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蟹と応挙のまち・兵庫県香美町:4

承前

 大乗寺ではデジタルアーカイブの取り組みを早くからおこなっており、次のようなページも整備されている。

大乗寺 円山派デジタルミュージアム

 見取り図から各部屋を選択すると、室内の東西南北・各面が表示され、障壁画をクリックすれば2段階まで拡大できる。ほかにも、さまざまな機能が搭載。至れり尽くせりのすぐれものだ。
 このページを適宜引用しながら、話を進めていきたい。

 大乗寺では応挙らによる障壁画に注目が集まりがちだが、仏殿の中心はなんといっても「仏間」。平安仏の《十一面観音立像》(重文)がいらっしゃるこの小部屋を取り囲むように大小10の部屋が配置され、客殿を成している。応挙が担当したのは、北西側の3室分である。
 北側にある、二間(ふたま)続きの「孔雀の間」。最も広い部屋で、仏間の正面へと連なっている。孔雀は仏法において重要視される霊鳥で、応挙が得意とした画題でもある。

 金地の襖16面に描かれるのは、孔雀が3羽、松は3本。
 こうして数字に起こしてみると、モチーフの少なさに驚かされる。25畳間の三方を、たったこれだけの材料でぜいたくに使っているというのに、それを感じさせない濃密な空間が形づくられているのだ。
 応挙の筆がいっさい加わっていないただの金地の箇所にも、絵があるような気がしてくる。そういった感触は、あの空間に身を置くことで、図版で観ていたときよりもずっと強くなった。

 孔雀や松、巖は、墨の種類を工夫して調子が変えられてはいるが、淡彩は差されていない。つまりこの襖絵は「紙本金地墨画」という、比較的めずらしい技法の組み合わせで描かれている。
 墨を、紙や絹の白地ではなく金地の上に置こうとすれば、金の色みや輝きに負けてしまうのが常だろう。
 対抗手段として手っ取り早いのは、墨の基本線を金に負けじと濃く、太いものとすることであろうが、応挙の場合は抑制のきいた筆で墨を操り、金をいなすことに成功している。
 水墨と金地との対比構造・せめぎ合いはなりを潜めて、両者が溶けこみ、一体化した姿だけが存在している。凪いだ大海のような荘厳さだ。

 ガイドさんの解説中に、蛍光灯による照明をいったん消してもらい、自然光だけで拝見できる時間がわずかだが設けられていた。
 このときに、件の「溶けこみ、一体化した姿」というものが、よくよく感得されたのだった。

 愛知県美術館で以前開催された「円山応挙展 —江戸時代絵画 真の実力者—」(2012年)の会場には、大乗寺客殿の室内を模したセットが組まれ、「孔雀の間」の襖絵がはめこまれた。
 しかも、照明を少しずつ変化させ、昼夜で異なる見え方を再現するという、非常に手の凝った展示であった。
 これもたいへんすばらしかったけれど、このたび現地で、さらには自然光のもと体感することで得られるものは、ずっと大きかった。
 障壁画とは、ある特定の地所・環境において鑑賞されることを念頭に制作されたもの。その文脈に沿って観ることで、はじめて実像をあらわにするのであろう。(つづく



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