「書きたい」という気持ち、忘れていませんか?
ある時、ふと、思い出した。
僕はかつて、文章を「書きたい」と思っていた。
みなさんは、今、文章を「書きたい」だろうか。
◇◇◇
思えば、昔からそうだった。
小学生の頃、宿題で「読書感想文を原稿用紙1枚以上書いてきなさい」と言われたときに、20枚近く書いて先生を困惑させた記憶がある。
自宅の勉強机で、「もっと書きたい!」と思っていたのを今でも覚えている。
当時から、自分の考え方を自由に述べる形式の文章は大好きだった。
しかし、そういった文章は中学、高校と上がっていくにつれて、どんどん書く機会が失われていく。
「レポート」という形で物事を記録したり、「~を示せ」という形でテストに出題されたり、自分の考えを盛り込む余地はどんどん減っていった。
これらの文章が苦手なわけではないが、「書きたい」と思った記憶はない。
そのせいもあってか、実を言うと最近まで「書きたい」という気持ちを忘れかけていた。
自分で気づかないうちに、文章の自由はどんどん奪われていたのだ。
そして、「書きたい」という気持ちを思い出させてくれたのは、ほかならぬ、このnoteだった。
僕が文章を売り始めたとき、最初に挑戦したのはSEO記事と言われるものだった。
ざっくり説明するとwebで検索された際に、サイトをより上位に表示させるためのテクニックを盛り込んだ文章だ。
これも、自分の考えを盛り込むべき文章とはいえない。
どちらかと言えばその逆、無駄を省いてスムーズにサイト訪問者の悩みを解決できる文章が求められる。
この文章を書くのも面白いのだが、今のところ、心から「書きたい」とは思えない。
自分の運営しているブログでもそうだ。
書いているテーマはnoteと似たような内容ではあるのだが、SEOを意識した形式にしようと思うと、どうにも楽しむことを忘れてしまう。
読み返してみても、自分の良いところが消えている気がしてならない。
仕事で受ける以上、お客様第一で書くのは当然なのだが、
「こんな当たり障りのない文章で満足してもらえるのかな...」
と、不安になることもあった。
◇◇◇
やはり僕は、文章のどこかに「自分らしさ」を出したくなる性分らしい。
「自分らしさ」のある文章で勝負したい、という気持ちが根底にある。
この気持ちこそが、noteで執筆する活力になっている。
この一年で、「文章」と一口にいっても様々なものがあるのだと学んだ。
そして、これらは全くと言っていいほど性格が違う。
その中でも、noteでは特に自由でクリエイティブな文章が書けている。
僕は中学以降、文章を「書かされ」すぎた。
いつの間にか、「書きたい」と思って文章を書くことが無くなっていた。
しかし、今はとにかく「書きたい」。
その一心だ。
二十年の時を越えて、心の奥深くに封印されていた本能が目を覚ました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?