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岩波書店・漱石全集注釈を校正する43 天空海濶の勝負事は人癲癇で兵式体操 

天空海濶

 窮屈だからと云って、隣りの奴にどいて貰う訳にも行かず、邪魔だと申して前の先生に退去を命ずる権利もなし、天命とあきらめて、じっとして身動きもせず、すくんでいるよりほかに、どうする事も出来ない。碁を発明したものは人間で、人間の嗜好が局面にあらわれるものとすれば、窮屈なる碁石の運命はせせこましい人間の性質を代表していると云っても差支えない。人間の性質が碁石の運命で推知する事が出来るものとすれば、人間とは天空海濶の世界を、我からと縮めて、己の立つ両足以外には、どうあっても踏み出せぬように、小刀細工で自分の領分に縄張りをするのが好きなんだと断言せざるを得ない。人間とはしいて苦痛を求めるものであると一言に評してもよかろう。 

(夏目漱石『吾輩は猫である』)

 岩波書店『定本 漱石全集第一巻』注解に、

天空海濶  『禅林句集』には「天高海濶」とある。

(『定本 漱石全集第一巻』岩波書店 2017年)

 ……とある。そういう別の表現もあるよという意味なのか、この句を漱石が転じという意味なのか釈然としない。つまり手元の資料で片付けていて命がけでない。

譬へば雷碎電掣の後、繼くに光風霽月を以てするが如し、斯く惡む所は事の上にありて、人の上にあらざるが故に、夷齊一生人に對し怨恨不平を懷くが如きことなし、是れ其天空海濶……

漢文軌範巻一講義 竹添治三郎 述大日本中学会

見ル我カ國民ハ思想全ク異ナリ方法全ク異ナリ渺タル一小島國內ニ於テ米麥若干石、織物若干匹、水產若干、陶磁器若干、毎歳同額ノ生產ニ甘ンシ爪頭火ヲ點シテ役々零碎ノ遺利ヲ拾ヒ以テ聊カ儲蓄スル所アルニ過キス彼ハ天空海濶……

経済学総論 完 附国民経済学 金井延 講述明治法律学校

誤認である、この資料は何等権威ある資料ではあるまい原抗告人中島英夫夫妻は何等しつくりしないところや水くさいところはなく尋常な夫婦であり御互に敬愛し合つて居り、夫婦語らつて喜久男少年を迎入れ温き心を以て天空海闊……

最高裁判所裁判集 刑事 100(昭和29年11月) 最高裁判所

家もと貧しくして、屢、支へ難きことあり然れども先生之に居て泰然自若儉素に甘んじて仕を求むるの計をせず、甞て題壁の詩に曰く天空海濶小芽堂、四序悠を春色長、笑殺淵明無卓識、北窓何必慕犠皇と、又新正の詩中に道以唐虞準學徒鄒魯傳……

教育史講義 高島平三郎 述

凡そ偉人は、自己の何者たるを知ると同時に、天空海濶の雅量を以て、八に於ては、或は怪誕荒唐に近くして、看客の心を動かすこと、未だ西廂琵琶の如くならざるべし。

支那文學史 下 久保天隨 述早稲田大學出版部

天空海闊謝。寫兩人心史巳倫文陳丞相世家○O○〇鄂君之言几三詔令召而數萬家會事。補軍是一事上之乏絶者數矣夫漢與楚相守榮陽數年軍無見糧蕭何轉漕關中給上兩數矣。此數字〓不乏給食是-事陛下雖數〓山東倒在上。

史記論文 十二 呉見思 評點||呉興祚 參訂梅原龜七

饑乃加飡蔬食美如珍珠倦然後睡草楊勝似重梱駟馬難追吾欲三緘其口隙駒易過人當寸惜乎陰事非親見切勿信口談人境未身臨安得從傍論事三食適當其時不必服藥レ一覺直睡曉到何須坐功謹愼從容過失縱多 也少~談人張皇苟且事爲縱是還非凡事要防訓誠瓜-田李下是行當愼嫌疑嫂溺叔援心苦不馳閉目天空海濶身難制慾請看燭滅燈消老不知休渴鹿捨江奔日貪不知足燈

砕玉 : 附・聯瑾 飯島半十郎 編青山堂 1876年

讀之如天空海濶。悲風颯然。四顧無人。凄然欲注。嗟乎茫茫今古。亦復誰能遣此。


東坡尺牘 巻之1 蘇東坡 著||黄静御 編||岡本行敏 校千鐘房 1882年

石津灌國六天空海濶灌園云以下起結相衛慶皆盡針線之妙内苑下内寢。入苑門豊草若點通小徑。徑左右構鳥廠。畜錦鳩數干頭、掛以小木牌。以表爐産處州名行數十歩。出内寢前菊圃側、沿圓而西又有鳥廠區曰九皐。

