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マーケティング領域のDXに取組む前に最低限知っておきたいこと

 本連載では、「デジタル思考とデータドリブン・マーケティング」というテーマに焦点を当て、アナログとデジタルの判断の違いやデータの特性や活用上の課題、DXを推進するために必要な考え方やステップなど、ますます求められるファクトベースの変革について考えてきました。

 
 今回は、本連載の結びとして、マーケティング領域のDXに取組む前に最低限知っておくべきこと、として、デジタル思考で取り組むデータドリブンマーケティングの注意点、実現課題、考え方、具体的な手法等、ここまで解説したポイントを整理し、ご紹介します。

マーケティング領域のDXに取組む前に最低限知っておきたいこと(構造図)

1.DXが求められる背景事情/外部環境の変化

(1)今までの当たり前が通用しない

 これまで当たり前だった考え方や、長年変化が見られなかった価値観が崩れ、変化が短いサイクルで起こるようになった

(2)メーカーはお客さまの変化に気付くのが遅れがち

 直接お客さまとの接点を持たないため、行動変化を把握しづらい他、新商品をリリースするまでのリードタイムが長く、外部環境の変化から取り残されるリスクが高い

(3)全体をバクっと捉えてしまうと変化の兆しを見逃す

 生活者の態度変容や行動変化の量は、性別や年代、地域によって異なるもの。人軸を意識せず、商品軸の販売成果だけを見ていると、足元で起きている変化の兆しを見逃す可能性がある

2.足踏みしてると提供価値が日ごとに目減る

(1)商品の提供価値の総量

 商品価値の総量は、発売した日を頂点とし、出した端から相対的に劣化を始め、その価値は日が経過するごとに目減っていく

(2)商品開発にかかるリードタイムの問題

 新商品開発を意思決定した際の根拠や前提は1年~2年前に起きていた事象に基づいているため、商品発売時点の最適解とは限らない

(3)自社商品を取り巻く外部の環境は移り変わる

 生活者の期待値が変わり、競合の新商品が発売される等、周囲の環境が変わっていくため、自社商品の価値は、相対的に下落。定番商品であっても例外ではなく、棚の維持が困難化する原因となる

3.変化が大きい時代の処方箋

(1)期待値と商品価値のズレと増幅

 生活者の心象や価値観の変化は、現商品の提供価値とお客さまの期待値との間にズレを生じさせる。そのズレ幅はサプライサプライチェーン上で増幅していき、結果的に店頭でお客さまに選択されない理由となる。

(2)商品発売日はゴールではなくスタート地点

 数年かけ準備した商品のリリースをゴールと捉えるのではなく、むしろスタート地点と位置付け、「小さい変革、改善」を回し続ける

(3)変化へ即応する際の処方箋

 「変化対応のための一連のアクションを1周つなげること」、「大きな変化を追わず、小さい改善を短い時間で実施すること」、「お客さま期待とのズレを埋めるサイクルを回し続けること」

4.DXの目的と意味意義の解釈

(1)認識のズレが発生する原因(アナログ)

 過去の経験に基づいたり、特定の人の考え方に拠った属人的な判定がされる等、定性的な情報に基づくアナログな意思決定のスタイル

(2)ズレを縮める考え方(デジタル)

 複合的なデータとその掛け合わせによる「ファクト」に根拠を見出す等、多面的な読み解きや、定量的な材料に基づいて思考するデジタルなスタイル

(3)DX(デジタルトランスフォーメーション)の意義と意味

  • DXの目的:小さい事でも、事実に基づくアクションを取ることによって「顧客に提供する新たな価値」を見出すこと

  • DXの主体:ファクトに基づく判断や判定を行う「デジタル思考」を備えた社員

  • DXの推進:事実に基づく判断や変革のアクションを起こすために必要なデジタル思考を備えた人材の育成と、デジタル思考の取組みが日々実行される組織文化の定着と浸透に関するアクション

5.データの種類課題

(1)単一業態のデータでは足りない

 業種や業態の垣根が低くなり、お客さまもSM、Drs、CVSといった業態を使い分ける(買い回る)ため、単一業態のデータだけを見ても、生活者の購買行動や動向を正確に把握することが難しい

(2)自社のデータだけではわからない

 EC、即配、ネットスーパー、BOPIS等、様々な買い方やサービスの選択肢があるため、自社店頭の購買データだけを分析しても、お客様の期待値の変化やライフスタイルの理解は難しい

(3)POSデータは過去のこと

 POSデータは過去に起きた事実であり、今後の変化を捉えたり予測したりする際や、生活者の心理の深層を把握するのには不十分

(4)IDがないと顔が見えない

 POSデータにはIDがなく、最も重要な「誰」が購入したのか不明。そのため、お客様の期待値の変化など、現在起きているリアルな事象が見えづらい

6.データの整備課題

(1)データ取得にはお金かかる

 データを整備し、販売している企業と個々に契約する必要がある。メーカーのマーケティング部門が年間の予算として認められる金額感を考慮すると、複数のデータを調達することは容易ではない

(2)データが貯まるまでに時間かかる

 データ分析や活用が可能な分量に到達するまでに時間がかかる。データ起点のマーケティング活動を開始するための先行投資(費用先行)を覚悟する必要がある

(3)尺度を合わせるための物差しが必要

 データを使いこなせる状態にするために「用途目的に応じたマスタ整備」が不可欠。データをアクティベーションする作業には大きなコストと労力がかかる他、一たび始めると、容易に止められない

