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芸術家たちの南仏:1 /川村記念美術館

 春の展覧会情報を調べていて、「あれ?」と思うことがあった。
 「パリではないフランス」という非常に類似したテーマに着目する展覧会が、首都圏で同時期に3本も開催されるというのだ。

憧憬の地  ブルターニュ
 国立西洋美術館
 3月18日~6月11日

ブルターニュの光と風
 SOMPO美術館
 3月25日~6月11日

芸術家たちの南仏
 川村記念美術館
 3月11日~6月18日

 ブルターニュ地方はフランス北西部に突き出た半島で、地中海沿岸の南仏とは明後日の方向だが、鉄道網の発達を背景に画家たちがパリを出て辺境を目指し、未知なる土地の風光・風土からインスピレーションを得て新たな芸術を切り拓いていった……といった文脈は3本とも同じ。展覧会の方向性は軌を一にするといって過言ではない。
 お互いを意識してか、展覧会情報を集めたラックでは、これら3つのリーフレットが最上段にそろってセッティングされていたのだった。

 パリからニースまでは、およそ1,000キロ。日本でいうと、東京から下関に相当する長距離移動だ。
 本展では、まずはこの旅路のイメージをリュミエール兄弟の映像『ラ・シオタ駅への列車の到着』(1895年)とキスリング《風景、パリーニース間の汽車》(1926年 ポーラ美術館)によって喚起する。
 キスリングの絵。汽車はおもちゃみたいで疾走感に乏しくはありながら、むしろ煙のもくもくやそれを媒介とした風景のほうに動きが感じられ、印象的な一作となっている。

 このような「鑑賞者みずからが鉄道で異世界へ」といった巧みな導入を経て、30もの作家が次々と取り上げられていく。
 南仏の明るい光、温暖な気候に魅せられ、その地で旺盛に制作活動をおこなった画家たちはもちろんのこと、戦時下に敵性外国人として南仏で収容の憂き目に遭った者、他国への亡命を目指し南仏に集った者のなかにも、名のある作家がいた。後者の視点は南仏をめぐる近代史とも密接に関わるものであり、展示内容に幅と深みを与えていた。

 今回、力を入れて取り上げている作家としては、ニースで暮らしたマティスやシャガール、やきものの町・ヴァロリスで陶芸に目覚めたピカソが挙げられる。いずれもその名を冠した美術館が現地に建てられている。日本で人気の高い作家たちでもあり、その作品の充実は本展の大きなセールスポイント・強みともなっている。
 長く南仏を愛し、多くの時間を過ごしたマティスはとりわけ多数が出品。なかでも切り絵の《ミモザ》(1949年 池田20世紀美術館)など、晩年の作に好感をもった。
 《ミモザ》はタペストリーの原画で、南仏の温暖さ、地中海の青、ウキウキとした開放感が漂う。本展のリーフレット表紙に採用されたのも納得。

 マティスが建物の設計からステンドグラス、壁画、小物にいたるまでを手掛けた「ロザリオ礼拝堂」の映像を会場で観ていると、わたしとしてはめずらしく、「(海外だけど)行ってみたいな」と思えてきた。
 展示室を出るその扉は、南仏へ直結している——ある意味で、危険な誘惑の多い展覧会ともいえよう。(つづく

南仏とは程遠いこの風景は、川村記念美術館へ向かうバスから見えるもの。「はるばる来た」感が味わえて、気に入っている。パリから南仏を目指した画家たちも、同じような感傷をいだいただろうか……そうでもないか。



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