西苑記 菊地純 著竹中邦香 1884年

如斯く頭も胸も天空海濶な彼れは、私達の意見の間に當時尙介在してゐた渠溝を越えて私と握手するのに何の困難もなかつたのである。

ミル自伝 西本正美 訳岩波書店 1946年

かくして小生は主義も理想もない天空快濶な自然の 児 ( こ ) に立ち帰る事が出来ました。二十年 前 ( ぜん ) の若い田舎書生の心となって、恐る恐る帝国ホテル ...

夢野久作 暗黒公使 - 青空文庫

生涯を通じて、この時ほど天空海濶な思いをしたことがない。率直な男だったら、少女の手をとって押戴いたこッたろうが、なにしろ因果な気性なもンだから、むしろ毒々 ...

久生十蘭 湖畔 - 青空文庫

 このように「天空海濶」は長年使い続けられている言葉であり、

故ニ此等天然ノ感化ヲ受クルモノハ雄大ニシテ天高海濶ノ大度量ヲ得ルト同時ニ。精緻周到小事ヲ等閑ニセザル人物トナル〓ヲ得ヘ天然ハ眞實ナ天然ハ大ナリ又小ナリ其他天然ガ事ヲナスニ秩序アルコト

講話要略 : 実業青年会ニ於ケル講話 第1 川村理助 述仁科廉吉 1897

【柳綠花紅】自然ノ眞面目ト云フ意、類語ニハ火暖水冷、鳥黑鷺白、松直棘曲、天高海濶、尺長寸短ナドアリ。

受験参考国語漢文要語詳解 佐藤仁之助 著東亜堂 1905年

 そもそも「天高海濶」とは別の意味である。

柳綠花紅 自然に然るを云ふ。中峯廣錄に、火煖水冷。禪林類聚に、烏黑鷺白、松直棘曲人天眼目に、天高海濶。虛堂錄に、尺長寸短。是等皆同意。


故事熟語字典 平野彦次郎 編金昌堂 1903年

 天空海濶とはそもそも「空と海が広いこと」「人の度量が、空や海のように広く大きいこと」である。「あたりまえ」と「空と海が広いこと」「人の度量が、空や海のように広く大きいこと」を字の見た目で同じもののように並べてしまうのはいかがなものであろうか。

天空海濶の四字を約めた空海、世の中に於て大空と大海とが一番廣い。大師の御思想が天空海濶である。天空海濶だから無空でもいかぬ。教海でもいかぬ如空でもいかぬ。どうしても空海でなければならぬ。

真言密教の要諦 真井覚深 講述古義真言宗々務所 1939年

 広い世界を縮めても……と云っているところを当たり前を縮めても……と言い換えても仕方がないのではなかろうか。

輸贏

「ハハハハもうたいてい逆かになっていい時分だと思ったら、やはりたしかなところがあるね。それじゃ仕方がないあきらめるかな」
「生死事大、無常迅速、あきらめるさ」
「アーメン」と迷亭先生今度はまるで関係のない方面へぴしゃりと一石いっせきを下くだした。
 床の間の前で迷亭君と独仙君が一生懸命に輸贏を争っていると、座敷の入口には、寒月君と東風君が相ならんでその傍に主人が黄色い顔をして坐っている。寒月君の前に鰹節が三本、裸のまま畳の上に行儀よく排列してあるのは奇観である。

(夏目漱石『吾輩は猫である』)


岩波書店『定本 漱石全集第一巻』注解に、

輸贏  かちまけ。勝負。

(『定本 漱石全集第一巻』岩波書店 2017年)

