春の名品探訪 天平の誘惑 /東京藝術大学大学美術館
先日行ってきたばかりなのに、奈良がとみに恋しくなって「藝大コレクション展2022 春の名品探訪 天平の誘惑」へ。
仏教美術、浄瑠璃寺吉祥天の厨子扉絵、近代作家の天平憧憬……といった内容は昨夏のコレクション展と共通していて、今回はさしずめ続編といった趣。
メインを張る作品は、明治期の竹内久一作《伎芸天》から鎌倉期の浄瑠璃寺《吉祥天像》へと入れ替わった。
「極彩色の女性(を思わせる姿の)立像」という点で両者は相通じるが、竹内作の念頭には浄瑠璃寺像があったようで、先祖返りともいえよう。
いましがた触れたように、浄瑠璃寺の《吉祥天像》が入っている厨子は、その扉だけが寺外に流出して藝大に納まっている。現在の厨子の内陣を飾る扉絵は模写だ。
本展では、昭和初期の精巧な復原模刻を中心に、本来の位置関係にもとづいたレイアウトで扉絵を配置。厨子の内部空間の立体再現を試みている。
《吉祥天像》の模刻像に関しては、華麗さ・精巧さは認められても、そもそも浄瑠璃寺の原像が鎌倉期の作とは思えないほどすばらしいコンディションであることもあって、どうしても霞んでしまう。それでもやはり、これほど質の高い模作を展示に活用できるのは、藝大ならではの強みであるとはいえよう。
その原像と数百年のあいだ同じ環境下にあった扉絵もまた、同様に華麗なもの。何度観ても、いま描いたかのようなきれいさだ。
浄瑠璃寺の《吉祥天像》とその厨子扉絵は、鎌倉時代の作。
今回の「天平の誘惑」というテーマ設定からは一見して外れそうだけれど、図像や様式のうえでは天平の昔を強く意識していることが、研究により明らかとなっている。鎌倉時代の人びともまた、「天平」に「誘惑」されたのだ。
藝大には、ホンモノの天平遺物も所蔵されている。
腹部と両手の先を欠いた天平期の《月光菩薩坐像》や、天井から吊り下げる「幡(ばん)」先端の刺繍布の一部《幡足裂(ばんそくぎれ)》、《不空羂索観音像》をはじめとする東大寺法華堂の仏像群の残欠など、仏教美術を愛好する者にとってはたまらない「掌の美」のオンパレードも、本展の見どころといえよう。
藝大所蔵の古美術品は、授業で実際に「資料」「教材」として活用されたもの。
天平の美に魅せられた近代の美術家は多く、モチーフなどの面で古代を思わせる要素が採り入れられた作は、相当数残っている。大和路の行脚を経て描かれた狩野芳崖《悲母観音》(重文)がそうであるし、菱田春草《水鏡》に関しては、浄瑠璃寺の吉祥天から着想を得た可能性が古くから指摘されているという。今回のテーマにぴったり。
こういった作例の紹介にも広くスペースが割かれていて、藝大の面目躍如といったところか。
地階の展示室1室のみの小規模な展示ながら、高密度な内容であった。
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