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ストレンジャー・ヴィジット・パルプスリンガーズ(後編)

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「物理書籍化のご相談」「実際チャンス」「印税45%」「大手出版社とのパイプ」「アニメ化も視野に」・・・キヨシはインターネット上で甘い言葉を並べ立て、小説家の卵を何人も食い物にしてきた。「少しおカネが必要」「すぐに回収可能」そうやってカネを巻き上げ、姿をくらます。痕跡は残さない。パソコン通信やUNIXシステムに疎いキヨシだが、ハッカーカルトのあぶれ者を監禁して指示を出せば何もかも上手くいった。

 有望な未発表作品と判断すれば、直に作者と顔を合わせ、殺し、原稿を奪った。モータルを始末するのは、赤子の手をひねるより簡単だった。キヨシはニンジャなのだ。

 キヨシは原稿を奪うたび、気に入らない箇所に手を加えた。常人の三倍の筆速を手に入れたキヨシは、短期間で自分好みの作品に作り変える。そして偽名でコンテストに応募するのだ。だが、いくつ応募しても受賞に至ることはなかった。「ベースが悪い」「審査員がアホ」キヨシはそう吐き捨て、次の獲物を探すのだった。

 失踪扱いの身だが、寝食には困らなかった。未来の小説家とその家族から詐取した多額のカネで、カチグミ・サラリマンですら羨むレベルの暮らしを手に入れていたのだ。カネさえあれば偽造IDだろうと高級マンションだろうと、なんでも確保できた。

 キヨシは貪った。サラリマン時代は近寄ることすら出来なかったツチノコ・ストリートに足を運び、猥雑な性体験を重ねた。粗悪な食事にまみれていたあの頃を忘れるために、ひたすらスシを食べた。当然、一皿100円で提供されるようなファストフードではない。老舗のスシ店に足を運んだ。キョートから取り寄せた上質な鶏卵を惜しみなく使ったタマゴ・スシ。オーガニック・マグロ。ワサビも当然オーガニック。キヨシは不思議に思った。胃袋や性欲は満たされるが、何をしても心が満たされた気がしないのだ。

 そんな生活を惰性で続けていたある日、ヤクザじみた男がキヨシの前に姿を現した。「ガキがチンケなシノギしやがって。シンジケートに来るか、この場で俺に殺されるか。今すぐ決めろ」男の二択を跳ね除け、キヨシはカラテを構えた。誰かに従う理由は無い。誰にも止められない。キヨシは伝説上の存在・・・ニンジャなのだから。だがそのわずか1分後、キヨシは折られた腕の痛みに耐えながら脱兎の如く敗走していた。極彩色のネオン看板から看板へと飛び渡り、ビルからビルへ。重金属酸性雨にうたれながら、ひたすらに逃げた。相手もニンジャだったのだ。金糸のニンジャ装束を着たその男は、途中で別のニンジャに追跡を阻まれたらしく、追って来ることはなかった。

 セーフハウスに辿り着いたキヨシはフートンを頭から被り、膝を抱えながらガタガタと震えた。ニンジャは・・・自分ひとりではなかったのだ。ふたりでもない・・・大勢だ。組織的に。ニンジャが。しかも遥かに強い。

 ソウカイ・シンジケートから追われる身となったキヨシは、ネオサイタマを離れるしかなかった。新幹線でキョートに向かう手もあったが・・・キヨシは、かつてハッカーが口にしていた単語を思い出していた。「超巨大創作売買施設 Note」「小説」「バー・メキシコ」「パルプスリンガー」・・・。

◆=◆=◆

「物理書籍化?」R・Vはピクリと眉を動かし、二本目のCORONAに手を伸ばした。「ええ。皆さん興味があるのでは? 書籍化」キヨシが意識して声のボリュームを上げると、客たちの視線が集まりはじめた。(フフフ・・・目の前にこれだけ多くの獲物がいるんだ。ここは全取り一択・・・。ツー・ラビッツ・ノー・ラビット? そんな古い諺は私が否定してやる。オール・ラビッツ・オール・ラビッツだ)

 R・Vは困惑顔で顎をさすった。「うーん。そりゃ・・・まあな。中には自費で作るやつもいるくらいだ。俺もそう。だが」「だが、出版社からのオファー・・・発売となると夢のまた夢・・・ですか」代弁したキヨシは続ける。「私はNoteに来たばかりの新参者です。しかし別の街で小説家のデビュー支援をしていましてね。実際大手出版社とのパイプも。ぜひ力にならせてください」

