦しそうな赤子の手を優しく握る手が見えている。

(なんだこれ)

 視界はぼやけておりその人物の表情は汲み取れない。

(私の愛しい子、大丈夫、大丈夫よ)

 隣にいる赤子に向けてかけられている声。優しい声。落ち着く声。

 その声を自分も求めようとすると途端に口から泣き声が発せられていた。言葉を形にすることは出来ない。

 ただただ泣き声という形で世界へと発する音。

 するとその声が聞こえたのか先ほどまでの空気とは異なる視線が自分に向けられる。

(……黙りなさい。うるさいわ)

 隣の赤子とは対照的に自分に向けられた視線と声はあまりにも冷たく、無慈悲に無機質に突き刺さるような痛みを胸の中に連れてくる。

(もう少し、あと少し、もうちょっと待っててね。今助けてあげるからね)

 そう呟くと再び隣の赤子に向けてとびっきりの笑顔を向けてあやしている。

 ただただ泣き続けることしか出来ない。言い知れない孤独感に包み込まれる。

 身体の自由も利かないままで泣き続けるが誰も助けてはくれない。
 
 その時、自分にとっても懐かしい声が耳に届く。

(見つけたぞ。もう、やめなさい。これ以上聞く耳を持たないならばワシはお前を切らねばならん)

 決意を帯びた瞳で女性を睨みつけるようにしている。こんな表情は稽古を付けられていた時にさえ見たことがない。
 少しばかり自分が知っているその人物の姿よりも若く見えていた。

(今のお父さまに私を切る事など出来るのかしら?)

 目を閉じて深く息を吐いたその男はゆらりと剣を抜き去って構えを取った。この構えは、初めて見る構えだった。

(お前が凶行に走るというならそれを止めるのは親の役目じゃ)

 殺気をぶつけられている女性は平然とその空気を真っ向から切り返すような殺気を向け返す。

(凶行ですって?)

 ピリピリと空気が張り詰めて、軋むような力でお互い自分の剣の柄を握りこんでいた。

(その子を元の場所に帰してやるのじゃ)

(この子は捨てられていたの。帰すところなどありはしない。だから、ここで死んだところで誰も悲しまない)

 手元の静かな赤子を愛おしそうに撫でながらそう言い放つ。それを聞いて心底幻滅したようにため息を吐き落胆している様子だった。

(お前というやつは……)

(この秘術を行う為に必要な条件を満たしている奇跡。二度とないくらいの適性の高さ。これは神が愛するあの人との間に生まれた私達の大切な救うために犠牲にしろと与えてくださったのよ。そうに違いないわ。儀式はもうまもなく始まるのよお父様。誰にも止めさせはしない)

 時が既に遅く、間に合わなかったと悟ると彼は一層力を込めて剣を握り込んだ。

(……魔に堕ちたおったか)

(この子を救う為ならば、私は例え魔女と呼ばれようと構わない)

 木々の合間から差し込む光が剣身を照らし反射する。空気が一瞬弛緩して、諦めた表情で男は剣を女性へと向けた。

(これ以上は話しても、無駄なようじゃの)

(始まったこの儀式の邪魔はお父様であろうと、絶対にさせない)

 二人がゆっくりと立ち上がったかと思うとお互いに剣を構え、次の瞬間にはとてつもない速度で二人は接近し、剣と剣を打ち鳴らす音と尋常ならざる剣速による摩擦で発生した激しい閃光が辺りを包み込んでいた。

 その眩しさに思わず目を瞑るとそのまま意識は混濁し、ただただ視界は染まり、光と共に溶けて暗闇へと消えていった。


 続く

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