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2023年映画感想No.56:ローンサム(原題『Lonesome』) ※ネタバレあり

失うものがない主人公

第31回レインボー・リール東京〜東京国際レズビアン&ゲイ映画祭〜上映作品。青山スパイラルホールにて鑑賞。
冒頭から主人公ケイシーのあてどない放浪が彼の居場所のない孤独な状態を象徴的に浮かび上がらせる。荷物も目的もなく行き当たりばったりにヒッチハイクしては行く先々で食事や充電を盗んで何とかやりくりしているというギリギリの旅が彼の心の有り様をそのまま表している。
文字通り失うものが何も無い人物なのだけど、一方で行く先々でアプリを使ってセックスする相手を探していて、根っこでは人との繋がりを求めているのかもしれないという予感も感じられる。
彼がカウボーイハットを被って男らしさをアピールするのも自己のアイデンティティを否定しているようで痛々しい。

絶望の淵で見つけた希望としてのティブ

そんな彼が行きずりの関係から始まったティブという青年に心の平穏を見出していくようになる。随所に挟み込まれる故郷の心象風景によってケイシーが心の奥底では誰かと生きたいと思っていることが象徴的に感じられる。
一方でこれ以上傷つくことに耐えられないからこそ一度は海に入って死のうとするのだけど、どこかでは生きたいと思っているからこそ生きることを辞められないような展開が良かった。
ケイシーが自分を受け入れてくれるティブとの関係に少しずつ希望を感じていく様子が傷つくことを恐れているからこそとても繊細に描き込まれていくのだけど、「海を見たら死ぬ」という最後の目的に失敗した後からティブとの関係によって人生がリスタートしていくように展開していく事で二人の関係性の必然がより強く感じられるのも良かった。

人と繋がることの不安によって孤独を選んでしまう人々

ケイシーは過去の出来事によって自分のセクシャリティに強い絶望を抱えているのだけど、彼がそれでも繋がりたいと思う人たちも同じように人と繋がることの不安を乗り越えられないことで孤独になっているという側面が見えてくる。
ケイシーの母親はゲイの息子を拒絶しながら連絡することを辞めないし、ティブも母親を通じておそらくは何か絶望的な気持ちになってしまったからこそそれ以降不自然なまでにケイシーとの関係に向き合わなくなる。ケイシーとティブが喧嘩別れする場面では、過去を乗り越えられていないケイシーに対してそれを一番理解しているティブが一番傷つく言葉で彼を責めてしまうのが辛い。
みんな本当に大切なものこそ失うことを恐れているのだけど、だからこそ自分を偽って相手を傷つけてしまうし、その先にそうやって大切なものから目を背けて生きることの苦しさが浮かび上がるような展開になっていく。
途中で息子との関係に失敗してしまった女性に対して、ケイシーが息子側の気持ちを代弁してあげるように「きっと修復できる」と優しい言葉をかけてあげるのがとても良かった。痛みを知るから人は優しくなれる。

自分のあるべき場所へと回帰するラスト

ティブから離れたケイシーはまたフラフラとした生活に戻ってしまい、色々試してみたりする中で報酬付きのハードSM売春でM役までやってみたりするのだけど、肉体的に結構大変な目に合ってみてふと「ティブもこんな気持ちだったのかな」と気付くようなラストに至るのが中々ハイリスクな回り道でびっくりする展開だった。
S役だった男性から「これがお前の本来の姿なんだろ?」と言われるのだけどケイシーはその実全然ピンと来てない。同じように体を売って相手のことを忘れようとしていたティブと同じ満たされなさや心の痛みを味わったことが切れた肛門の血に象徴されているように感じられた。

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