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日本のリテールメディア:購買時点と近距離にあるデジタルサイネージ

 日本では、小売業の店舗の入り口や売場内の商品棚、そしてレジの上部等に設定された大型ディスプレイに広告を掲載するデジタルサイネージに注目が集まっています。店舗を持つ小売企業ならでの取組みであり、リテールメディアというキーワードを聞いた時に、真っ先に思い浮かぶメディアだと言えます。

 デジタルサイネージは、自ら販売機能を有する小売が、購入時点と近い場所で、お客さまに直接働きかけることができ、あるカテゴリの商品を買いたいという本来目的をもって来店されたお客さまに対し、そのコンテキスト(文脈)と近く、レコメンドする内容とタイミングが合致した広告を掲出できる本来目的型の広告メディアとして期待されています。

 小売と取引があるメーカーが、取引先の小売の店頭で、自社商品を推奨し、拡販に繋げる、という取組みで利用されるケースでは、メーカーと小売による共同販促モデル(リテールAds)と近しい性質を持つ取組みだと捉えられますが、小売と取引がない企業のサービスや、店頭に配荷のない商品の認知や興味関心を獲得する目的で使われる場合、その位置付けはインターネット広告の中でもディスプレイ広告の使われ方とも近そうです。

 今回は、日本のリテールメディアの中で、小売業固有のインストアメディアである、デジタルサイネージを取り上げ、この現況について見ていきます。


1.デジタルサイネージ広告の市場規模

 株式会社CARTA HOLDINGSの調査によれば、現在、リテールメディアの広告市場の中のデジタルサイネージ(※1)の広告市場は約70億規模であり、2026年にはその5倍にあたる約355億円の規模に成長するという見通しが示されています。

※1:店舗を持つ小売企業に設置されたデジタルサイネージに配信される広告

2.ファミリーマートの取組み

 店舗を持つ小売業の中でも、コンビニエンスストアは、各社がメディアとして利用可能な店舗を全国に1.4万~2.1万店舗を持っており、デジタルサイネージの取組みも進んでいます。
 中でも、最も力を入れて、店舗のレジ上に大型ディスプレイの設置を進めているファミリーマートの「FamilyMartVision」の取組みを取り上げ、日本におけるデジタルサイネージ広告の現在地を確認したいと思います。

(1)設置規模

 ファミリーマートで最近よく見かけるようになった「FamilyMartVision」は、2021年9月にスタートし、現在は約4,600店舗(2023年6月末時点)に設置されているようです。※2023年中には約10,000店舗まで設置規模を拡大する予定

(2)広告主と用途

 DCSオンラインに掲載された、「FamilyMartVision」を広告代理店として販売する(株)ゲートワンの取締役COOの方のご説明から、このメディアへの出稿目的や、大よその用途を理解することができます。

22年2月頃までは出稿の70%がファミリーマートに商品配荷がある企業だった。設置店舗数が3000店を超えた6月頃から配荷のない商品やサービスのクライアントが全体の約40%を占めるようになってきた。

出典:DCSオンライン:ファミリーマート 店舗のメディア化で新規ビジネスの拡大・収益化を加速

 その後、23年6月末には設置店舗数が4,600店舗まで広がり、より多くのお客さまの目に触れるマス広告的な性質が高まっていることから、広告主の比率が変わってきている可能性がありますが、広告主を大別すると、ひとつは「ファミリーマートに商品配荷があるメーカーの流通対策部門」であり、その用途は、ファミリーマートの店頭における自社商品の拡販を企図する共同販促型だと言えそうです。

そして、もう一つは、商品配荷のないクライアントによる、マス広告的な使い方であり、来店者をオーディエンスと位置付け、できる限り多くの視認数(表示インプレッション)を確保するための広告宣伝用途で利用されていると考えられます。

(3)メディア力

 2022年11月時点では約3,000店舗の設置で、週間延べのリーチ数が約1,900万人だとされていましたが、23年12月には設置数が約10,000店舗、1週間ののべリーチ数6,300万人のメディアになるとされています(予定)

3.収益性の考察

 ファミリーマートのグループでは、デジタルサイネージ「FamilyMartVision」やオウンドのアプリ「FamiPay」等を組み合わせたビジネスで、以下の規模の収益確保を目指していると発信しています。

デジタルサイネージやアプリを絡め、店頭を含めて盛り上げていく施策の金額面での規模は、「3年以内に50億円(税引後利益)は超えたい。5年後には100億円を目指す」(細見社長)

出典:流通ニュース ファミリーマート/「リテールメディア事業」5年後100億円の利益目標

 ここからは、デジタルサイネージの収益について読み解きを行ってみます。

(1)共同販促広告の収益規模

 「FamilyMartVision」の収益の約5割~7割は、メーカーの営業と小売の商品部の商談によって決まる、メーカー商品の共同販促広告による売上だと考えられます。

 例えば、メーカー商品と店内のデリカとの組み合わせ販売のキャンペーン広告を、店内サイネージに投影することで、店舗の日販を引き上げつつ、メーカー商品の拡販を行うような取組みが想定されます。

