アラサーOLの演じ方2~皐月の場合~
皐月は今日もきゅっと紺色のリボンを胸元に付けると、ロッカーについた小さな鏡を覗き込んだ。
うん、立派な事務員だ、こういうの憧れていた。制服があって、誰かの役にたてる仕事。
自分の仕事があるってなんて楽しいんだろう。
給湯室へ向かうと、先輩の桜子さんがもう来ていた。新人なのだから一番に来なくては、と思うがいつも桜子さんには先を越されてしまう。
「早起きが得意だから」
と桜子さんはちょっと変わった笑い方で答える。だから皐月もなんだか安心してしまう。
「助かります、では、ふきん私がやりますね」
今時の子は絞る動作が苦手だと聞いたことがあったけど、桜子さんもそうであるようで、いつもふきんはびしょびしょだ。
皐月はこういうのだけは得意だから、ぎゅうと絞っておく。母に厳しく教えられてよかったなと懐かしく思い出した。
しばらくすると課長が出社された。皐月はどうもこれくらいの年代の男性が苦手だ。怒鳴られそうな気がしてしまう。だが課長はとても静かであまり表情も動かすことがない。
桜子さんが人懐こく課長に近づいていく姿を、皐月は羨ましく、そしてほほえましく思っていた。これくらい、気取らず率直に接してもいいのかもしれない…。もう今は男女平等の社会なのだから。
桜子さんはお菓子を受け取ると、くるくると周り嬉しさを表現している。
目が合い笑ってしまった。先輩を笑ってしまうなんて、気を悪くされたかしら?
「おさんじに頂きましょうね」
皐月はそう言って、袋を受け取り中を覗くと、この菓子にはコーヒー紅茶のどちらが合うか、はたまた緑茶かを思案しはじめた。
その時バタバタと走り、滑り込んできたのは一番先輩の聖花さんだった。
「セーフ」
とかなんとか叫んでいる。なんだか野球の試合みたいで笑ってしまう。
聖花さんは何だか一番、今時のアラサーらしく、OLらしい気がする。自由で楽しそうなところは見ていて飽きない。今日は、パタパタとファイルで自分をあおぎはじめた。
あぁ、そうやるのね。そうやったら、あの自由な感じが出せるのね。
そう思い皐月も、いそいで聖花の隣の席へ座ると、パタパタとやってみた。
「あぁ、涼しい」
うちわであおぐよりも、冷たい風がどんどんやってきて気持ちよかった。
「でしょ?皐月ちゃん知らなかったの?こうしたらもっと涼しいよ!」
聖花さん、今度は両手にファイルを持ってあおぎながら、ニコニコ笑っていた。
一日が終わると、皐月はリボンをそっととり私服に着替えて会社を出る。
商店街を歩きながら、今週の献立を考える。
「えーっと、そうだわね。あれとこれ。あ、タケノコ久しぶりに食べましょう」
八百屋で皮付きのタケノコを買う。
「若いのに感心だねぇ」なんて褒められて照れてしまう。
家にかえると、タケノコの皮をはぎ、米ぬかでゆがく。手間はかかるがスーパーで売っている水煮ではなんだか物足りない。
そしてこんな時間も楽しいのは、お勤めに出ているからだと思う。前の人生は、結婚する前も後も、家にずっといてこうして家事ばかりだったもの。
こうやって気ままな独り暮らしをしながら、会社勤めなんて今時な生活、憧れていた。
弱火にしてキッチンを離れると、皐月は窓辺にかざった写真を見た。
そこには皐月の前の姿…白髪の優しそうな顔をした老婆が映っていた。
その隣には老爺が厳格な顔つきで立っている。
「お父さん、そちらに行くの、もう少し待ってくださいね。
いえね、行こうとしたときに、なぜだかこの体をもらったんですよ。
私、もう一度…今度は平成のおーえる、として生きてみたいのです」
写真たてをそっと裏返しにして窓辺に戻す。
「明日のお弁当に、タケノコ入れようかしら。それともやっぱり一日置いた方がいいかしら」
ゆがき具合を見に、アラサー皐月は、自慢にしている対面型の最新キッチンへとぱたぱた戻っていった。
次話→3聖花の場合
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