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隣を歩く女 【子供の頃の怖い体験】

小学校5年生の頃の夏休みの体験です。

私は近所の歯医者に向かって歩いていました。
学校の歯科検診で虫歯が見つかり、夏休みの間に治してこいと親が予約を入れたのでした。

時刻は朝10時ごろ。
午前中とはいえ既に日差しは強く、額に汗がにじみます。
暑さと蝉の声にうんざりした私はうな垂れ、下を向いて歩いていました。

顔をつたう汗が鼻先から地面に落ちていくのが見えます。
アスファルトに落ちた汗が黒い染みになり、足跡の様に点々と連なります。

ふと視界の右側に意識が行きました。
はじめ、自分の影が目に入ったのかと思いました。
でも、それは左側にあります。
私はもう一度右側に目をやりました。

ハイヒールでした。
赤い、ツヤツヤしたハイヒール。
歩みを進めるハイヒールが右・左・右・左と交互に視界に入ってきます。
そう、私の隣を誰かが歩いているのです。
足の位置からすると、手と手が触れそうなほど近い距離を。

瞬間、私は「知りあいの人かな?」と思いました。
だって、見ず知らずの人がこんなに密着してくるわけがありません。
近所の人かな、そう思い私は頭を上げました。

・・・誰だか分かりませんでした。
知らない人だった、という意味ではありません。

顔が、ないんです。
正確には、ないというより見えないのです。
その他の部分は普通です。
靴と同じ赤色のワンピース、痩せた体、肩にかかるストレートヘア。

でも、顔の部分だけ。
顔の部分だけ・・・何と言ったらいいのでしょう。
そこだけモザイク処理のようになっていて、細かい粒子がざわざわとすごい速さで動き続けているため顔の形を認識することが出来ません。
何となく、目や口らしいものがあるのは分かります。

私の脳は何が起きているかを処理できず、女性の顔を凝視しながら歩き続ける事しかできませんでした。
女性も私の方に顔を向けたまま同じ速度でぴったりと付いてきます。
そのまま何分くらい経ったでしょう。

ふいに歯医者さんの白い建物が視界に入りました。
一瞬我に返った私は走り出しました。
歯医者さんの玄関まで辿り着くと蹴破る勢いでガラス扉を押し開け、中に滑り込みました。

待合室には他の患者さんはおらず、カウンターから受付のおばさんが顔をのぞかせます。
「どうしたの?この暑いのに走ってきたの?」
私は曖昧な返事をしながら扉の外を見ました。
誰もいません。
しばらくそのまま外の様子を伺っていましたが、女性の気配はありません。
その場にしゃがみ込む私を不思議そうに私を見るおばさん。
「大丈夫?」と問われ私は黙ってうなずきました。

今起きた出来事をどう説明したら良いか分からず、私はとりあえず待合室のソファに腰を下ろしました。
しばらくして気持ちが落ち着いてきた頃、治療室に呼ばれました。

治療が終わり、ふたたび待合室に戻った時もガラス戸の向こうには何もいませんでした。

会計を済ませておそるおそる外へ出て、周囲を見回しましたがそこにも女性はおらず、夏の日差しが照り付ける道路と街路樹があるだけでした。

それ以来、あの女性は現れていません。
でも、いまだにあの赤いハイヒールとワンピースははっきりと脳裏に焼き付いています。






お読み頂きありがとうございました。
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