 ……とある。意味の説明としては足りているが、これは「まけ」と「かち」つまり、

 負けと勝ちで、勝負事、賭け事の意味となる。


水癲癇、人癲癇と癲癇にもいろいろ種類がある


「そんな所にどうしてヴァイオリンがあるかが第一ご不審かも知れないですが、これは考えて見ると当り前の事です。なぜと云うとこの地方でも女学校があって、女学校の生徒は課業として毎日ヴァイオリンを稽古しなければならないのですから、あるはずです。無論いいのはありません。ただヴァイオリンと云う名が辛じてつくくらいのものであります。だから店でもあまり重きをおいていないので、二三梃いっしょに店頭へ吊しておくのです。それがね、時々散歩をして前を通るときに風が吹きつけたり、小僧の手が障ったりして、そら音を出す事があります。その音を聞くと急に心臓が破裂しそうな心持で、いても立ってもいられなくなるんです」
「危険だね。水癲癇、人癲癇と癲癇にもいろいろ種類があるが君のはウェルテルだけあって、ヴァイオリン癲癇だ」と迷亭君が冷やかすと、
「いやそのくらい感覚が鋭敏でなければ真の芸術家にはなれないですよ。どうしても天才肌だ」と東風君はいよいよ感心する。
「ええ実際癲癇かも知れませんが、しかしあの音色だけは奇体ですよ。その後ご今日まで随分ひきましたがあのくらい美しい音が出た事がありません。そうさ何と形容していいでしょう。とうてい言いあらわせないです」

(夏目漱石『吾輩は猫である』)

岩波書店『定本 漱石全集第一巻』注解に、

水癲癇  水を見て発作をおこす癲癇に似た症状をさす。

(『定本 漱石全集第一巻』岩波書店 2017年)

……とある。ここは「人癲癇」に「火癲癇」の注釈をつけるべきところではなかろうか、と思いきや「人癲癇」もある。

人癲癇といふのは群集などのところに出ると起る。また非常に悅んだり悲しんだりするときに起るものもある。俗にこれを悅び癲癇とか、悲しみ癲癇などいつてゐる。

若き女性の醫學 式場隆三郎 著文松堂書店 1944年

 なるほど、現在のパニック障害のようなものを漱石は書いていたのか……と考えてみて、やはり違うように思う。ここは「火癲癇」を「人癲癇」転じた洒落であろう。何故ならば、そうでないとしたらここで当たり前のことを言ってしまっていることになる。

兵式体操


「禅学者にも似合わん几帳面な男だ。それじゃ一気呵成にやっちまおう。――寒月君何だかよっぽど面白そうだね。――あの高等学校だろう、生徒が裸足で登校するのは……」
「そんな事はありません」
「でも、皆はだしで兵式体操をして、廻れ右をやるんで足の皮が大変厚くなってると云う話だぜ」
「まさか。だれがそんな事を云いました」

(夏目漱石『吾輩は猫である』)
兵式体操教範 : 図入 巻之1 生田清範 編金港堂 1886年


兵式体操教範 : 図入 巻之2 生田清範 編金港堂 1886年
兵式体操教範 : 図入 巻之1 生田清範 編金港堂 1886年

  全体的に地味だが、ところどころ無理をする。この感覚はぜひ図解したいところ。

それでよく貰い手があるね

「君の国の書生と来たら、本当に話せないね。元来何だって、紺の無地の袴なんぞ穿くんだい。第一あれからして乙だね。そうして塩風に吹かれつけているせいか、どうも、色が黒いね。男だからあれで済むが女があれじゃさぞかし困るだろう」と迷亭君が一人這入ると肝心の話はどっかへ飛んで行ってしまう。
「女もあの通り黒いのです」
「それでよく貰い手があるね」
「だって一国中ことごとく黒いのだから仕方がありません」
「因果だね。ねえ苦沙弥君」
「黒い方がいいだろう。生なまじ白いと鏡を見るたんびに己惚れが出ていけない。女と云うものは始末におえない物件だからなあ」と主人は喟然として大息を洩らした。
「だって一国中ことごとく黒ければ、黒い方で己惚れはしませんか」と東風君がもっともな質問をかけた。
「ともかくも女は全然不必要な者だ」と主人が云うと、
「そんな事を云うと妻君が後でご機嫌がわるいぜ」と笑いながら迷亭先生が注意する。

(夏目漱石『吾輩は猫である』)

 この箇所は『吾輩は猫である』の読みそのものとは関係ないが、『三四郎』のヒロイン、里見美禰子の造形とは大いに関係したところなので何か一言入れておきたい。この「黒い方で己惚れはしませんか」はまさに美禰子そのものに向けられた言葉のようでさえある。

 小倉袴はさっさと上京してきたが、まだ九州女の上京はまれだったという当時の時代背景も見ておくべきだろう。


[余談]

 noteの昨年のレポートが届いて、なるほどと思った。何しろ殆どの訪問者が五回未満のようだ。おそらく記事なんかよんでいないだろうな。一番多く見に来ていた方は言語学者だった。でも通じているのかな。なんだかなという結果だ。

 まあしかしいつか誰かに届くと信じるしかない。





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