目標は低く持つ
私が長らく自己肯定感が低かったのは(ん?今も高くはないかも)いつも目標が高すぎた、ということにあります。
これもやはり母親の育て方ですね~
子供のころから比較的賢い子だったとは思うんですね。そして母は教育熱心。
3歳で数字を含む読み書きはできて当たり前(今、3歳の息子がいるけど絶対無理だと思う)。
入園当日にクラス全員のフルネームを名簿順に覚え来る、など、幼児の時にいらんパワー発揮してたらしく、親の期待値がどんどん高くなっていき。
毒親の話でよくある話ですが、95点で、1問間違えたら激怒されるんですよね。
漢字でも計算でもケアレスミスほど、殺されるんじゃないかっていうほど怒られる。だから成績はかなりいいのに、自分はバカだと思ってました。
謙虚とか嫌味じゃなくて、本当に「なんで私はこんなことで間違えるんだろう、バカすぎる」と。
一方で親の育て方は、面倒くさいことは「お姉ちゃんだからできるでしょ」
弟と何かいざこざがあれば「お姉ちゃんなんだから」
社会人になってもこの自己肯定感の低さで損してたことはたくさんあると思います。まず、毎日が楽しくなかった。
特に仕事では、何かができて当たり前で、出来ないといけないプレッシャーと息苦しさがずっとありましたね。
全然ノルマ制の仕事でもないのに、一人で苦しんでいたなー。
のんきにやっている同僚には腹が立ってしょうがないし、頑張っている自分を評価してくれない上司にも腹立ってしょうがないし(笑)でも事実、誰もそこまで求めていないし、やらなくてもいいことを勝手に頑張ってたんですよね。
昇給などに関わるのであれば別ですが、今思えばもっとテキトーにやってればよかったなあと。あの謎な使命感などはなんだったのか。
だから、今もそうなんですが、基本、生きていれば万々歳で、それ以上のことって全部おまけなんですよね。
それは20代半ばに死にかけて生き返ったときに実感しました。
例えば朝、苦手な人だったら、朝、ちゃんと起きれただけで
「私すごい!朝、ちゃんと起きれた!!」
ってほめる。
会社が嫌でもちゃんと行って帰ってきたら、
「会社行ってきた、私スゲー」
ってほめる。
「会社はいったけど、あの時こんなミスして、先輩は許してくれたけど実際は怒っていて○○ちゃんに愚痴っているんじゃないか」
というようなことをウジウジ思ってても仕方ないんで、とにかく、些細な事でもほめる。
料理が苦手だったら、
「今日は外食しないで、インスタントラーメンにねぎ乗せただけだけど自炊したわ!」
とかでもいいと思うw
階段は1ミリずつくらいにしないと、本当に自分を忘れちゃいますから。
自分を思い出す方法は、階段は低め設定がいいです。
みんなたぶん階段の1段を2メートルくらいにしてるからね。。。
何にもほめることなかったら
「今日もちゃんと生きてた、私すげー!」
で、おけです^^
今日もありがとうございます。
小売店のブランディングから一歩踏み込んだ、理念や想いを形にするお手伝いをするコンサルティングをしています。店舗ディスプレイ、POP、ラッピング、ライティングで見せる発信のコツをお伝えしています。