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新潟県長岡市 野鳥料理の裏路地酒場

心地の良い灯りの下で長岡の裏路地を行く。再び長岡の駅前にやってきた僕は酒場を探し放浪していた。心は決めている、というより算段を付けていた。

ちょうど一日前に目を付けた居酒屋に一人で来る約束を取り付けていたのだ。前日は地元のお客の声が響いていた少しシックな佇まいだった酒場。ここはいい、見事に僕の心にも響いたのだ。

「ここだ、ここだ」意外と表通りよりも酒場が多い長岡の路地をするりと抜けて、僕は表通りから一本入った路地の店に着く。

入口にぼんやりと浮かぶ店の看板は中のライトが味のある文字を浮き立たせる。「天風」天の風。脇の野鳥料理がやたらと気になっていた。野鳥料理ねえ、何があるんだろうか。外に出ている手書きのメニューにはかなり珍しいものの書いてある。
 
うずら焼きにビッキのから揚げ。うずら焼きのインパクトあるなあ。メニューに誘われた前日のようにメニューを読み解くと、導かれるように奥の店の入り口へと歩を向ける。

そうそう、ここのお店を調べると数年前に再オープンという形で新しい店舗になっていたそうだ。なんでも古い味のある店舗だったのが火事で焼けてしまって、新しい店舗で再起を図ったそうだ。新しい店舗でも地元のお客が来るのを見るとなんとも地元に愛された店なんだなあと感じる。

引き戸を開け、店内に足を踏み入れるとシックな黒基調の店内が出迎えてくれる。昨日ふらっとやってきた僕の顔を覚えていてくれたのか、店主さんと女将さんが出迎えてくれた。そしてそのまま入口からすぐの仕切りのある大テーブルに通される。4人客用なのに僕一人、なんか悪い気するなあ。と思いつつも、用意されていた突き出しに目を通す。なるほど、れんこん、豆腐他3品。丁寧だ。

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その前に何を食うかな。メニューを開いて、まず確認したのは野鳥料理で他に何があるのかだ、驚いたのは「スズメ」の文字、入荷した時だけと書いてあるが、今日はなさそうだ。


でも、すごく興味ある、なんだか怖いですわ。それに鴨はすき焼きにしているようだ。

野鳥ならウズラを食ってみるか、それに王道の鳥もあるなら店の屋号を付けた「天風風唐揚げだな」。

日本酒に合わせるなら「鯨の味噌漬け」も珍味で味わいたい。後は屋号付き第二弾の「天風ユッケ」と「焼き鳥丼」。なかなかいい組み合わせなんじゃないか、

緑が無いけど。いや、今日は野生だ、野生に帰って野の鳥を喰らうのだ。

そこに合わせるのは地元新潟の「緑川」。前に何度か呑んではいるが後味さわやかで穏やかな辛味がすっとほどけていく水の旨さを持ち合わせた日本酒だ。これは鯨とウズラに合わせてやるのがベストな気がする。

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とりあえず突き出しのレンコンからしゃっくしゃくと口に運び、下準備を整える。さあて、蛇が出るか、仏が出るか。今まで食べたことのないメニューを選ぶときは少しばかり好奇心と恐怖心が激しく揺れ動く。

突き出しから次に来たのは「鯨の味噌漬け」。鯨の味噌漬けってどういうイメージだと思う?肉を漬けたものだと思うだろうか。だが、出てきたのは予想外な一皿だった。

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鯨の脂身を長岡の味噌で漬け込んだもので、脂身らしい白色が目にまぶしい。これは予想をひっくり返された、鯨のコロか。だが、流石に一気に食うもんじゃないな、まずは一切れをしゃぶるように噛む。

味噌の濃厚な味が脂身の細部まで染み込んで深い味だ、だがそれ以上に鯨の濃厚な脂身が味噌を屈服させている、これは珍味だ。酒の肴だ。脂が蕩ける一方で味噌の味も膨らみ、かなり濃厚だ。これは緑川で受けてたたねばやられる。

