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蟹と応挙のまち・兵庫県香美町:1

 先日の奈良行では、春日社参詣と国宝殿「杉本博司―春日神霊の御生 御蓋山そして江之浦」鑑賞の他にも、東大寺や商店街を散策、なじみの店を周遊するなどして、久々の奈良を満喫した。

飛火野。ホルンによる鹿寄せ
東大寺二月堂周辺。お水取り直前で、着々と準備が進む
二月堂脇の茶屋・龍美堂。行法味噌の購入ついでに、おはぎを食す。写真ではわかりづらいが、わたしのゲンコツくらいはある巨大なもの。お茶は、寛政年間の銘がある茶釜(写真後ろ)から掬ってくれた
不退の行法で用いる、各地から届けられた竹。出番を待つ
椿井市場。昭和で時が止まったようなアーケード

 しかし、関西行の本来の目的は、じつのところ奈良ではなかった。
 兵庫県香美町(かみちょう)。
 円山応挙とその一門が描いた障壁画群が現存する「大乗寺」を訪ねることが、わたしが西へと旅立った最大の理由だった。

 現在、襖絵はお堂から外され、収蔵庫で厳重に保管されている。代わって客殿にはデジタル複製画がはめこまれているのだが、このほど、記録をとるために13年ぶりに原状に復されているのだ。
 期間は昨年の9月上旬から今年3月15日まで。今回を逃せば、実物をオリジナルと同様の環境下で鑑賞する機会は、どうやらもうないらしい。

 そうと聞いては、逃さない手はないじゃないか……と思いつつ、アクセスの悪さに尻込みをしていたら、あっという間に年越し。閉幕へのカウントダウンに入ってしまった。公開終了の前月にあたる2月末、慌てて香美町へと向かった次第である。

 大乗寺のある香美町香住(かすみ)は、日本海に面した港町。城崎温泉から東へ電車で30分ほど、西隣の新温泉町は鳥取県に接している。
 すなわち、同じ近畿地方とはいえ、奈良からは、かな~~り離れている。

(Googleマップより)

 京都を起点に、今度はまったく異なる方向へ、内陸の山がちなルートをひたすら進んでいくことになる。前日夜の段階では、降雪で運行中止の事態も示唆されていた。ひやひやもんである。
 翌朝、近鉄奈良駅を始発で出発。幸いなことに雪はさほどでもなく、通常運行だ。京都での乗り換えもうまくいき、キーボードを打ちつつ、一面が雪化粧の車窓風景を楽しみながら移動していたところ……園部駅で、電車が完全に止まってしまった。上図でいうと南丹と綾部の中間くらいから福知山までが、緊急停車の区間だった。

 ※電車では、この記事を書いていた。カバー写真は、亀岡あたりの車窓風景。

 停車の理由は「倒竹」。そんな言葉があるのかと感心していたら、しばらくして車内放送で続報が入り「復旧は16時ころ」とのこと……!
 頭が真っ白になったが、駅員さんの誘導に従って、京都まで戻って大阪まわりで乗り継いでいくことにした。上図では、灰色のルートに相当する。かなりの大回りで、時間のロスは大きかった。
 15時半に香住駅に到着。大乗寺の拝観は16時まで、駅からは徒歩20分で、とても間に合わない。大乗寺は、あえなく翌日に持ち越しとなった。
 そのかわり、まだ明るかったため、宿に荷物を置いて周辺を散策することができた。

漁師町に、温泉つき民宿がちらほら。移動販売の車を見つけて、懐かしいなと近づくと「電子マネー/クレジット対応」。こんなところにもキャッシュレス化の波が
出っ張った特徴的な岩場に、松の古木と小祠
冬の日本海。荒波がザッパーン
たまたまたどり着いた古刹・帝釈寺。写真の本堂は室町建築、伝・小堀遠州作の枯山水庭園や、国重文の平安仏まである

 (つづく
 
 
 ※新大阪駅のみどりの窓口の駅員さんが、払い戻しやルートの変更など迅速丁寧に対応してくださった。この場を借りて御礼を申し上げたい。


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