アラサーOLの演じ方4~課長の場合~

前話→1桜子の場合 2皐月の場合 3聖花の場合


春田は今日も何の感慨もなく職場の扉を開ける。

ここへ来てどれくらい経つだろう。華やかな本社から、地味なこのオフィス…オフィスとも言い難いこの課へやって来てから。

春田は元々、出世街道を歩んできた。若くして推進課の花形エースとして活躍し順調に出世、部下も持った。しかし、その部下の裏切りでその華々しい街道は絶たれた。

辞令の紙に無機質に書かれた異動先は、新本社ビルの影に立つ、旧本社ビル…通称遺産ビル。そこに唯一まだ残る課であった。この課が新ビルに移ることはないであろうと確信できた、遺産ビルの取り壊しと同時に、この課はなくなるのだろう。仕事と言えるような業務はほぼない課で、課長という肩書はあるが実質は降格であった。

以降、春田は部下に心を開くことを辞めようと決意した。どちらにしろ、今の課には事務員三人しかいないし、特に綿密に指示するような仕事もない。はっきり言って落ちこぼれが集まった課であるようだった。

 部下の三人の事務員たちは、変わった女性たちだった。

一番年上の聖花さんは、明るすぎるというか、傍若無人というか、子どもみたいなところがある人だ。ともすれば春田の、中学生である下の娘よりも子どもらしいかもしれない。他部署から使えないとしてここへ回されたらしい。

 真ん中の桜子さんは、悪い人ではないがなんだか挙動が独特だ。春田は桜子さんを見ると、いつも家で飼っている犬を思い出してしまう。桜子さんは前からこの部署にいたらしく、前任者からは暗い人だと聞いていたが、それとは全く違う印象を春田は持っていた。どちらかといえば天真爛漫だ。

 いちばん年下の皐月さん。彼女は一番常識人で気がつくことも多い。ただ、パソコン操作やプリンターの設定などはどうしても苦手なようだった。そしてその言葉使いやふるまいはなぜか春田に母たちを思い出させた。母や、正月に集まっていた親せきの女性、子どものころの近所の女性たち。

 そんな三人の事務員たちは、とても仲がよさそうに見える。春田が菓子を持っていけば、分け合いながら三者三様に楽しんでいるし、昼休憩にもときどき連れ立って出かけている。社内履きのつっかけのまま、長財布を持って笑いあいながら出て行く様はそのへんのOLとなんら変わりはない。

ただ、アラサーOLというのはこういうものだっただろうか、と春田はときどき不思議な気持ちになる。前の部署にいたOLたちは、もっと何かピリリとしたものを持っていて、お互いをけん制し合う空気も見られた気がした。そして、常に自分たちの置かれた状況が不満なのだというような顔をしていた。

しかし、今の三人たちは不満どころか、自分たちはアラサーOLである、ということを折々に確認し合いながら、そのこと自体を楽しんで毎日を過ごしているように見えた。

できそこないの課に集められ、日陰のビルに追いやられてもなお。

まるでアラサーOLを何かが不器用に演じているみたいだ、と春田は三人の誰かが入れてくれたお茶を飲みながら、今日もぼんやりと思う。

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