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2023年映画感想No.74:バービー(原題『Barbie』) ※ネタバレあり

バービー論の再定義

シネクイントにて鑑賞。
監督がグレタ・ガーウィグなので映画としてしっかりしてるんだろうということは観る前から予想できてはいたのだけど、それ以上に「バービー人形の映画化ってそれ面白いの?」っていう題材に対する興味の無さがあって公開からかなり時間が経っての鑑賞になってしまった。

おもちゃとしての「バービー」の再定義をめちゃめちゃきっちり描き切っていて構成的にとても綺麗な作品だと思った。
バービーの登場の革新性という「バービーとは何か?」という概念の話から始まり、そうやって当初描いた理想論=バービーランドというユートピアが時代の変化とともに保てなくなることでバービーは人間界の現在を知る必要に迫られる。
現実を知ったバービーはアイデンティティを見失ってしまうのだけど、「バービー人形」というおもちゃが本来持っていた理想論に原点回帰することで自分の役割をアップデートし、自己肯定や存在意義を取り戻して前に進んでいく。作り手の手を離れて独り立ちするラストが「バービーは変わることで変わり続ける社会とともにあるんだ」というバービーというおもちゃに込められた願いそのもののようであり、バービー論の再定義として素晴らしい着地だと思った。

バービー的なるものへの批評

冒頭のバービーランドの世界観が「こういうところがバービー人形の特徴でしょ」というおもちゃ遊びのメタな視点を盛り込んだ「バービー的なるもの」の説明になっている。そしてまさにそういう要素が崩れ始めることで彼女たちがユートピアだと信じていた世界が問い直される展開になっていく。
自分達の世界を取り戻すためにバービーが現実世界に行くことで「理想化された女性像としてのバービー」を批評するような展開になるところが面白い。現在の価値観によってアイデンティティを否定されるバービーと、現在の価値観から間違った自己肯定感を得て自分の世界に帰るケンという対比が上手い。

自己批評から逃避する男性性のあり方

バービーランドにおいて男性的な承認の欠落を抱えていたケンが「男性主義」という現実社会の歪んだ社会構造を「自分らしさを肯定する論理」に履き違えていく描写は、男性がそこにある優位性を無意識に享受していくという歪みのあり方として非常に鋭い。自分の都合を満たすためだけに男であることで優位な社会をスタンダードにしようとしていくのだけど、優位者側の認識の欠落というものが引き継がれていく構造のお手本のような描写になっている。
ケンがバカなので笑えるバランスになっているけれど、自分を持たない魅力が無い男性が「自分が報われなかったのは社会のせいだったんだ」と責任転嫁して、自分を顧みないまま優位な立場になることで自分が能力のある人間だと勘違いしていくという構造は、現実でジェンダー格差が存在するところにある論理そのままだと思う。
ポップで大衆向けの作品だからこそ無自覚な層にも届く作劇になっているのが素晴らしいと思うのだけど、男ってだけで偉そうな人がこの映画見たら怒り狂って死ぬ可能性がある。

傷つくことを引き受ける人生の選択

一方のバービーが自分を否定されることで「人間らしさ」という世界の豊かさに目覚めていくのも良かった。ケンが自分と向き合わなかったのに対して彼女は自分自身を見つめることで傷ついてでも変わろうとする。それすらも豊かなことだと世界をより複雑に捉えられるようになっていくのが良かった。
ケンが変えてしまった男社会のバービーランドではケンのバリエーションとバービーのバリエーションがぞれぞれに無自覚なまま抑圧や加害性を抱える役割に収まってしまっていて、主人公のバービーだけはその中で「そういうものだよね」という価値観を拒絶し自分自身の選択を追い求める。
アメリカ・フェラーラ演じる現実の男性社会で抑圧を抱えてきた女性グロリアの演説がケンに支配されたバービーランドを解放しようと動き出すきっかけになるのだけど「女らしさなんて時と場合で矛盾する男にとっての都合のいい言葉でしかない!」というど正論を真正面から主張していて素晴らしかったし、そうやってバービーたちが彼女たちを抑圧する「女らしさ」から解放されていく中で、元々彼女の世界で居場所がなかったケイト・マッキノンやマイケル・セラ演じるキャラクターたちと協力していく展開もきちんと優しさが行き届いていて良かった。
時にバービーが傷ついてまで選択するのが有限な人生ということにグッときたし、だからこそ社会が変わった時に自分が自分では無くなってしまうような空っぽなアイデンティティのケンに対して自分で自分を祝福できる「自分らしさ」こそが人生の理想であると投げかけるのも素晴らしかった。

潔いギャグ演出

極めて社会的なテーマを扱っている一方で映画としては常にポップで大衆的な手触りを手放さないところも映画のバランスとして良かった。間口が広いからこそ問題に対して無自覚な層にも広くアプローチする作品になっていると思う。常にコミカルで笑えるバランスの描写になっているしミュージカル演出などわかりやすい見せ場もたくさんがあってアイキャンディな楽しさも強い。
ケンのバカさ加減を表現するギャグはどれも笑ってしまった。サングラスや時計を複数つけるところとか「セックスアピールは多ければ多いほどいい」って感じで見事にダサくて爆笑だったし、男社会になってバービーランドを「ケンダム(ケン+キングダム)」、バービーハウスを「モジョ道場カサハウス」と中学生みたいなネーミングセンスで改名してそれを毎回嬉々として繰り返すのもIQが低くて笑った。
他にも映像的な特徴としてバービーランドの世界観を人形遊びを見立てた映像演出で表現しているのだけど、この規模の作品では見たことないくらいチープなコミカルギャグみたいなことやっていてびっくりした。
まあファーストシーンの2001年宇宙の旅オマージュシーンで化け物みたいな大きさのマーゴットロビーがニッコニコで登場した時点から「どうかしている映画が始まった」感はあるのだけど、バービーランドから人間界に行く場面とか『ひょっこりひょうたん島』みたいな演出がされていてクラクラした。そんなNHKスタジオで撮ってるような演技をマーゴット・ロビーとライアン・ゴズリングに要求できるのはグレタ・ガーウィグくらいだと思う。

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