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宮沢賢治はダイヤモンド原石のようなものを心に残す

宮沢賢治の印象。
鉱石のひんやりとした感触
生と死とに突然ハッと気づく感覚
自然と宇宙と一体となる感じ

とくに愛読しているわけではないのですが、読んだ後に心にひっかかるものを残すので、すっと心にモヤモヤ感が残っています。
作品と深く結びつく、思想や時代や行動がそのような後味を残しているのでしょう。深くを知っているわけではないですが、生きることの苦しみと喜びが、凝縮した鉱石のような文体で残されています。

過去に読んだのは、多くの作品中ほんの一部ですが、モヤモヤ感をもらって未だに抱えている3作品を記載します。

『やまなし』
二疋の蟹の子供らが青じろい水の底で話していました。
クラムボンはわらったよ。
クラムボンはかぷかぷわらったよ。

『やまなし』宮沢 賢治

…「クラムボン」は何をさす?(微生物・架空の生き物・水の泡…)こんな質問は野暮ですね。
これは小学生当時の教科書に載っていたのを読んだだけなのですが、文中の「金剛石」という何とも言えないひんやりとした感覚がずっと離れないであります。
なんども読み返したわけではないのに、幼心に何らかのインパクトとモヤモヤを残した最初の作品だったと思います。
いま読み返してみてもリリカルです。

『猫の事務所』
みなさん僕はかまねこに同情します。

ねこなんていうものは、かしこいようでばかなものです。

ぼくは半分ししに同感です。

『猫の事務所』宮沢 賢治

一番モヤモヤします。
※引用部分は語り手の言葉を抜き出しました。最後のセリフに唸ります。
あらすじをご存じない方はぜひ読んでみてください。事務所内でのこじれた猫関係を描いています。

いじめは学校で問題になっているけれど、子どもは社会の縮図ですから、
大人になってからの方が、いじめや横並びの対立をよく見る気はします。
大人の世界にはあるあるです。
対立の小さなものでは、会社でいろんな意見が出たときに誰の案を採用するかといったものもあります。

自分の置かれている立場がどれかは、その人によっても環境や時によっても違います。
いじめられているかまねこだったり、いじめている猫だったり、最初は理解者だった上司がうわさ(と自分勝手な解釈)で態度を変えてしまったり、自分の一言でうごかせる強い権力者だったり。これをメタ(俯瞰)的視点でみせてくれます。かまねこの立場で読むと、袋小路から抜け出せずつらくて切なくて本当にボロボロ涙がでそうです。

問題解決では、うえから強いもの(ライオン)の一言で争いをピタリと止めさせることはできます。しかしそれで解決になっているのか?社長の一言で決めればいいのか?そうはいっても、もめごとは当事者間で解決するにはこじれすぎたり時間がかかったりするので一つの効果的な方法ではあります。

自分はどの立場なのか?行動にあやまりはないか?どんな解決がいいのか?

なにかあるたびに(ここでライオンが現れてくれればいいのに)とか(今回はこの解決法でよかったのかな?)とか思い出す作品です。
最後の一文は同感です。

『どんぐりと山ねこ』
おかしなはがきが、ある土曜日の夕がた、一郎のうちにきました。
かねた一郎さま 九月十九日
あなたは、ごきげんよろしいほで、けっこです。
あした、めんどなさいばんしますから、おいでんなさい。とびどぐもたないでくなさい。   山ねこ 拝

『どんぐりと山ねこ』宮沢 賢治

痛快な作品です。
主人公の一郎くんは、好奇心旺盛で感受性豊かな子です。
山ねこからの招待状が届き、うれしくなって、山ねこをたずねて道中いろんなものに山ねこを見なかったかと対話し、時にはおどろき、風景の美しさもあってワクワクします。
寛容で順応力が高い利発な子です。
招待状を書いた馬車別当のことを気遣い、彼をよろこばせることを言います。山ねこへも気遣いをします。周りのものたちにいばっている山ねこが、一目置くのはわかります。そして、どんぐりのちいさな争い(ここでも争いがおこってる)を一言でぴたっと止めさせる。
どんぐりのちいさな争いは読者や周りからすると文字通り小さいことです。
そんなことで優劣をつけたがる?みんな一緒だよね、と笑えます。
独特の表現といいまわしが、おかしくて奇妙で素敵な作品に仕立てています。

この作品のどこがモヤモヤなのか?それは、どんぐりのちいさな争いは私たちの周りにあふれていることに気づいた時です。一郎くんのような人にならなければ、あちこちで争いは生まれ、止めることはできないのだと。

※余談ですが、今回小学校低学年向けの本を購入しました。
この本、丁寧なつくりでイラストも味があっていい。
原文のまま、子どもにも読みやすくしています。
とくにカバー装丁で、バーコードがシールになっていてはがせることに感動しました。デジタルでは味わえない、本の魅力たっぷりです。

『宮沢賢治のおはなし①どんぐりと山ねこ』岩崎書店
同本 バーコードはシールになっていてはがせるという工夫


そもそもなぜ宮沢賢治を思い出したかというと。
今回PTAで子どもたちに読み聞かせ※をする役になり、選ぶのは自由(どんな本でもいい)と言われたので、どんな本がいいかすごく悩みました。
※ところで「読み聞かせ」とは上から目線の印象なので「読んで聞いて」がふさわしいように思う。「子育て」も同。

面白い、ためになる、オチがある、わかりやすい、教訓…
いくつも選ぶ視点はありましたが、一生を通じて伴走(共に歩くので伴歩でしょうか)する本を見つけてくれるといいなと考えました。
宮沢賢治のモヤモヤはまさにこれです。
同じような光景を見たとき、体験をしたとき、読んだ時の気持ちを思い出します。その時に自分なりの答えがでたり、まだわからなかったりします。

自然界のさまざまな事象には正解がないほうが多いのではないでしょうか。
そもそも問いがなければ解答は存在しないし、人それぞれの解答であれば多岐で「正」はないからです。
正解がない以上、自分でみつけるしかない。
そして、この作品たちは一生考え続けることを教えてくれます。

ダイヤモンド原石のようなものを心にくれるのだと思います。

人によっては磨いてピカピカにするかもしれない
原石のまま、石ころのままで終わるかもしれない
ごつごつした不格好の原石を愛するかもしれない

もし磨き続けたけど、最期の時までにダイヤモンドにならなかったら。
それはそれでいいものだと思います。

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