 このような、特定の小売業とのタイアップにより、共同販促型広告に取組むメーカー側のお財布事情として、流通対策費用の予算からねん出する、お得意さま企業、1回あたりの共同販促広告で投下できる費用は、大よそ数百万円規模だと想定されます。

(2)デジタル広告媒体の収益規模

 一般のクライアントが、自社商品や自社サービスの認知や興味関心の確保を目的に、デジタル広告への出稿を検討する際、「FamilyMartVision」は、多くのお客さまにリーチ可能なメディアの選択肢の一つとして位置付けられるため、競合するデジタル広告の費用感と、大きくかけ離れた値付けは難しいと考えられます。

【インプレッションベースとの比較】

 YouTubeの動画広告「バンパー広告」は、動画視聴前や途中、視聴後に表示される動画広告ですが、新しい商品やサービスの認知向上やブランディングに適していると言われています。

 途中でスキップすることができず、6秒間必ず視聴しなくてはならない広告である、バンパー広告の費用は、概ね、1,000インプレッションで400円~600円というCPM課金(インプレッション課金)の広告商材です。

 これは、あくまで試算ですが、「FamilyMartVision」の週間最大インプレッションが、将来的に延べ6,300万人/週まで拡大した場合、これをパンパ―広告の価値に直すと、3,000万円~4,000万円の媒体価値があるということになります。

 広告枠をどのくらいの細かさや分数に分割するかによりますが、同期間に掲載される広告は、複数存在すると想定されることから、1社あたりの出稿単価は、数百万円程度ではないかと推定されます。

【店舗数ベースとの比較】

 それでは、タクシーの前部座席の後ろに取り付けられたモニターに広告を表示させるサービスとの比較でみた場合は、どうでしょうか?

 東京23区で1週間、12,500台のタクシーに設置されたタクシービジョンに広告を出稿する場合、60秒のプレミアム広告が1,500万円という値付けになっています。これを1台あたりの広告費に分解すると@1,200円/週ということになります。

 現在の「FamilyMartVision」の設置店舗数が4,700店舗ということなので、同じ単価で、1店舗あたり1週間の広告費を試算すると、564万円ということなります。したがって、類似するデジタル広告媒体との比較で見たときの、デジタルサイネージの値ごろ感は、1出稿あたり数百万円だと言えるのではないでしょうか。

【参考】23年8月時点 ファミリーマート『店内BGM+レジ液晶POP(一般CM)』全国1週間の広告料金 183万円 ※レジ上部のデジタルサイネージよりも画面が小さい

4.事業性の検証

 ファミリーマートのグループ会社で、店舗に設置するデジタルサイネージを活用して広告などのコンテンツ配信を行うメディア事業会社「ゲート・ワン」社の直近の決算公告を確認してみます。

 直近の決算期における純利益は▲11.3億となっており、前年2022年2月期と比べ、最終赤字の金額が増えていることがわかります。
 デジタルサイネージへの広告配信で得る収益を超え、最終赤字額が増えている理由は、大きく2つ考えられます。

 一つは、FamilyMartVisionという大型サイネージが、ゲート・ワン社の持ち物(固定資産)となっており、設置店舗数の増加に伴い、設置するデジタルサイネージ資産の減価償却費の負担が増加しているという点です。
(3,000店舗→4,600店舗→10,000店舗まで、店舗数に比例して増加)

 もう一つは、これは、フランチャイズビジネス特有の費用負担だと思いますが、以下の通り、FamilyMartVisionの設置店舗に対し、機器設置支援金のようなものを負担している点です。

すでに3000店舗にデジタルサイネージを設置。2023年度中には1万店にまで増やす計画だ。本部は機器を設置した加盟店に月間1万円を支払い、1万円から約半分の5000円程度を加盟店がロイヤルティとして本部に支払う形を取る。

出典:東洋経済 「飽和状態」のコンビニが広告事業に見出す光明

 これは、デジタルサイネージ機器が、フランチャイザー側の資産であり、設置時の工事費等もゲート・ワンが負担するものの、店舗はフランチャイジー側の持ち物であり、スペースを使わせてもらうという意味合い(場所代)に加え、大型ディスプレイの電気代等を負担しているものだと考えられます。

 このような、場所代の負担は、月額1万円で1万店舗規模になると、それだけで毎月5千万円、年間6億円の負担となり、リテールメディア事業の収支均衡を遠ざける要因となりそうです。※1万円のうち、5千円はロイヤリティとして本部に支払われるため、グループ全体の持ち出しは5千円

 ファミリーマートは2019年以降、ゲート・ワンに対し、200億円を投資しているということですが、資産の減価償却費や店舗設置にかかる費用負担の構造を考える場合、それだけの規模の先行投資が必要となるビジネスモデルだということが理解できました。

 店舗に設置したデジタルサイネージと店舗スタッフによる接客などを組み合わせ、質の高い顧客体験を生み出す。メーカー、広告主、小売、お客さまそれぞれの満足を満たすメディアの取組みは、まだ途に就いたばかりで、先行投資の状況にあります。
 日本型のリテールメディアの中で、インストアのデジタルサイネージの成否は、この後、数年後に見えてくるのかな、という印象を持っています。

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