やりゃあいいじゃん
教員の日々は充実していて楽しい。だが、どこかに諦められない気持ちがある。そんな葛藤の真っ只中、私は再び素敵な出会いに恵まれる。
東風平 光一(こちんだ こういち)さん。
コチさんと呼んでいるので、ここからはコチさんと書かせてもらう。
大学時代バイトをしていたジムで少しの間だったが一緒に働いた。卒業後も私はそこのジムへ通っていたので、毎日のように会っていた。
コチさんに自分の思いを何度も話した。そして毎回返ってくる言葉は同じ。
「やりたいんでしょ、やりゃあいいじゃん」
「人生1回だぞ、やりゃあいい」
かなり訛りがある表現だが、要は「やりたいならやれ」ということ。この言葉自体は多くの人が使う。だが、コチさんから発される言葉は重みが違った。それは、コチさん自身が夢に向かってひたすら進んでいる人だからだ。
プロ野球選手を目指していた彼は、大学卒業後に独立リーグの世界へ。(たしか、俺は野球選手になるから〜と周りに言って、就活をしなかったとか…)
4チームで投手として活躍し、MVP受賞や独立リーグの選抜チームとして北米遠征に行くなど、本当に野球に真剣に向き合ってきた人だ。最後は肘の靭帯が切れてしまい、選手は2018年に引退するが、「やりきったから後悔はないよ〜」と陽気なノリで話している。
※そんな彼は現在、高松LTSポニーというチームの監督をしており、創部2年で全日本選手権出場や自身は関西連盟選抜チームのコーチに就任するなど、その勢いは止まらない。
そんなコチさんに、「やりゃあいいじゃん」と言われると、なんだか力が湧く。こんなことも言っていた。「人生の中では大小様々な決断をしなければならない。もし人生の中で大きな決断を1回できれば、それは必ずあとの人生に繋がる」
今がその大きな決断のタイミングなんだなと感じた。自分はまだやりきれてない、そう思ってるならやりきった方がいい。その経験は必ず活かせる。そう思った。もちろん、即決では無いがコチさんの「やりゃあいいじゃん」を何度も聞くうちに、私は再び自分の夢と向き合った。
サッカー選手になる
そして、私は教員をしながらJFLのチームのトライアウトと、多数のチーム関係者が見に来る合同トライアウトに参加した。これでダメなら区切りをつける。その思いで挑んだ。
合同トライアウトでいくつかのチームに声をかけていただき、お話をした。そこに南紀オレンジサンライズがあった。実はチームのことは知っており、代表の方とも1度お話をしていた。
新設チームであり県3部からのスタート。当時私は県1部のチームに所属していたので、正直かなり悩んだ。他にカテゴリーが上の企業チームからも声をかけて頂いていたので、そこに行くことも考えた。
ここでコチさんに言われた。「選手として応援されたいんだろ?なら地域から応援されるチームへ行けば良いでしょ」と。
南紀オレンジサンライズは地域密着を掲げていた。練習は平日の午前中に人工芝のグラウンドでできる。チームのスポンサーが雇用先として選手を受け入れてくださる。サッカーに集中できる環境、そし将来性も含めてこのチームは今の自分にとって最高の場所だと思った。
そして私は、教員を退職し南紀オレンジサンライズへの入団を決めた。
教員を辞めることはほんとに悩んだ。卒業を見届けたかった。いろいろな感情が込み上げてきて、離任式の日はクラスで涙が止まらずまともに話せなかった。
そんな私の大切な初めての生徒たちは、今でもたくさん応援してくれている。そんな子たちが、「あの選手は俺らの先生だったんだぜ」と言えるように日々努力しなければと感じており、今でも私の原動力だ。
大きな決断をして、和歌山へ移住。そして私はそこでサッカー選手になる。
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