 BLAM! 銃弾がキヨシの頬をかすめた。「うさんくさいね。実績は?」奥のテーブルに座っていたタンクトップ女が銃を構えたまま睨んでいる。「アイエエエ・・・」キヨシは迫真の演技で怯えるフリをし、椅子から崩れ落ちた。「そ、そうですね。オッシャル通りです・・・有名な作品で言えば・・・」座り直したキヨシは考えるそぶりを見せ、充分にタメを作ってから大ヒット小説の名を口にした。「ババアを訪ねて三光年・・・。ご存知ですか?」「エッ!?」「ババサンの関係者だと?」「オメー略し方はバーサンだろ」「お前らモグリかよ。バタサンだっつーの」「しかしアレの出版に関わってるってのは実際・・・」客たちが一斉にどよめく。

 BLAM! 銃弾がキヨシの頬をかすめた。「口では何とでも言えるよね?」奥のテーブルに座っていたブラック・マリモ男が銃を構え、冷たい視線を向けている。「フシャーッ」マリモ・ヘアから顔を覗かせていた猫も唸った。「アイエエエ・・・」キヨシは迫真の演技でふたたび椅子から崩れ落ちた。(クソ、面倒くさいやつらめ!)「そ、そうですね、ハイ。オッシャル通りです・・・ではこちらに電話して確かめてください」「これは?」名刺を受け取ったR・Vが尋ねる。「ゴウランガ出版の編集者です。懇意にしてもらっています」キヨシが言った。頷いたR・Vは「頼む」と言いながらスリケンめいて名刺を投げた。二本指で挟み取ったカウンター席の男がチャ・カップを静かに置き、ラップトップを叩きはじめた。

「確認取れました。実績多数。電話番号も偽装の痕跡なし。身元についてはアッチの街も住民DBらしきものはあるようですが・・・カタそうです。やります?」「いや、充分だ。ありがとう」R・Vは礼を述べ、キヨシに向き直った。キヨシは内心バンザイした。ネオサイタマで使っていた保険が役に立ったのだ。出版社の男を脅すのは簡単だった。妻子の写真をチラつかされた男の顔を思い出しながら、キヨシは下唇を舐めた。「疑ってスマンな」名刺を返しながらR・Vが詫びる。「いえ、いいんです。まさか発砲されるとは思いませんでしたけど・・・ハハ」

 BLAM! 銃弾がキヨシの眉間に飛来した。キヨシは避けた。避けるしかなかった。続けざまにCORONAの瓶が飛んできた。ボトルネックがへし折られ、殺人的に尖っている。「イヤーッ!」キヨシはシャウトしながら椅子を蹴って飛び、これも回避した。「やっぱりな。お前・・・弾を目で追ってたろ? 動きもわざとらしすぎるんだよ。俺にはわかる」白覆面のプロレスラーめいた男が立ち上がり、キヨシに人差し指を突きつけながら言った。「普通の人間じゃねえな」全員の視線がキヨシに注がれる。キヨシはやれやれと肩を落とし・・・トレンチコートとハンチング帽を脱ぎ払った。

「ドーモ。フェイクエディターです」淡緑色の装束に身を包んだニンジャが名乗った。(どうだ! ニンジャだぞ! 伝説の! 驚けクソ野郎ども! 泣け! 失禁しろ・・・エッ) BLAM! BLAM! BLAM! BRATATATA! BRATATATA! BBBBBLAM! TATATA!BLAM! BLAM! BBBBBLAM! 客たちが一斉に発砲! 「ちょ」キヨシは連続側転で火線を回避しながら壁際のテーブルを蹴り倒し、陰に滑り込んだ。「おい避けたぞ」「チッ」「R・V、出口を頼む」「ああ」客たちはリロードしながら淡々と言葉を交わす。「私はニンジャだぞ!」キヨシが叫んだ。一瞬の静寂。「・・・ニンジャだって」「へぇ」「俺、初めて見たわ」テーブル越しに届いた声にキヨシは愕然とした。

 ニンジャを伝説上の存在と捉えているモータルは、ニンジャ存在への耐性を持たない。ゆえに、ニンジャを目の当たりにすれば重篤なショック状態に陥り、場合によっては死に至るのだ。実際キヨシがその正体を明かせば皆一様に腰を抜かして失禁し、混濁した意識の中でうわごとを言いながら殺されていった。・・・なのに。ここの客たちは平然としているではないか。キヨシは惨めに遁走したあの夜を思い出していた。ソウカイヤのヤクザ男。「き、貴様らも・・・ニンジャ・・・なのか?」テーブルの向こうにキヨシが質問を投げた。「は?」「あ?」短い疑問符がいくつか飛んだのち、パルプスリンガーたちはどっと笑った。

