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蒲団とFUTON ー男の正直な面持ちと女の正直な面持ちー

代官山蔦屋主催で3月、ジュンク堂の主催で5月に
中島京子さんの声を聴くことが二度もあった。
3月のイベントの案内と一緒に、いかに中島さんの作品がすごいかという熱烈なお話を児童書売り場のコンシェルジュのYさんから伺い、そこから
『やさしい猫』(中央公論新社)『夢見る帝国図書館』(文春文庫)『長いお別れ』(同)『ムーンライト・イン』(角川書店)『イトウの恋』(講談社文庫』と次々に読んでいった。
映画化の時に『小さいおうち』(文藝春秋)は読んだだけだったのだけど、
いまじゃすっかり中島さんに魅了されている。
 
そして次はこの本と決めていたのがコチラ。

・FUTON 中島京子 講談社文庫 ・蒲団 田山花袋 新潮文庫


田山花袋の『蒲団』


まともに読んだというはっきりした記憶もなく、
(たぶん読んでいない。授業で聞いただけのようなないような)
ただただ、変態な話だよな、ということしか思い浮かばない。
田山花袋=若い弟子に現をぬかしたけれど、自分の立場上、安易に手も出せず、若い男(田中)が弟子といちゃいちゃするようになったら、辛抱たまらん!!と親代わりを盾にこれでもかと邪魔をする。一見「恋の温情なる保護者」面をしているのだけどね。でも、田中との恋慕の手紙を盗み読みするあたりは、保護者ではなく、嫉妬ですよ、嫉妬。
 
竹中時雄36歳、子ども3人。
本書は、弟子(芳子)と実際に恋に落ちたわけではなかったが、確かに心は通じ合っていたと思ってならない、確かにあったあの日々と、弟子を国に帰し全てが終わったところで、芳子を思いめぐる時雄の話がはじまる。
 
パッとしなかった田山花袋。この弟子への思いを正直に書いたこの小説が
世に認められ、この『蒲団』が自然主義、つまり、日常の思いをつらつらと正直に書いた私小説というジャンルを確立させた一冊目。
しかし、この『蒲団』は当然実在モデルたちへの生活の支障が大きすぎた。
これはまた別の話で・・・。
 
中学生あたりにちらっと見ただけじゃ、『変態』という二文字に収めてしまうのも致し方ないと思う。たしかにそうだし。
でも、その変態性は誰でも持ち合わせているのだよ。と思える年になった今では、なんというか、男のセンチメンタルというか、ロマンというか、ま、仕方ないな、と思えるのだから、1度読んだだけで決めつけないでねと伝えたい。←以外とこれ重要(笑) でもやはり変態(笑)

 
36歳で、パッとしないなと思ったところに熱烈な弟子志願のファンレターが届き、実際にあったら、これまた美しいハイカラな新式のような女学生ときたら、そりゃ、ね。そうでしょう。


「妻と子ー家庭の快楽だと人は言うが、それに何の意味がある。子供の為めに生存している妻は生存の意味があろうが、妻を子に奪われ、子を妻に奪われた夫はどうして寂寞たらざるを得るか」

『蒲団』本書p67.9-11l


 あー、もう、はいはいっ。言ってろ、言ってろ、と思うわけですよ、ったく。
 結局、色々あるなか郷里から父はやってくる。連れて帰ると、なにがあったと詮索されては立場上困る。だからこのまま東京で勉強をさせてくれ、しかし田中には京都に帰って、勉強をつづけろと言うけど、この田中が頑固。帰らないと言い張るわけで。
 
このあたりのやりとりで、時雄は確信したくなかったことを”確信せざるを得ない”ことになる。つまり惑溺についてだけど。


あの男にに身を任せていた位なら、何もその処女の節操を尊ぶには当たらなかった。自分も大胆に手を出して、性慾の満足を買えばよかった。こう思うと、今まで上天の境に置いた美しい芳子は、売女か何ぞのように思われて。その体は愚か、美しい態度も表情も卑しむ気になった。

同.p96.3-6l

 
あーー。わかったから、わかった。どっちが先かの問題じゃないだろう!
とツッコミをしたくなる。(笑)
 三人称になっているおかげで、冷静さを持ち直すことができるこの『蒲団』(笑)
 途中、酔っぱらって芳子を怒って迎えにいくところで、ふと所帯を持つ前の
”細君”の桃割姿を思い出す。妻にしたくてしたくて、娶ることができないのであれば南洋の植民地に漂白しようとまで思い詰めていたのに、今は芳子に心を奪われている自分にハッとし、


何たる節操なき心ぞ、僅かに八年の年月を閲したばかりであるのに、こうも変わろうとは誰が思おう。

同.p41.2-3l

 
そして”我ながら時の力の恐ろしい”といいつつも、矛盾を抱えながらもでも事実だから仕方ないと言い聞かせている。
 
一線を越えず、最後まで表面上は親代わり、師として徹することができたのも、この自分のなかの節操なき心と、芳子を思って仕方がない心とのせめぎあいだったからであろうとは思う。
 思うがしかし、芳子が全然男として好きじゃなかったら、どうするんだ?って話ですね。でも、絶対自分が独り身なら、芳子は結婚していたと確信しているからすごい。
当の芳子は36歳には目もくれず、21歳の田中と恋仲、惑溺なんですから、あきらめなさいな、というお話。
このあたりは、芳子のモデルの岡田美千代が後にどう書いているかは読んでみてね。

