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きし豆茶探訪記➀ ~きし豆茶とは~

土佐の伝統 きし豆茶

きし豆茶は、カワラケツメイを加工したお茶を指す高知県での俗称である。透き通った黄金色のきし豆茶は、野草味が混ざった香ばしい豆の香りが特徴である。きし豆茶はそれだけで飲んでもおいしいが、高知県では土佐番茶といって番茶にきし豆を混ぜるのが主流である。

透き通った黄金色のきし豆茶
加工済みのきし豆茶。カワラケツメイの葉・茎・種が混ざっている。

一説によると、江戸時代、土佐藩の殿様が農民に対して、緑茶はぜいたく品だとして飲むことを禁止していた。そのため農民はかわりに番茶にきし豆茶を混ぜて飲んでいたそうである。説の真偽は不明だが、実際に高知県では今でもきし豆茶を飲む文化が残っている。

きし豆茶に使われるカワラケツメイの調達方法は、自生のものをとってきたり庭や畑で育てたりと人それぞれである。昭和60年ごろの高知県ではカワラケツメイが田んぼの畔や河原で普通に見られたらしい。そのため、きし豆茶は身近な存在だったそうである。今でも四万十町では昔の面影が残っており、家の庭先や田んぼの畔でカワラケツメイが見られる。しかし、今の高知県ではそんな風景は数えるほどしかない。河川敷の改修や農地改良は人間生活に安全や便利を与えた一方で、知らないうちにカワラケツメイが生えるような草地は姿を消した

四万十川のほとりの田園風景(四万十町)
農地の一画にはえていたカワラケツメイ
かつての高知県ではこのような風景がいたるところで見られたのだろうか(四万十町)

現在、高知県できし豆茶の栽培をする人の高齢化が進んでいる。緑茶や麦茶が安く簡単に手に入る今、わざわざ自分できし豆茶をつくろうという人は少ないのだろう。今やきし豆茶は緑茶の代用品ではなく嗜好品である。若い人がきし豆茶の存在を知らないなかで、将来高知県からきし豆茶という文化がなくなっても困る人はあまりいないだろう。

先人たちが培ってきた伝統的な文化は生活様式の変化によって忘れられていく。消えゆく文化を保全することは重要なことだと思うが、労力的な問題からすべてを守ることはできない。伝統文化の衰退を目前にしたとき、われわれにできることはあるのだろうか。

私は高知県各地で出会ったきし豆茶農家に話を聞いて回っている。この連載では、きし豆茶と人がどのようにかかわっているかを記録して後世へ残すことを目的とする。

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