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文章に「温度」をのせる

インタビューをしながら泣いたのは、初めてだった。

その日、わたしが取材していたのは、長野県の中央付近、塩尻にある老舗映画館の館長。

映画を愛し、映画人口を増やすために執筆を続けるその人は、20年以上、利益に捉われずに芸術性を最優先とし、ぶれることなく上質な外国映画の自主上映会を続けて来た女性だ。

知的でスタイリッシュな風貌で、明らかに一般人とは異なるオーラをまとっている。わたしは緊張しながらインタビューを始めた。

話手の心に寄り添って聞く

両親が映画館を経営していて、幼い頃から映画館で育った彼女は、俳優に憧れ、上京して演劇を学んだ。一時は芸能の仕事をしたものの、反りが合わず断念。その後海外テレビ局の日本代理店に勤め、営業の仕事に没頭した。
結婚もしたけれど、仕事と家庭の両立はうまくいかなかった。13年間務めた会社を35歳で退職し、骨休めのため田舎に戻った。
そして、両親が細々と続けていた映画館を成り行きで手伝うようになり、彼女の新たな人生が展開していく…

取材慣れした彼女は、わたしがあれこれと聞くまでもなく、さまざまな苦労を乗り越えながら映画館を守り、上映会を続けてきた半生を振り返ってくださった。

彼女の人生に想いを馳せ、すっかり感情移入したわたしは、その熱量に圧倒された。そして、
“今は亡き父が叶えられなかった古いシートの張り替えを、10年越しで遂に一列だけする事ができた”という話を聞いたとき、じわりと湧き出る涙を抑えきれなかった。

そんなわたしを見てから、彼女は始めよりずっと柔らかい表情で、より深く、映画館や自身のことを語ってくださった。

感動を書く、自分の言葉で伝える。

彼女の言葉を受け止め、人生に想いを馳せ、彼女とわたしの心が共鳴した瞬間に生まれた感動。それを保ったまま書きたいと、いつも以上に時間をかけて推敲した。

だれかの人生の一部を、文章に切り取り、公のものにすることは、責任重大だ。
一生懸命に聞いて、一生懸命に書けば、大抵の場合、取材相手からは「よくまとめてくれてありがとう」と感謝される。話してくれた相手の「想い」を伝えるお手伝いをしていると考えれば、書き手の気持ちは少し楽になる。

とはいえ、そうしてまとめた文章の先にいるだれかにまで想いを届けるためには、真実を丁寧に書くというだけでなく、聞き手、書き手であるわたしが心が震わせたことをエッセンスとして文章に編み、伝えるために試行錯誤することが重要になる。

温かい料理を温かいうちに、と思う料理人と同じように、話し手の熱い想いをそのままの温度で保ちながら文章に編み、読み手に届けられれば、書き手としてそれ以上の喜びはないと思う。

そんなことを気づかせてくれた貴重な取材だった。
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