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ぼくとしんたろう。⑥
暑苦しく、ベトベトとした不快さで目を覚ました。
まとわりつく汗。
着ていた灰色のTシャツは、プールにでも落っこちたのかと言わんばかりに濡れている。
かなり寝汗をかいていたようだ。
起き上がり、すぐにTシャツを脱ぐ。
暑さと汗の気持ち悪さで気付かなかったけれど、そうか、ここは“ぼく”の部屋か。
“ぼく”らしく、本棚は綺麗に整頓されている。
若い巻数が左から順に並び、本の大きさまでもが左
ぼくとしんたろう。⑤
あなたは赤ん坊の頃ずっと、名前で呼んでも全然振り向いてくれなくてね。
耳が聞こえづらいのかもって心配になったわよ。
お医者さんに診てもらってね、健康ですよって言われたの。
でもすぐに、ちゃんと振り向いてくれるようになったんだけどね。
自分の名前を覚えるのに時間がかかったのかしら、なんて思ったわ。
それから、幼稚園の頃だったかしら。
あなたの名前を呼ぶと、たまにね、しんちゃんって呼んで、
ぼくとしんたろう。④
また難しい顔をしてる、しんちゃんのせいじゃないんだから、元気を出して。
二人で信号が青になるのを待っていると、隣に並ぶ“かおり”はそう言う。
気にするな、と言われても気にしてしまうのだから、それこそしょうがないじゃないか。
もし俺が、もっとはやく気付けていたならば。
母は、俺といて幸せだったのだろうか。
そばにいても、見えないものがある。
それを初めて知った。
気付けても、もう遅い。
ぼくとしんたろう。③
朝、目が覚める。
やはりと言うべきか、何も覚えていない。
夢を見ないで目覚めたのは、おそらく初めてだ。
ただ、起きてなお、涙がこぼれている。
夢を見たものの、覚えていないだけ。
この涙は、そういうことなのかもしれない。
ガタガタガタと、風で窓が激しく揺れ、今にも割れて粉々になってしまいそうだ。
ここから出してくれと、僕に訴えかけているような、そんな叫びにも聞こえる。
台風がかなり近
ぼくとしんたろう。②
帰りのホームルームも終わり、下校の時刻になった。
僕の通う楠木小学校は、楠木町唯一の小学校のため、しんたろうの地元が楠木町ならば通っていたことだろう。
ということは、交通事故で亡くなった卒業生がいるということくらいは大人から聞けるかもしれない。
一つだけ問題があるとしたら、
片っ端から大人に聞いて回るのもいいけれど、不審に思われて親に報告されてもそれはそれで困るということ。
運のいいこと