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Martti Helde『Scandinavian Silence』届かぬ思い、更なる沈黙

ノベンバーで私の心を撃ち抜いた"エストニアのエリザベス・モス"ことレア・レスト(Rea Lest)の主演最新作。応援しているエストニア映画ではあるのだが、題名が指し示すように舞台はおそらく初冬のスカンジナヴィア半島だ。モノクロの世界の中、木々の枝には真っ白な雪が積もり、氷河が削り取った山々や流れる小川は黒黒としている。どこに行くかも教えてくれない、そんな森の一本道を、二人の男女を乗せた車が静かに走っている。上から見た森は雪をかぶって真っ白なのに、横から見ると枝が折り重なって真っ黒なのだ。そのような白と黒の対比が、二人の人生の明暗をハッキリと示しているようで、息が詰まるような不穏な空気を高めていく。

本作品は三つのパートに分かれていて、各パートは全く同じシーンを繰り返す。森を歩く男を女が車で拾い、途中休憩を挟みつつ旅を続ける。しかし、それぞれのパートに別々の特徴がある。最初のパートは男=兄しか喋らない。次のパートは女=妹しか喋らない。そして、最後のパートは最早誰も喋らない=スカンジナヴィアの沈黙が映画を包み込む。

そう、一番最後になるまで一度も兄妹の会話が成立しない。同じ画面に入っていることすら稀で、基本的には車の運転席と助手席に乗った二人が目線を合わせない一方的な独り言が繰り広げられる。これは、おそらくはそれぞれの内心を示していて、会えなかった長い時間に整理のついたようでついていない感情をお互いに水面下で投げつけあっているのだ。つまり、実際に起っているのは最後の沈黙パートであり、永久に解決し無さそうな"取り残された"兄妹の物語は互いの感情を知らないまま突き進んでいく。

兄の話。彼は両親を殺した罪で刑務所から出てきたところで、家に帰る途中で妹に拾われたのだ。彼は暴力的だった父親の"男になれ"という言葉に疑問を持ちつつ、妹を早くに救ってやれなかったことを悔いている。また、名言はされないが、妹の罪を被ったという主旨の発言もしているため、実際に両親を殺したのは妹なのかもしれない。

妹の話。幼い頃から性的虐待を受けているようで、現在でもそれを引き摺って生活している。具体的には明かされないが、ダイナーで娼婦と罵られたり、見知らぬ男を追ってトイレに行って後ろから手コキしたりするあたりから断片的に彼女の"乱れた"生活が垣間見える。また、兄が逮捕された時にやって来た叔父も相当危ない人物だったようで、釈放されるまでの長い時間は大変な時間でもあったようだ。

そうして、一方通行の"会話"は思い出の場所に集約される。幸せだったあの頃、兄妹が過ごした森は、今では野原になっていて、兄は思わず車を止めて外に出る。かつて森だった場所は、真っ白な雪に覆われて、だだっ広い空間を空に見せつけていた。そこだけ伐採されていることからも、戻ることの出来ない子供時代という心象風景ということが伺える。

終始無言だった、或いは喋り続けていた二人の前に警察が現れる。妹が乗っていた車は盗難車だったのだ。兄は焦る。"君は確実に戻ってくるね"と言われたことを思い起こさせつつ、再び自由と妹を失うことを恐れていた。"これ(車)がなかったら会えなかったでしょ?"と涙を流す妹を横目に、兄は車を動かした。長い沈黙の後で二人は初めての会話を交わし、手を握り合って初めて互いに触れることで、映画は次第に色を得始め、兄妹は"絆"を取り戻した。

・作品データ

原題:SKANDINAAVIA VAIKUS
上映時間:75分
監督:Martti Hilde
公開:2019年3月29日(エストニア)

・評価:97点

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