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Ilze Burkovska-Jacobsen『My Favorite War』ラトビア、私の好きな戦争は第二次大戦でした

"私の好きな戦争"とは、ソ連の垂れ流していた戦勝記念プロパガンダ映画を見た少女時代の監督の言葉であり、統制されたソ連衛星国家の状態を的確に表す言葉と言えるだろう。物語は1974年、海を見たことがない監督のために危険を犯して家族で浜辺に行ったエピソードから始まり、現代を実写で、過去(監督の子供時代)と大過去(二次大戦)をアニメで描きながら交互に移動して展開される。アニメパートの登場人物は、まるで昆虫のような真っ黒で斜めになった目が実に不気味で、『もののけ姫』の"こだま"のような虚ろな感じは、そのまま共産主義への盲信へと繋がるのかもしれない。また、現代/過去を実写/アニメとして分断することで、忌むべき連続性を断ち切りたいという願いも込められているのだろう。この使い分けと横断は中々上手い。

"国家の敵"としてシベリアに行って辛くも帰還した祖父のもと、母親は幼い頃から"国家の敵の娘"として苦労を重ね、熱心な共産党員である父親と結婚しても、彼がすぐに亡くなってしまったことで問題は再燃する。そこで、幼い監督は母親と自身の夢のために、ピオネールのリーダーになるという、ガチガチの共産主義に染まりに行く決断をするのだが、祖父や母親の影響もあって監督自身がそこまで狂信的でない分、中枢にいながらも冷静に物事を捉えているのが面白い。というか、これまでソ連崩壊後の衛星国の作品で自分からピオネールのリーダーになった人物を見たことがない気がする。祖父の"トマト(中まで真っ赤)がいいか、ラディッシュ(外側だけ真っ赤)がいいか"という発言が非常に興味深い。昨今の"正しさ"を売りにする映画は、ここで大根を出すだろうが、当時を生きていた人間が未来ある若者に対して生き延びる術を伝授するなら、無難にラディッシュで構わないのだ。彼女はゴルバチョフの登場を大きなきっかけとして、"大根"へと変わり、そのまま国もソ連から脱した。

"私の好きな戦争"を経てソ連へと組み込まれた、忘れられた国家ラトビアの歴史を成長とともに紐解いていくことで、彼女と我々の理解の成長を同調させている。アニメ/実写の横断も含めて、非常に私的な作品でありながら構造は非常に親切で、かつ上手い。それだけに、登場人物がずっと英語で喋っているのだけが気になって仕方がなかった。

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・作品データ

原題:Mans mīļākais karš
上映時間:82分
監督:Ilze Burkovska-Jacobsen
製作:2020年(ラトビア, ノルウェー)

・評価:60点

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