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野又 穫 Continuum 想像の語彙 /東京オペラシティ アートギャラリー

 実現しえなかった建築プランを「アンビルト」という。アンビルトの例を集めた展覧会や書籍が話題になったのは、記憶に新しい。


 野又穫(のまたみのる  1955~)さんは、空想上の建築を一貫して描きつづける画家だ。
 東京オペラシティ  アートギャラリーで開催されている個展の会場は、まさにアンビルトのプランをみるような、奇抜な構造物を描いた作品で占められていた。

 とはいえ、野又さんの絵とアンビルトのプランは、似て非なる性格をもつ。
 野又さんの描く構造物は、その建物が担うべき機能や役割、さらには構造計算による安全性の担保といったあたりまでは、もちろん踏まえられていない。建築として成り立つかどうかもわからないし、そもそもそうやって実現させるつもりも、その準備も最初からないのだ。
 まったく好奇心の赴くままに、観たい風景・美しいと思える風景が、平面上に構築されている。「絵空事」の世界である。

 いっぽうで、アンビルトの例から受けとりがちな「おいおいそれは無茶だろう!」といった危なっかしい印象は、野又さんの建築にはふしぎとない。どれも安定感をもって、さも当然のように、静かに存在している。
 幻想にしては、妙にはっきりとした像……そういった点が、かえって幻想性を高めている気がする。ルネ・マグリットやマウリッツ・エッシャーの絵画世界に通じるものがあるだろうか。

 先ほど、機能や役割を捨象していると述べたばかりだが、植物園、水族館、石切り場、スタジアム、風車など、どうも特定の用途があるだろうと感じさせるものもある。

 どの絵にも決まって、人が描かれていない。用途を満たすはずの人間が、絵のどこにもいないのだ。
 でもなんだか、人の気配はしている。
 たとえば、外壁の石材にはしばしば、ほころびがみられるけれど、放置された廃墟の荒れ方ではない。経年の劣化で、あくまでも現役の建物だと思わせる。
 螺旋階段、梯子といった好んで反復されるモチーフをたどっていけば、どこかで登り降りをする人に行き当たりそうな気がぷんぷんするのだが、やはり見つからない。
 人だけが、不在の空間。よく「食べかけの食事を残したまま失踪した」なんて事件の話を聞くが、その感覚に近い。
 いっこうに尻尾のつかめない、人の気配。それもまた、幻想性をかきたてる。

 ——会場では、作品に通し番号が振られるのみ。タイトルを知りたければ、番号をたよりにリストを探せばよい方式となっている。
 これが、じつによくハマっていた。
 正直いえば、タイトルを確認したところで「わかったようなわからないような」といったものなのだけれど……それすらないノーヒントの状況下で、絵を観て「これはなんだろう」と考えることこそが、本展においてはとりわけ楽しかったのだ。

 ——創作にあたってのメモや切り抜きなども公開されていた。
 散歩中に撮影したらしいスナップから、江戸東京たてもの園の写真、井上安治《日本橋夜景》の写真も。
 気になったイメージソースを集めて、切り貼り・アレンジして、違和感のない情景として組み上げる。その過程がうかがえて、興味深かった。

 建築好きはもちろん、プラモ好きやミニチュア好きのみなさんにも、おすすめできる展覧会だと思った。会期は、まだ始まったばかりである。


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