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旅と想像・創造 いつかあなたの旅になる /東京都庭園美術館

 「鉄道開業150年」というわけで、関連企画をしばしば見かける。
 東京ステーションギャラリーではじまったばかりの「鉄道と美術の150年」、鉄道博物館「鉄道の作った日本の旅150年」、旧新橋停車場「新橋停車場、開業!」に、太田記念美術館「はこぶ浮世絵」もある。
 これらが秋口のいまの時期に集中しているのは、鉄道が子どもから大人までを惹きつけ、平時の来館者とは違った層へも訴求できる格好の題材ゆえだろうか。
 東京都庭園美術館「旅と想像/創造」も、この周年事業がらみと思われる。
 本展は、みずから“旅のアンソロジー”と紹介するとおり、「旅」を仲立ちにして異なる趣向のテーマを取り合わせたもの。登場する主な交通手段は鉄道、次いで船だ。

 東京都庭園美術館の建築、「アールデコの館」こと旧朝香宮邸は、渡欧した朝香宮鳩彦(やすひこ)王がパリでアール・デコに感化されたことがきっかけとなって造営された。内装のいたるところで、朝香宮夫妻がパリで築いたコネクションがフル活用されている。「旅の思い出」がつまった展示空間なのだ。
 冒頭から4フロアほどを用いて、鳩彦王の船旅やパリでのセレブ生活が偲ばれる品々を展示。「Y.A」と刻印された大きなトランクに、蛇腹式のカメラ、旅行の手引き、ルネ・ラリックの花瓶、洋食器。これらを旧朝香宮邸のなかで観ることができるのは、まことにぜいたくといえよう。

 2階に上がると、いよいよアンソロジーらしく、バラエティに富んだ展開をみせはじめる。
 カッサンドルのポスターの部屋、高田賢三の渡欧と民族衣装を意識した服飾デザインの部屋、ある鉄道資料収集家のプライベートルームを再現した部屋、6人の現代美術家によるインスタレーションの部屋……壁を隔てるごとに、まったく違った世界が、めまぐるしく展開されていたのであった。

 現代ものでとくによかったのが、栗田宏一さん。栗田さんは、日本各地で採取した土を整然と並べるインスタレーションを制作している。

着色はいっさいしていない。色の違いは、採集地の土壌の違いだ
ほんとうに几帳面な方なのだろう

 2年前に須田悦弘さんとの二人展を山梨まで観に行ってから、気になる作家のひとりに。本展への来場も、最初から栗田さん目当てだったりする。
 こちらのインスタレーションは山梨でも同種のものを観たけれど、新作もあった。
 タイトルは《Walking Diary》。これがもう、圧巻。

壁面に絵葉書がずらーっ。写真はそのごく一部

 《Walking Diary》は、その日に自分がいた場所で拾った一つまみの土を、3日ごとにまとめて絵葉書に貼り、投函するものです。……(中略)……2021年1月から2022年9月までの約300日間の記録は、休むことなくこの美術館に届けられました。

(解説パネルより)

 葉書の筆跡は淡々としたもので、宛先や差出人は毎回同じなのだけれど……葉書に貼られた土の色はやはり、採取した土壌によりけりで千変万化。
 同じようで同じでない絵葉書の一枚一枚に、栗田さんのその日、その場所、その時間が記録されているのである。
 これらが一同に並ぶと、時間の経過や場所の移動について、思いを馳せずにはいられなくなる。

 旅どころか外出すらままならない時間が、長らく続いた。人々はいまきっと、旅に飢えている。旅に出る感覚や旅先に身を置く感覚すら、忘れつつある人もいるだろう。
 本展では、他者による多種多様な「旅」を追体験することによって、鑑賞者自身の埋もれてしまった旅への感覚が掘り返されていくのを感じることができる。
 事例はほんとうに多様であるから、そのうちのなにかひとつでもが共感を呼び、とっかかりの役割を果たしてくれるであろう。
 本展のサブタイトルは「いつかあなたの旅になる」。わたしにとってはそれが、栗田さんの旅だということになりそうだ。

 ※山梨の二人展のレビュー


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