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アラブ民族主義を主導した第三世界のリーダー、ナセル|気になる中東

前々回の記事で書いたとおり、エジプトは1952年、自由将校団による王制打倒クーデターにより共和国化した。その中心となったのが、ガマル=アブドゥル・ナセルだ。

自由将校団は、1948年の第一次中東戦争(イスラエル独立戦争)にアラブ諸国が破れた後、エジプト軍内の反英愛国主義将校らが結成した秘密結社である。

大統領就任

クーデターを成功させ、初代大統領には首謀者のナギブ中将が就いたが、その後路線対立し、2年後の1954年にはナセルが第2代の大統領に就任した。

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50~60年代はソ連による赤化(共産化)路線が世界に大きく広がった時期だ。朝鮮戦争(1950~53)、ハンガリー動乱(1956)やプラハの春事件(1968)、ベトナム戦争(1955~75)など世界各地でソ連の影響力が広がり、これを受けてアメリカではマッカーシズム(赤狩り)などの反共運動も激化した。

ちなみにアメリカ・ハリウッドにも吹き荒れた赤狩りの嵐については、主演のバーブラ・ストライサンドが歌った主題歌がアカデミー賞を受賞した映画「追憶」(1973)で、当時の雰囲気を含めて詳しく描かれている。私は確か大学生のときにリバイバル上映されているのを見た。

非同盟中立主義

さて、こうした米ソ対立の高まりの中で、エジプトのナセル、インド首相のネルー、ユーゴスラビア(現在のセルビア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナなど)大統領のチトー、中国の周恩来、インドネシア大統領のスカルノらが、米ソのいずれにも属さない「非同盟中立主義」を標ぼうし、1955年にはインドネシアでアジア=アフリカ会議(バンドン会議)を開催。さらに1961年にはユーゴスラビアのベオグラード(現在のセルビアの首都)で第1回の非同盟諸国会議を立ち上げ、ナセルはこうした第三世界諸国のリーダーとして名を馳せた。ちなみにこの非同盟諸国会議は現在も続いており、120ヶ国が加盟している。現在の事務総長(第31代)はベネズエラのマドゥロ大統領で、ナセルは第2代事務総長だった。

ただ、「非同盟」と言いつつも、背後にはソ連の影が色濃くチラついており、それはその後もロシアに受け継がれ、現在は中国がそれに取って代わりつつあると言える。

ちなみに、非同盟諸国会議の創設メンバーの国名に「エジプト」という名前はない。よく見ると「アラブ連合」という見慣れない名前がある。ナセルは「アラブ民族主義」を掲げ、シリアとともにアラブ連合共和国を結成していたからだ。

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スエズ運河国有化

またナセルは、スエズ運河の国有化を宣言し、実行した。スエズ運河はシナイ半島の西、地中海と紅海とを結ぶ全長約200kmの運河で、フランスの外交官・実業家だったレセップスにより1869年に建設された。それまでヨーロッパとアジアとの交易は、アフリカ最南端の喜望峰をまわらなければならなかったのが、スエズ運河の建設により大幅に航路短縮されたのだ。しかしこのスエズ運河利用にかかる収益は、イギリスやフランスに収奪されていた。

ナセルは、このスエズ運河を国有化し、その収益によってナイル川上流の氾濫防止と灌漑のためアスワン・ハイダムを建設することを1956年に発表したのだ。

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スエズ動乱(第二次中東戦争)

ナセルの宣言に英仏は激怒し、イスラエルによるエジプト侵攻を画策した。これが一般に「スエズ動乱」と呼ばれる、第二次中東戦争(1956)だ。

戦争は軍事力に勝るイスラエル軍が優位に進めたが、国際世論からは英仏を非難する声が高まり、アメリカは英仏の支援を断念。国連安保理事会の決議もあり、結局イスラエルは撤兵を余儀なくされた。

これによりナセルの「アラブの英雄」としての名声はさらに高まった。

しかし60年代に入ると、前述したアラブ連合共和国がシリア側との軋轢の末、結局崩壊(1962)

1967年にはイスラエルの電撃的な先制攻撃による第三次中東戦争によりシナイ半島やパレスチナのヨルダン川西岸地区およびガザ地区などを奪取・占領される大敗を被り、国民からも大きな非難を浴びるなど、影響力は失墜した。

そして1970年に急死。共和国独立以来のアラブの英雄は、アンワル・サダトにその地位を譲ることとなったのである。

俯瞰して見るならば、ナセルが活躍した50~60年代は、戦後の世界の枠組みとして国連を中心とする国際協調体制が確立され、また例えば欧州では後のEU創設につながるクーデンホーフ・カレルギーの汎ヨーロッパ運動など、地域統合化が模索された時代だった。その中にあって、アラブの融合と統一を進めようとしたのがナセルであった。その意味でナセルは、アラブ諸国だけでなく、国際社会にも大きな足跡を残した偉大なリーダーだったと言えるだろう。

【つづく】

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