この一方的な恋慕は、さすが、ツルゲーネフを本文にも出すだけあるなぁと妙に感心。
 
国へ帰したあと、2年も過ごした二階の芳子の部屋でのラストシーンこそ、
この『蒲団』を世にしらしめた、そして認めさせた箇所だと思う。
男心の繊細さを実に正直に書いていて、5人の母で50代の私としては
背中をさすってやりたい気分にならんわけでもない。(他人の旦那なら)
 
どちらにしても、このラストで、そうかそうか、そこまで好いておったのかと思わされる。
同じ屋根の下に、妻がいるにも関わらずだ。
 
 

ということで、次、

中島京子『FUTON』


 こちら、中島京子さんのデビュー作です。これね、解説が斎藤美奈子さんなんですよ。
これだけで、そそられませんか?そそられるでしょう。
買いましょう。(笑)
 
中島さんのどの作品もそうなんですが、絡み合ういくつかのストーリーが
見事に最後に収拾されていく。
 
1.田山花袋を研究するアメリカ人の日本文学者 デイブ・マッコーリー。
自分の講義を受講して、抜き差しならぬ関係をも持っている日系人の学生エミ。そして、エミに惚れている日本人留学生ユウキ。
 
2.日本では、エミの曽祖父にあたるウメキチを通した2つの話が交差していく。若いころのウメキチとツタ子。
 
3.100にも近いウメキチとヘルパーのケンちゃん(ハナエ)とイズミさん。
この話が鶉町が舞台というのが肝心なところ。

 
さらに、本書の中で、『蒲団の打ち直し』というタイトルで、デイブが書く
『蒲団』は、斎藤氏も言っているが、花袋の『蒲団』に同時収録してほしい。ものすごくいいテキストになっているし、この始まりがまた憎い。
 
まず名もない”細君”に美穂という名前があることで生きてくる。
名前を付けてくれてありがとうと言いたい。
 
『蒲団』では、細君としか書かれず、文学を志しているわけではないことを理由に花袋は時雄を通して、何度も『お前たちには解らん』と言うから、かちんときたのだけど、
見事に、中島京子氏は、デイブを通して美穂の目線を三人称で、ちゃんとわかっていると伝えている。

 
そして生身の世界でも、
デイブ=時雄(花袋) エミ=芳子 ユウキ=田中
 
さらにわたしが思ったのは
ウメキチ=時雄(花袋) ツタ子=芳子 キクゾウ=田中
 
このほかに、デイブを花袋研究を日本の学界で発表させようとする
エセなのかそうかわかりかねる関西弁が出てくるモリタ教授。
この教授がわりといい味を出している。
そして、デイブの別れた妻サラとこども。
 
なにより、この『FUTON』は花袋の『蒲団』に収まっていないところがすごい。
関東大震災、第二次世界大戦、ヒロシマの原爆、9.11同時多発テロ
夫婦問題、恋愛恐怖症、性同一性障害、若者のこれから問題
ミッドライフ・クライシス。
 
『蒲団』のセンチメンタルどころではない大きなものを考えさせられるところが多かった。
 
あと、不思議と中島京子さんの『FUTON』を読むと、
なんだか時雄に対して変態性よりも切なさを感じてくる。
 
それにしても、田山花袋のことを四角い顔とか出てくるし、写真があるからか、どうも、うーん、うーん。
小説って、こういうことを書いてもよかんべなと、突破口を開いたのはいいんだけど、その見返りは、だれしにも多く火の粉が降りかかったのが気の毒でならない。
 
そんな思いも、中島さんのを読むと忘れるから不思議。
他作品でもそうだけど、書きにくい題材を、押し付けなく書けるところが
中島さんの文才であり魅力だと感じて仕方がない。
 
”美穂”の描かれ方が、私は好きだ。
 
でも、最後は切ない。
 
この身を引き裂かれ、ただ茫然とせざるを得ない切なさを、男は自分の
ロマンチシズムなのか繊細なのか、センチメンタルなのか知らないが、
自分の起こしたことの跡を妻が知ったときに、どれだけの思いをするのかを
知った方がいい。もちろん、女が男に対してしたときも。
 
デイブが書くラストも、無事帰国をしたデイブと元妻のサラとの会話が
重要ポイントになってくる。
 
人は”何か”をきっかけにしないと、その人の本当の声を聴きだすことが
できない時があるのだから。
 
 
もうひとつ、性同一性障害のケンちゃんことハナエさんの
将来の夢がなんともいい。ぜひとも実現してほしい。
いつか、いつかハナエさんの物語が読みたい。
ハナエさんの彼女だったイズミさんとウメキチの出会いもよかった。
イズミさん絵を描けたのだろうか。デイブとまた会えるだろうか。
 
中島さんの書く小説はどれも、どの登場人物もその後が気になる人たちばかり。


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