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2023年映画感想No.8:野獣の血(原題『Hot Blooded』)※ネタバレあり

ノワールとしての確かな絵作り~韓国映画熟練のノウハウ

シネマート新宿にて鑑賞。
もはや韓国映画のお家芸的な韓国裏社会ものクライムサスペンス。都内単館公開の作品でもしっかり水準の高いものが出てくるところは熟練のノウハウを感じる。

明らかに腹にイチモツあるヤクザたちが漁業船上に集まって会食する冒頭の場面が緊張感のある掴みになっている。こういう時にクルーザーとかではなくボロい漁業船が出てくるあたり韓国映画という感じなのだけど、ピシッと決まったスーツが異化効果を際立てていてノワールの絵作りとしても良い。
大体こういう会食は穏やかなことにならないと相場で決まっているのだけど、案の定やけにピリピリした主人公や乾杯を無視して酒を飲むボサボサの男など人間関係にやたら緊張感がある。そんなテーブルにゴトンと銃が出てきたりなどした日にはそりゃあ発射されないわけなどなく、緊張がピークに達したところでスパッとカットが切り替わって時系列が戻る編集も「主人公がどうしてこんな行動をするに至ったのか」という興味を最大限引き立たせている。
主人公の格好がきれいなスーツからくたびれた革ジャンになっていることから時系列が戻ったことが映像的にも感じられるのだけど、薄汚れた養殖場の片隅でリンチしていた男と次の場面では親しげに会話していたりなど激しい抗争とは縁のない錆びれた港町の小さな内ゲバにはまだ取り返しのつかない事態に突入する緊張は無い。

寂れた港町の小さな人間としての主人公

港町全体が斜陽でありシノギもカツカツで組織も支配力を失いつつある。外からやってきたチンピラに縄張りを荒らされてもすぐに抗争できるほど余力が無く、地元のヤクザたちはただただ黄昏時を待つことしかできない。
ある意味で平和ボケした組織の人間らしく主人公も"小さな人間"として描かれているように思う。滅びゆく組織の中で何者にもなれずに終わっていくことを恐れている一方で矢面に立つような器も無い。足を洗うために手を汚す場面も末端のトカゲの尻尾切りであり、出来るだけ暴力の連鎖に関わらないように臆病に立ち回っている。

自明にハマりこむ暴力の連鎖に皮肉に響くセリフの数々

結局組織を抜けても裏社会に片足突っ込んだビジネスを続けているあたり彼がこの世界にしか生きられない悲哀を表していると思うのだけど、案の定激化する組織の抗争に巻き込まれる。
主人公と同じ養護施設で育った親友が主人公と対立する側の組織の幹部なのだけど、戦争を終わらせるために親友を暗殺しろと命じられた主人公が彼に対して情を残してしまったことでちゃんと説明された通りに非情な戦争が激化していくところなど、複雑な利権争いの構図を映画的に飲み込みやすくする語りの工夫がある。
主人公の人間らしさでもある優しさや家族はヤクザの抗争においては急所でしかなく、暴力の力学が全てを飲み込んでいく。そうやってヤクザの論理に染まることに抗えないのだけど、その選択肢のなさを「テッペンを取るか、どん底まで落ちるか」というセリフに響かせているところもスマートな語り口だった。

ラストの「結局何も残らなかった」という寂しい余韻も素晴らしくて、じゃあどこまで引き返せば幸せになれたのかというとそんな答えは無かったのかもしれないけれど、親友も、家族も全て失って自分だけが生き残ったものの人生の悲哀がジワリと広がる。

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