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159 剣が導きし運命

「では、東部学園都市のエナリア会長の提案による交流会をこれより行います。内容としては模擬戦とその後の懇親会、パーティを行う事になっています。今年はイウェストもなく禍根の生まれなかった特殊な年です。この機会は学園の歴史上に名が残る企画となることでしょう。ぜひ一緒に成功させましょう」

 ヒボンが拳を突き上げて、高らかに叫んだ。
 確かにこうした機会はこれまでなかった。
 ということは自分たちのこの交流が学園の歴史上でも珍しく東西の交流が図られた遠征に参加した者として名を残せるのではないかとそれぞれが特別なこの場面、機会に胸を高鳴らせる。 

「交流模擬戦は監督の先生達の許可もいただいているものです。選出された生徒達の戦いを見て皆もぜひ今後の為の学びとしてくれ」

 そう言ってヒボンは大きく息を吸い込んだ。

「そして、西部の生徒は言わずもがな、そして東部で過ごす皆にも情報は伝わっている事かと思う」

 神妙な顔でヒボンは続ける。

「西部に現れた怪物、モンスターと呼称されている謎の存在は今後もいつ現れるともしれない脅威です。やつらは現在確認できる限りでは剣でなければ倒すことが出来ず何度も立ち上がってくる」

 西部の生徒の表情の中にあの時の恐怖の色が滲んでいる。その異様な様子に東部の者達も空気を察して重苦しい気配が漂う。

「今後は護身用でもいい、剣を最低限使うことで自分の身だけでも守れるようにしておく必要があると僕は考えている。そこで、今回の模擬戦を見て少しでも興味を持ってくれたら嬉しい。もう二度とあのような悲劇を繰り返さない為にも」

 ヒボンは包み隠さずに模擬戦に応じた思惑を高らかに伝えている。その様子からも剣を使える者が少なかったことによる西部の惨劇がエナリア達にも窺い知れた。

「それじゃ、まずは模擬戦に選出されている東西の生徒を発表させてもらうよ!」

「第一戦目は西部、フェリシア・モーガンさん。東部、スカーレット・ルビーネさん」

 西部の生徒が特に沸き立つのが分かる。

 フェリシアは西部でも最近になり極めて有名になった生徒であった。西部で数少ない剣使いの一人であり、流派としてはスライズ流を用いている。

 あのリオルグ事変において一部の地域の被害、負傷者をゼロに抑え、その区域にいて彼女に助けられた者達は皆一様に最大限の敬意を抱くようになっていた。

 彼女が居なければ全員やられていたと言われる程、彼女の貢献は大きかった。
 多数のモンスターを一人で草刈りでもするかのように薙ぎ払いつつ、激しく咆哮するその姿は野性的であり、その姿にこそ助けられた生徒達は心を奪われ、心強さを覚えたのである。

 そのフェリシアが集団の中から歩み出てきたスカーレットを視界に捉え目の色を変える。
「んんだ? あいつ、本当に学生かよ? 東部生徒会にあんな苛烈な気配の奴いたか??」

 スカーレットがそのまま向けた視線に対してキッと睨み合わせてきた瞬間にフェリシアの背筋がビリビリと痺れるように波打つ。

「ほほ、やっべぇなこいつ、あーしの睨みなんか屁でもなさそうじゃねぇか、おもしれぇ」

 フェリシアの全身が逆立つように臨戦態勢となり始める。

「狩るか狩られるか、こりゃ久しぶりにヒリヒリしそうだ」

「第二戦目は西部は僕、ヒボン・ヘイボン。東部、エナリア・ミルキーノ会長」

 こちらは東部の生徒が沸き立っていく。
 エナリアは東部ではこの頃には絶大な信頼を得る生徒会長として君臨している。そんなカリスマが直々に模擬戦に出るというのであれば生徒達がざわめき立つのも無理はない事だった。

「うひー、これはこれは、エナリアさんもティルス会長に負けない位のカリスマ既にあるんじゃないのこれ。昨年の東部はまだなんというか統制にムラがあったような気がしたけど、今年、東部も何かあったのかもしれないね」

 ヒボンは周りをキョロキョロ見渡しつつ、他の人に任せた方が良かったかもしれないと少しばかり後悔していた。
 だが、自分がこうして衆目に晒される目的は他にある。今後の西部での生徒会奪取の布石だ。

 そのためには自分も多少異常の危険なリスクを負う必要がある。これからの生徒会奪取の可能性の低さに身震いする。

「ま、やると決めたからにはやれるだけやんないとかなぁ。さて」

 そして、模擬戦の最後となる組み合わせが再度一呼吸したヒボンの声でかけられる。

「第三戦目は西部は、ウェルジア・ワイドーナ……そして」

 西部の生徒達の間では困惑の空気が漂う。誰なんだ? という空気だ。
 知名度、認知度のない生徒であるウェルジアはただでさえ日頃は陰のように静かに過ごすことが多い。
 初めて見る者も多いようで、ぽっと出の一年生がどうしてこんな貴重な機会に駆り出されているのかが分からないといった様子だ。

(想定通りだ。よぉし、頼むぞ)

 ヒボンは周りの反応にしめしめと口元を緩める。ヒボン達の派閥がティルス達から生徒会の座を奪取するには正攻法では難しい。

 現時点でのヒボン派閥はほぼ新入生のメンバーで構成されており、いわば昨年の東部のエナリア派閥のような布陣である。

 電光石火の速度で知名度が浸透しきり安定する前に一気にティルス派閥の牙城を崩す信頼と実績を築く必要がある。
 ティルス達西部の生徒会に集まったメンバーの能力を認知される前に事を完了しなければならない。