 キヨシの心の中に、ふつふつと怒りが沸き上がってきた。「ふざけるな・・・ナメやがって! ニンジャだぞ! そんな豆鉄砲は当たらねぇ! これまで通り全員ぶっ殺して! 原稿をすべて頂いてやる! イヤーッ!」キヨシはテーブルの陰から飛び出し、三連続側転を打ちながらスリケンを連続投擲! 思わぬ反撃を受けた客たちが咄嗟に身を隠す。カカカッ! スリケンが防弾テーブルに突き刺さる! BLAM! BLAM! BRATATATA! TATATA! BBBBBLAM! BRATATATA! BLAM! BLAM! ふたたび銃弾の雨がキヨシを追いかけ、壁に無数の穴が穿たれてゆく! 「イヤーッ!」キヨシは壁を蹴り、三角飛びを決めながら奥の手のクナイを六本同時に投げた。コココッ! コココッ! ペン型のクナイがあちこちのテーブルに突き刺さる! クナイ内部の液体二種が衝撃で化学反応を起こし・・・KABOOOOM! 「「グワーッ!」」数名がテーブルごと吹き飛んだ!

「セャーッ!」宙を舞うテーブルを踏み石がわりに跳躍したのはブラック・マリモだ! 空中で抜刀しながらキヨシの脳天を狙う! だがキヨシは原稿用紙をバリアめいて展開して斬撃をガード! 「イヤーッ!」キヨシの前蹴り! 「グワーッ!」マリモが吹き飛ぶ!「デャーッ!」間髪入れずガラ空きの背後からR・Vが仕掛ける! 「グワーッ!」背骨を蹴られたキヨシは苦痛と怒りに顔を歪めながらも、振り向きざまに空中展開していた原稿用紙をR・Vに飛ばした! 「ウオオォォーッ!」R・Vは手をクロスしてガード! 原稿用紙スリケンは威力が弱い。だが真の恐ろしさは・・・その数! 無数の刃がR・Vの肉体を切り刻む! 「グオオオォォーッ!」R・Vはたまらず膝を突いた。 ストトトトトッ!

「皆さんお久しぶ・・・イデデデデッ!」おお、なんたる不運! 店内にいた全員が息を呑んだ。R・Vが身を屈めたその背後・・・新たにエントリーしてきた男の額に何枚もの原稿用紙が突き刺さったのだ。修験装束を纏った坊主男の額から、血が細い筋となって流れ落ちる。「S・G、だ、大丈夫?」「ニャーオ」ブラック・マリモと猫が、キヨシ越しに声をかけた。「S・G・・・スマン」R・Vは伏せたまま振り返り、青い顔で詫びる。S・Gと呼ばれた修験者は口元に垂れてきた血をペロリと舐めつつ、店内を見渡した。「大丈夫です。修業を終えて山から降りてきたと思えば・・・この人、悪者?」S・Gがよく通る声で言った。慌てたパルプスリンガーたちが一斉に経緯を説明する。S・Gは同時に全員の話に耳を傾け、状況を理解した。

「それはよくないですね・・・」キヨシを見据え、S・Gは静かに言った。そして合掌し「ドーモ、フェイクエディター=サン。ジュクゴマスターです」厳かにアイサツした。「ドーモ。フェイクエディターです」アイサツにはアイサツで返さねばならない。キヨシは咄嗟に一礼しながら疑問を口にした。「ジュクゴマスター? ニンジャ?」「いいえ。ジュクゴマスターです」「・・・何だか知らんが私の方が実際優勢。ひとり加わったところでその事実は変わらない。惨たらしく殺してやる」キヨシはカラテを構えて全方位を警戒した。しかしパルプスリンガーたちは何かに怯えるように物陰に隠れ、攻撃してくる気配がない。いつの間にかR・Vも退避し、カウンター越しに二人の様子を伺っている。

(ナンデ・・・?) キヨシは訝しんだ。その間、わずか0コンマ5秒。キヨシが正面に視線を戻すと、S・Gは己の額から引き抜いた原稿用紙に何かを書いていた。(ショドー・・・? ワオ・・・スゴイ達筆・・・) キヨシは目を奪われた。額から流れる血で記されてゆくふたつの単語・・・「忍」・・・そして、「殺」。ニンジャ、殺すべし。対ニンジャジュクゴを目の当たりにしたキヨシのニンジャソウルが震え上がる! 「ハイッ!」S・Gが叫び、四本腕の機動兵器を召喚! 守護神めいて背後に出現した小型ソウルアバターは原稿用紙を一瞬でスキャンし、S・Gの左右の手の甲に「忍」「殺」と光り輝く文字を刻みつける。「さあ、はじめましょう」S・Gが両拳を突き合わせると、ジュクゴが炎のように揺らめいた。

