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向井潤吉アトリエ館 :1

 片桐仁さんが各地の美術館を訪ねる、東京MXテレビの25分番組「わたしの芸術劇場」。今週の放送は「世田谷美術館分館・向井潤吉アトリエ館」だった。

 この番組を観て「近々、また行きたいな」と思えてきたので、今回は向井潤吉について書きとめるとしたい。

 向井潤吉(1901~95)の代名詞は、茅葺き屋根の古民家。「日本の原風景」といった形容のふさわしい鄙びた寒村の情景を、西洋の油絵具を用いて描きつづけた画家であった。
 茅葺きの屋根というのはふしぎなもので、一度たりともその下で暮らしたことなんてないのに、なぜだか見るだけで懐かしい気持ちになれる。中に足を踏み入れると、ほら穴のような薄暗さ、燻された茅の香りに心がほっと落ち着く。道で思いがけず出合うようなことがあれば、ついカメラを向けたくなる。
 そもそも「日本の原風景」といういささか陳腐な形容句から喚起されるのは、多くの場合、茅葺き屋根のある風景ではなかろうか。少なくとも、わたしはそうだ。茅葺きの屋根には、農耕民のDNAに訴えかけるものがきっとあるのだろう。
 その「日本の原風景」とやらを描く代表選手として、日本画では川合玉堂、洋画では向井潤吉が挙げられる……といったところか。

 潤吉は徹底した現場主義の人。全国の農村・漁村に足を運び、現地にイーゼルを立て、早描きでときに油彩までを仕上げた。他の画家がするように、その土地を訪れずに出版物の図版から絵を起こすということはなかった。
 大きなサイズの作は、現地で描いた油彩やスケッチ、撮影した写真などをもとにアトリエで制作された。現地作・写真とアトリエ作を比較すると、草木の生え具合や洗濯物、それに人物などが足し引きされていたり、構図に変化が加えられていたりと、かならずしも現実をそのまま写してはいない。アスファルトの道が、土むきだしの道に差し替えられもする。
 不純物を、丁寧に取り除く。効果的な小道具を付け足す。
 こういった高い純度での理想化によって、心おきなく没入できる「日本の原風景」がつくりあげられたのだった。
 わたしは小品で生々しいタッチの現地作にも、大ぶりでまとまりよく完成されたアトリエ作にも、それぞれまた違った魅力を感じている。(つづく



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