 ヒボンの照準は来年の学園内を半分に分けて行われる集団模擬戦であるギヴングだ。

 エナリア達も生徒会を奪取する際に用いた手だが、ギヴングにて現生徒会への宣戦布告を行った者達というのは必ず相手側となる班に配属されるというギヴング特有の班分けの仕組みがある。それをゆくゆくヒボンは利用するつもりなのだ。

 そして、これがその為の思い付きのもう一手。
 話を聞いてピンときた。これを利用しない手はなかった。彼には悪いとは思ったもののこの遠征時にしか交流機会はほぼない。

 ヒボンは出来る限り全員に届くようにその名を叫ぶ。

「東部は、シュレイド・テラフォール!!」

 瞬間、東西の生徒がざわつきはじめた。
 
 それもそのはずだ。

 最終戦となる第三戦目に挙がった生徒の名前をきっかけにこれまでになく場が騒めきどよめきに包まれていく。

 かの英雄グラノ・テラフォールと同じ姓を持つ生徒、その名が示す影響力の想像以上の反応にヒボンですら目を見開いた。
 名を呼ばれた者は永きに渡り脈々と受け継がれてきた剣術テラフォール流の始祖と言われるその血脈を持つのであろうことが、東西関係なく多くの生徒達にも伝わってたことで地鳴りのような歓声がこの遠征拠点を響かせていく。
 
 それほどまでにグラノという英雄が持つ影響力はこの国では大きいのだという事を誰もが改めてこの場で突きつけられていた。
 

「……テラフォール、だと?」

 そして、ヒボンから頼まれた模擬戦の相手をここで初めて知ったウェルジアは身体が震えていた。それが何故なのかは本人には分からない。

 名を呼ばれ自分の目の前へと歩み出てくるその姿から目が離せなくなる。瞬きすらも忘れたように凝視する。
 身長はウェルジアよりも低く小柄で、パッと見だけなら誰もが同じ感想を抱いただろう。

 歩み出る男子生徒を見て、先ほどまでの歓声が嘘のように静まり返る。

「この男が?」と。

 シュレイドと呼ばれた少年は鞘に納められたままの剣を右手に持って集団の中から歩み出てくる。明らかに彼が一歩ずつ足を踏み出しその音が響くと場の空気が変わっているのが分かる。


 正面に立ったウェルジアが堪らずごくりと喉を鳴らした。

(身体が強張る。まさか、緊張している、とでもいうのか? 俺が?)

 そして、それを見守る東西生徒達も同じく見ているだけでその緊張は高まりゆくのであった。

 静かに目を閉じていた少年はゆっくりと目を開けて視線を正面に立つウェルジアに向ける。

(な、なんだ、なんて目をしていやがるんだこいつは)

 背筋をゾクリと悪寒が撫でる。
 ウェルジアとて自分が普通以上の過酷な人生を歩んできていると思っていた。
 だが、目の前の人物はその比ではないような気配を纏っている。
 それに何かが目の前の彼から抜け落ちている? いや欠けていると言った方がいいだろうか。

 それが何かまでは分からないまでも、その重さが空気へと伝播してウェルジアは気圧されていた。

 そんな中でヒボンが高らかに声を掛ける。

「皆ももうこの空気ならみんなもうお気づきかと思うけれど、シュレイド君はかの英雄グラノ・テラフォール様のお孫さんであるらしい! 彼の剣を見られるこんな機会なんてそうそうない。今回は特別に参加をしてもらうことになった」

 当のヒボンがどのような言葉を使いシュレイドに参加の交渉をしたのかはこの場の誰にも分からないが、経緯はどうあれ彼はこの模擬戦へと参加してくれる事になったらしい。

「シュレイド・テラフォール」

 ウェルジアはその名を刻み込むように呟いた。

「きゃー、シュレイドくんがんばってー!! そんなロン毛野郎に負けるな―!!」

 その背後から静寂を切り裂くように声が唐突に飛んできた。まさか彼のファンだろうか? 黄色い歓声が一部、いや一人だけの声が聞こえている。
 ピョンピョンと飛び上がり、リリアと似た髪色をしている気がする。ピンク色の髪のやつはみんなああしてうるさいのだろうかとウェルジアは眉間に皺を寄せる。

 ふとそう思った矢先にそんな声に負けじと聞き覚えのある声がウェルジアの背後からも聞こえてきた。

「ウェ、ウェルジアくんはロン毛だけどサラサラですごいんだから!! あ、ウェルジアくん、がんばってーーーー負けるな―!!」

「チッ」

 チラリと顔を僅かに向けて視線をやるとよく通るその声の主はリリアで間違いなかった。反論が反論になっていない的外れな事をいうピンク色の髪色の人物を想像した本人が思った通りのうるさいとも取れる声で大声でエールを送ってきた。

 だが、舌打ちをしつつもこの時ばかりはその声にウェルジアは内心でリリアに自然と感謝をしていた。

 いつもはうるさいと思っていたその声ではあったが、耳に届く彼女の声により、強張っていた身体が解けているような気がしたからだ。

 不思議と妙に力が込み上げるような気持がして、リリアから目線を切った勢いのままで強い視線を目の前のシュレイドへと向け真っすぐに見つめ返した。

 落ち着いて見直してみると目の前の男の底が知れない。

 こんなことは二度目であった、一度目はフードを被ったあの謎の人物から感じた。その時の何かと近いようだとウェルジアは思い出す。

 しかし、何より気に入らないのはウェルジアがまるで眼中にないかのような視線である事だ。興味も持たれていない事が窺える。

(英雄の孫だかなんだか知らないが、生意気な奴だな)

 無言で目も逸らさず微動だにもしない二人に回りの多くの生徒達も異様な雰囲気を感じ取りはじめていた。


つづく


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