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141 炎の音と鎮魂歌

 東部と時を同じくして、西部学園都市内でも双校祭は厳かに進んでいた。

 東部学園都市コスモシュトリカへ視察へ行った九剣騎士シュバルトナインはディアナ・シュテルゲンとリーリエ・ネムリープ
 そして、ここ西部学園都市ディナカメオスへは九剣騎士シュバルトナインクーリャ・アイスドールとヴェルゴ・ヴェインハルトが視察へと来ていた。

 エナリア達が行った学園祭の改革とは対称的に東部と大きく雰囲気が異なり、昔ながらの方法で静かに淡々と粛々と学園の歴史によって積み重ねられてきた式だけが西部では執り行われていく。

 天高く炎が渦巻きパチパチと木が爆ぜる音が聞こえ煙が巻き上がる中、西部の生徒達は暗がりの野外でその炎を見つめる。
 多くの者が犠牲になった模擬戦闘訓練から時が経っても尚、その恐怖は生徒達の心を蝕んでいた。
 これまでに前例のない事態の傷跡は未だに西部学園都市の中に癒えぬまま残り続けている。
 西部の生徒達の多くからかつての覇気が失われ、あれほど活気のあった西部学園はひっそりと静まり返っている。

 未だに見つからない行方不明の生徒達の安否さえ分かればこのような事にもならなかったかもしれない。
 教師達も含め生徒会を中心にリオルグ事変の直後から捜索にあたるが手掛かり一つさえ見つからず捜索は難航を極めていた。

 揺らめく炎を見つめるひととき。脱力感と安心感を覚えるように佇む生徒達の背中を強く見つめる一人の女生徒の姿があった。

「よしっ」

 ぴしゃりと軽く頬を打つ音は炎の音に掻き消える。
 ピンク色の髪のお団子髪の少女リリアは呟いて、用意された木造の簡易に用意されたステージへ登った。
 学園側へと許可をもらい、彼女はこの場所へと立っている。

 この場において誰一人、彼女の動きに視線を向ける者はいない。
 けれど、それでよかった。
 自分が注目されたいわけではない。ただ、その気持ちに寄り添いたいだけだった。

 国内に蔓延る人々の暗い気持ちを吹き飛ばそうとした母と旅して過ごした日々。その日常からリリアは自然と自分が積み重ねて来たことが、人々にとってどうあるべきなのかをなんとなく理解していた。

 戦う事はまるで出来ない自分。でも、これなら出来るかもしれないというただひとつの想いが彼女を突き動かしていた。

 それはある意味で驕りかもしれない。誰かの心に寄り添えると思う事そのものが自分勝手な思い込みなのかもしれない。

 でも、それすらも今はどうでもよかった。

 これまでの学園の歴史。この学園で過ごす中で過去に失われた命へと祈りを捧げる時間。
 時代は違えどもその想いは脈々と受け継がれてここまで時代は流れてきたのだ。

 ステージ上で静かに瞳を瞑る。
 かつて母が父の墓前で歌った鎮魂歌を思い出す。
 瞼を開けたリリアの視界の横からスッと細長い物が差し出された。

 差し出された手の先を見ると見た事のある顔と道具。

「え、あなたは確か、以前食堂で」

「どうぞ、これ使ってください」

「え、でも」

 以前、食堂での大食い対決のアレコレに巻き込まれた時に乱入して司会を勝手にし始めたあの女生徒が立っていた。

「以前、食堂で聞いた時に、貴女の歌っていうんでしたっけ? 凄く良いなぁって、あれをまた聞けないかなぁって思ってたんですよ。で、親衛隊の皆と力を合わせて調べてたらここで歌う事を相談しているリリアさんを見つけて、今に至ります」

 差し出された魔道具。
 かつて食堂中にリリアの声を届けてくれたことを覚えている。
 ありがたい申し出ではあるが、チラリと申し訳なさそうにリリアは彼女を一瞥した。

「確か、その貴重なものだって。壊しちゃったりしたら」

 不安げに顔を伏せるリリアに面食らった後、ニカっと彼女は笑顔を浮かべてリリアの背中をぽんと叩いた。

「アハハ、これ前も多分言ったと思うんですけど、全く使われずにただただ仕舞われているだけなんて道具が可哀そうですから、壊れるまで使ってあげた方がいいんですよ」

 そう言って無邪気に笑う。

「でも」

「ほらほら、遠慮しないでください」

 胸元に押し付けられた道具を受け取る。

「対価はこの側の特等席で聞けること、それだけで十分です♪」

 そう言って彼女は親指をぐっと立ててウインクしてきた。

「うん、それじゃ、ありがたく借りるね」

 その様子を見た途端に彼女は眉間に皺を寄せ悲しい表情をした。

「……リオルグ事変の行方不明の生徒の中に、私の友人もいたんです。だから、どこかで、もしかして聴こえてくれていたらいいなって、思って。だからお願いします」

 先ほどまでとは全く異なる表情で静かに頭を下げる。リリアが歌ったとしても状況が変わるわけじゃない。
 でも、みんなの心は今、救いを求めている。意識を背けられる何かを。

 だとしたら自分にも何かが出来るかもしれない。

 戦えない自分が戦える人達の為に出来る事。

「うん」

 そう一言呟いて彼女は一歩前に出た。

 炎の爆ぜる音だけが聞こえるこの場所で、リリアは大きく息を吸い込んだ。

「……スゥ」

 吐き出される空気がリリアの身体で声となり、口から発され音となり、世界へと放たれる。

 場の空気が変わる。誰がしているのかなど気にする者さえいない程に自然と場に溶け込むように寄り添うようにリリアの歌声は響き渡っていく。

 歌に身体も心も預けるように生徒達はその歌に耳を傾けたまま炎を見つめる。

 まるで過去の生徒達と同じ時間を過ごしているかのようにさえ感じるひととき。


「……なんだ?」

 九剣騎士ヴェルゴ・ベインハルトはその違和感と異変を感じ取る。

「何が起きていやがる?」

 周囲を警戒するように意識を拡げるがいつものようにいかない。ヴェルゴにとっても初めての感覚だった。

「俺の聖脈に干渉してきているこれはなんだ? 自らの意思とは無関係に昂るこの感覚は一体?」

 遅れて耳に届く声に視線を空へと投げた。

「……これは、久しぶりに聞く、歌か? だが、しかし、この歌、どこかで……」

 油断すると思わず意識がとろんと微睡んでしまう。

「はは、この干渉力、一体何者だ? 俺の精神にこれほど影響を与える程の力が存在するとはな。学園祭の視察などつまらんものと思っていたが、くくく良い暇つぶしになりそうじゃないか」

 ニヤリと口の端を吊り上げた後、声の聞こえる方向へと男は暗闇の中をゆっくりと歩いていくのだった。



つづく


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