(4)誰でも使えるようにするのに手がかかる

 データリテラシーを問わず、全社員が利用できる環境を整える必要がある。データ分析のメニュー作りやBIツールへのデータセットのため、データエンジニアの採用や育成が不可欠

7.データの活用課題

(1)数字の羅列を見ても答えはわからない

 データ自体は単なる材料や素材に過ぎず、データがあれば、未来のアクションに繋がるヒントが見えてきたり、問題が自動的に解決するわけではない

(2)目的にあったメニューがない限り宝の持ち腐れ

 BIツールは一般的に多彩な機能を持ち、導入費用も嵩む。ただし、社員が見たい情報に手軽にアクセスできない場合、有効活用されず、宝の持ち腐れになる可能性がある

(3)データの読み解きや意味解釈のリテラシーが必要

 社員がデータリテラシーを身につけるために、BIツールの導入とは別に、データの意味解釈と読み解きができる外部の専門家によるレクチャーや伴走が必要

(4)目的と手段が逆転しがち

 データを見る、分析するという作業自体が目的化しやすいことに加え、次第にそこに固執してしまう傾向があるため、常に手段と目的が逆転しないように留意することが重要

8.DX推進時の組織課題

(1)予算化のハードル

 複数のデータを収集、データのアクティベーション、集計・分析・可視化する環境の整備にかかる費用に加え、DX人材の登用や育成、外部の専門家への伴走依頼が必要になるケースがある。メーカーの1部署が負担するには非常に高額であり、予算化自体が難しい

(2)一つの部門で完結するものではない

 マーケティングは全社の戦略方針や共通の事業目標を達成するための、複数部門や組織を横断した取り組み。起案組織の一部門や一部署だけでDXを進めようとしても、上手くいく可能性は低い

(3)データ活用の必要性を説くポジション

 会社の戦略と事業目標に基づいて全社的な協調が必要となる活動であるため、DX推進の責任者は、部門を超えた全社的な権限を持つポジションに置く必要がある

(4)データ活用のリテラシー

 データ活用やデジタル、IT領域の基本的な知識を持ち、この領域のトレンドを一定のレベルで理解する土地勘を持った旗振り役が必要になるが、プロパー社員の中から適任者を見出すのが難しい

9.小さくても1周回った事例作りからスタート

(1)最初の1歩目を踏み出す際の考え方

 事前に周到な計画を立て、データ活用の環境が整備されるのを待ってから取組むのではなく、小さい取組みでも、事実に基づくアクションやプロセスが連なる1周を回した事例を作る

(2)小さくても1周回った状態ができると理解者が増える

 データ起点で1周のサイクルを回し、成果や目標との差異を関係する部門へデジタルに説明できるようになると、自分事としてイメージしやすくなり、デジタル思考の考え方やスタイルが組織全体に広がっていくきっかけになる。

10.分析ツールの操作ではなく考えるパートに時間をかける

(1)陥りがちな状態(手番が前後する)

 外部データの購入や、BIツールや予測分析のためのシステム導入などハードの整備を先行してしまうと、一部限定的な組織での活用に留まってしまう等、使いこなすまでに至らず、結果、宝の持ち腐れになる

(2)順番が前後することを防ぐ(留意点)

 データ原理主義(データ至上の考え方)に陥り、取組みの起点をデータ取得に置いてしまうと、DXの成功確率は低下する。
 社員が備えるべきスキルは、BIツールを駆使して、複雑な分析メニューを動かすことではなく、課題の背景を十分理解した上で、データ起点でビジネス課題を整理し、解決する力

(3)ソフトを先行させるアプローチ

 ソフトが社員に備わらない限り、付加価値を生むことがないハードの環境整備を先行させることなく、データの中から読み取れるファクトを根拠とする事例開発や課題解決の実行プランの検討等、考えるプロセスを回すことを優先する

11.サイクルを回し続けると同時に連携範囲を広げる

(1)取組み自体を正常進化させる(垂直方向)

 デジタル思考での業務プロセス、データを基にした事例開発等の1周目の結果を踏まえ、即、2周目のサイクルに着手する。短サイクルでの改善を常に回し続ける

(2)同じ目線、共通の物差しを広げていく(水平方向)

 データに基づいた業務プロセスを確実に1周回したことで得た課題、学びや気づきといった成果を、水平方向に共有、発信することで、社内の他の部署にデジタル思考の取組みを波及させ、共感者や理解者、協働者を増やしていく

12.少しずつ伝播浸透させメンタリティとして根付かせる

(1)時間をかけて少しずつ伝播させていくもの

 デジタル思考(事実ベース)で業務を行うという方針を示した後、概念だけを唱えるのではなく、日々の実践を通じ、徐々にスタイルが変わり、必要なスキルが習得され、会社の共通の価値観として定着させるまでに、数年かかる、という取り組みの性質を理解する 

(2)中期的に当たり前のものとする

 デジタル思考の業務スタイルが浸透し、可変する時代の要請にアジャストできる企業体に変わっていくまで、5年~7年程度のスパンを覚悟した上で、着実に企業・組織の風土を変革する、浸透させる

 ここまで、「デジタル思考とデータドリブン・マーケティング」の連載を読んでいただき、ありがとうございました。お礼申し上げます。

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