味噌と濃厚な脂の味を緑川が受け止め、さらりと締める。この一杯を選んだのは大正解。
 
間に追加で頼んでいたささみとせせりの焼き鳥を挟んで、次に天風名物の一つの天風唐揚げのお出ました。机に置かれた瞬間にきつね色の衣をまとった半羽の鳥が、胃袋の歓声を誘う。

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これは我慢できん、齧り付くんだよ。サク、パリッとした衣の中からじわりとしっかりめの下味を吸い込んだ肉汁があぶれ出る。やーられた、クリーンヒットだ。胃袋がこの唐揚げにわんやわんや、拍手喝さいを送るのだ。この強い味にも新潟の酒は負けない、緑川がしっかり受け止め、物腰柔らかに収めてくれる。

止まらない、止まりたくない。鶏料理の最高峰だ。骨近くの肉までそぎ取り鳥の生命力を喰らった気がする。

緑川、終わってしまった。ちょうどそのタイミングでウズラ焼きがやってきた。どんな皿なのか、楽しみだ。

覗いてみればウズラの頭付きのたれ焼きだ。え、頭ついてるのかよ、ちょっと身構えるぞ。

ちょうど運んできた店主さんに「緑川」以上に強く野生の味を受け止めてくれる日本酒をチョイスしてもらうことにした。せっかくの新潟だ、日本酒をさらに味わおうじゃないか。

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選んだもらった日本酒は「越の寒中梅」の大辛。勧められた通り、実に力強い日本種だ。口の中で一気にキリっとしたシャープな切れ味が広がると、その切れ味がスッと引いていく。日本刀のような切れ味だ。

さあて、武器を得たことだ。初体験のウズラ肉、喰うぞ。

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なんというか、ものすごい繊維が細かい肉質だ。筋肉のしっかりとした食感が伝わってくる。野鳥の生き生きとしたパワー、野生の魂を感じる。硬いわけじゃない、柔らかいがその小さな姿からは想像できないほどに野性味に満ち足りているウズラだ。

これは良いものを知った。タレがまた甘辛だが濃すぎないのが良い。
 
本来、日本人は魚だけでなく、肉食も行ってきた民族だ。その中でも野の生き物を食べることで生きる活力を身に付けてきた。農耕の山民族だ。今、そんな太古の遺伝子が僕の中で雄叫びを上げている。叫べ、日本の魂よ。

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鯨、ウズラとくれば最後に出てくるのは鳥。焼き鳥丼。レバーやネギマ、ムネなどの王道の焼き鳥の部位を丼にしてしまうその大胆さに感嘆する。それと最後に出されたのは天風ユッケだ、その日で変わるユッケのメイン。今日はマグロとのことだ。マグロと黄身の赤と黄色のバランスが素晴らしい。

 焼き鳥丼の鳥の部位はどれもかしこもうまい。レバーは新鮮、ネギマは味が跳ねる。若鳥もその良さを存分に見せつける。この丼、いいぞ。新潟の米と地鶏がタッグを組めば恐れるものなど何もない。
 
 だが、この丼の主役は間違いなく米なんだ。米が美味い。粒がしっかりと、鳥の農耕さに負けない旨味が溢れている。そうだ、俺はどうしようもなく島国に生まれたことを思い知らされるんだ。

マグロもユッケがよく似合う。ああ、これもどうしようもなく美味いだろうよ。最後に焼き鳥をすべて平らげ、残った飯にユッケを乗せれば二度目のマグロユッケ丼に出来上がりだ。
 
趣が全然違うのがまた良い、これはこれで有りだな。

一気に胃袋が賑やかになった。僕は店主さんたちに頭を下げて引き戸を開ける。長岡の夜の灯りは優しかった。

長岡で日本人の魂に出会った気がする。さて、ホテルへ向かって帰りますかね。

今回のお店
天風
住所 新潟県長岡市城内町2-1−1
お問い合わせ番号 050-3373-2238
定休日 日曜日(月曜休日は日曜営業の日もあり)
営業時間 17時~22時


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