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【読書記録】処女のまま死ぬやつなんていない、みんな世の中にやられちまうからな(葵遼太)

最近、書評をきっかけに本を買うことが増えてきた。よく読むのは日本経済新聞の木曜夕刊に掲載される「目利きが選ぶ3冊」で、特に北上次郎さんの書評が好きだ。

窮屈な紙面なのに、あらすじと読みどころがしっかり抑えられている。気になった瞬間にiBooksで検索をかけて、試し読みからそのまま購入してしまうことが多い(ほとんど毎回買わされている)。その十分の一でもいいから本の魅力を伝えられるようになりたいと憧れてしまう。そうすれば妻とも少しは本の話をできるようになるんじゃないかと空想してしまう。

「処女のまま死ぬやつなんていない、みんな世の中にやられちまうからな」という長いタイトルの本を買ったのも北上さんの書評がきっかけだった。

紙面ではこんな調子で作品が紹介されている。

高校3年生をもう一度やることになった佐藤晃が「根暗」と「オタク」と「ギャル」とバンドを組んで、学園祭で演奏するまでの日々を描く長編である。粗筋を紹介するとそういうことになるから、これでは食指が動かない。
ところが読み始めるとやめられない。それは驚くほど色彩感豊かな物語であるからだ。(略)

北上さんの書評を引用してしまうとあらすじについて書くことは殆ど無くなってしまうのだが、あえて付け加えるなら、この本はただの青春モノではなく、付随する「テーマ」が2つあるということを紹介しておきたい。

片方のテーマは早い段階で示されて、そのまま物語の軸になっていく。一方でもう片方はハッキリは見えないまま、物語が進むにつれて徐々に強調されていく。

その裏テーマが私にはとても響いて、今年一番というくらいに爽やかな読後感があった。今ではすっかりお気に入りの一冊になっている。


(以下ネタバレを含む)


2つのテーマのうち、表のテーマは「愛する人との死別」だ。作品の冒頭で「女子高生が死を予告するシーン」が描かれるが、この女子高生(砂羽)がこの世にはもういないことや、砂羽の元恋人が主人公の晃であることなどは早い段階で明かされる。どこかで「世界の中心で愛を叫ぶ」を思い出したという感想を見かけたが、それもわかるように思う。

もっとも晃の場合、2人の世界に閉じこもりはしない。砂羽の言葉を信じて、本心では人生を諦めながらも外の世界と関わり続ける。「出会いは人を救うから」。そして最後には本当に救われることになる。この砂羽の言葉が、2つ目のテーマだ。

読み終えてから私が思い浮かべたのは「世界の中心で愛を叫ぶ」ではなく、伊坂幸太郎の某作だった。

「真の贅沢とはただひとつしかない。それは人間関係における贅沢だ」

サン・テグジュペリの言葉を印象的に引用するその作品と同じように、この本も青春劇を通じて「人間関係の尊さ」を伝える作品なのだと思う。

ストーリーの中で特に良いと感じるのは、晃の出会いが、幸運や偶然だけによるものではないということだ。人生を諦めながらも砂羽の手紙(言葉)を信じて外に出て、やせ我慢をしながら必死に生きようとした晃。その姿を楓が見かけて、感心したことをきっかけに4人(5人、いや6人?)は出会うことになる。

最後まで読み終えてみれば、砂羽から手紙を受け取ったときの晃と同じように、読者自身に対しても励ましのメッセージが向けられていることに気づく。

処女のまま死ぬやつなんていない、みんな世の中にやられちまうからな。そう呟きたくなるくらいにどうしようもないことは、きっと誰にだってある。現実には白波瀬や和久井、楓のように魅力的な人物が都合よく周りにいるとも限らない。それでも人間関係の尊さを信じて、閉じることなく生きよう。この作品はそう訴えている。

奇抜なタイトルは編集者の提案によるものらしいが(末尾の参考リンク参照)、ただキャッチーなだけでなく、作品のメッセージとしっかり対になった良いタイトルだと私は思う。

こんなにも爽やかで力強いメッセージを持った作品なのだから、もっとたくさんの人に読まれてほしい。今年読んだ本では「逆ソクラテス」や「水を縫う」、「最高の任務」もよかったが、今回は本作に本屋大賞を受賞してほしいと思うほど。

著者の葵遼太さんは本作がデビュー作らしいが、次も必ず読みたい。北上さんの書評は今回も外れなかった。

★★★★

【参考】著者インタビュー







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