「ハイッ!」S・Gの右掌底打ち! 「グワーッ!」キヨシは避けられない! 「ハイッ!」S・Gの左掌底打ち! 「グワーッ!」これも避けられずアバラが折れる! 「セイヤッサー!」S・Gの両掌底打ち! 「グワーッ!」キヨシが仰け反る! 「ボンジャン・・・」S・Gは呟きながら腰を落とし・・・「ハイッ! ハイッ! ハイッ!」正中線三段突き! 「アバーッ!?」内臓を破壊されたキヨシが悶絶!

 ・・・読者の皆さんは、なぜここまで一方的な展開になるのかと疑問に思うかもしれない。だがそれが現実。任意のジュクゴで己の肉体を強化するジュクゴマスターS・Gは、パルプスリンガーの中でも突出した格闘能力を有しているのだ。

「イデェよ・・・助けてくれよ・・・命ばかりは・・・」キヨシは四つん這いになり、CORONAの破片が散らばる床に額をこすりつけた。「都合のいい話ですね。これまでたくさん人を殺めてきたのでしょう? 私たちのような小説書きを・・・その夢や希望を踏みにじって・・・」S・Gは冷ややかに答え、黙祷するかのように目を閉じた。「イヤーッ!」顔を上げたキヨシは懐の万年筆を抜き放った。S・Gは高速飛来するそれを指先で摘まみ取り、ゆっくりと瞼を上げる。「これは・・・本物の万年筆・・・贈り主も今の貴方を見たら悲しむでしょう」万年筆に刻まれた、M to K の文字。「ウルセー!」キヨシが捨て鉢になって飛び掛かる! 「ハアッ!」一喝したS・Gの決断的なチョップがキヨシの頭蓋を粉砕! 「サヨナラ!」フェイクエディターことモノカ・キヨシは爆発四散した。

◆=◆=◆

「いただきます!」「ドーゾ」R・Vの特製カレーを前に、手を合わせたS・Gの顔がほころぶ。「しかし今日は災難だったなあ」R・VはCORONAの栓を抜きながら正面に座り、とっちらかった店内を見渡した。パルプスリンガーたちが自主的に弾倉や薬莢を掃き集め、一層ボコボコになったテーブルや椅子をとりあえず元の位置に戻してあった。しかし蜂の巣めいて穴があいた壁や床は、運営に連絡して復旧してもらうしかないだろう。皆忘れがちだが、ここバー・メキシコも超巨大創作売買施設『Note』の一部なのだ。

「残念ですよね」スプーンを動かす手を止め、S・Gがポツリと呟く。「残念?」「ええ・・・あのニンジャ。小説家を支援してるって話でしたけど、本人も物書きですよね。よく使い込まれた万年筆。右手のペンダコ・・・」「ああ」R・Vは、目の前の修験者が何を言いたいのか察し、ゆっくり頷いた。S・Gは己に厳しく、他人に優しい。そういう男だ。しばしの沈黙。R・VはCORONAを煽り、S・Gはスプーンを口に運ぶ。「しかし・・・美味しいですねこのカレー」「だろ?」R・Vがニカっと笑った。「たっぷり作ったからおかわり自由だ。山帰りで疲れたところにアレだからな。しっかり食べて、よく寝て、また書こうぜ」「ヤッター! 」S・Gは笑顔でカレーを頬張った。香ばしい臭いとおかわり自由の言葉に、店に残っていたパルプスリンガーたちも集まりはじめた。「俺もハラ減ったー」「おい順番抜かすなよ」「俺が先だって!」「テメーやんのか!?」「上等だコラ」 BLAM! BLAM! BLAM!


ストレンジャー・ヴィジット・パルプスリンガーズ【完】

●本作は、遊行剣禅=サンの小説『パルプスリンガーズ』と、ダイハードテイルズの小説『ニンジャスレイヤー』の世界観をクロスさせた二次創作小説です。
●後編で主役を担ってくださったS・G(しゅげんじゃ=サン)、快諾ありがとうございました! 彼のパルプ小説『死闘!ジュクゴニアっ!!』は実際ジュクゴを使う者たちの激闘を描いており面白い。
●なお、ジュクゴマスターの設定についてはakuzume=サンのパルプスリンガーズ二次創作作品『スーパーパワーにご用心』をベースにしています。こちらもサイコーに面白いのでぜひ。



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