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エリア・スレイマン『消えゆく者たちの年代記』パレスチナ、滑稽な日常風景

本作品はイツハク・ラビン暗殺とベンヤミン・ネタニヤフ当選直後の、イスラエルとパレスチナの和平プロセスが緊迫した時期を舞台としているが、明白には提示されない。エリア・スレイマン演じる現代のユロ氏とも呼べる"ES"氏は後の『D.I.』や『天国にちがいない』と同じく言葉少なに佇むだけで、映画全体も関連性のない挿話が並べられているに過ぎない。一応、本作品は大きく二つのパートに分けられており、第一部となる"ナザレの個人日記"では、スレイマンの親族たちの日常生活が描かれている。"聖地"という名前のお土産店が登場するのだが、お土産の聖水を水道から瓶に移しているのが印象的だ。ガリラヤ湖で水上スキーを楽しむ人々を眺めながら、正教会の司祭が"今じゃ誰でも水の上歩けるしね"と半ギレなのも可愛い。挿話の合間はES氏によるものと思われるパソコンのタイプで紡がれ、これから始まる挿話の時間軸や短い表題を提示する。

第二部"エルサレム政治日記"はより政治的な色を帯びてくる。オープニングから"昔は友人だったのになぜ争うの?"という曲が流れる中でパレスチナを目指す道を車で走り始め、西エルサレム地域でアパート探しに苦戦を強いられるパレスチナ人女優が登場したり、ES氏の自宅が二人組の警官隊に突撃されたり、女優が拾ったイスラエル警察の無線機でイタズラをした挙げ句パレスチナ賛歌を歌ったりと中々過激。と思えば車の窓ガラスを鏡代わりに武術の練習をするおっさんが登場したり、トークセッションに呼ばれたスレイマン監督が話し始めようとするとマイクがハウり始め、赤ちゃんが泣き叫び、客席から電話対応に追われて席を立つ人が続出したりなど、日常風景も忘れずに挟まれる。

アラビア語とヘブライ語の聞き分けができれば本作品の皮肉が多少なりとも理解できるのかと思うと悔しい部分もあるが、やはりそういう部分以外に"面白み"を求めてしまうあたり『天国にちがいない』で指摘されていた"部外者にも分かりやすくしないと製作資金が出せないし、セールスも出来ない"というフランスのプロデューサーの言葉を思い出してしまう。本作品の全体的な生臭さというか過激さは、それはそれで魅力的だとは思うし、デビュー中編『Introduction to the End of an Argument』が中々過激なコラージュ作品だったことを考えると、本作品を以てしても丸くなってはいると思うのだが、個人的には荒唐無稽さが増した後年の作品のほうが好き。

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・作品データ

原題:سجل اختفاء / Chronicle of a Disappearance
上映時間:88分
監督:Elia Suleiman
製作:1996年(パレスチナ, イスラエル, ドイツ, フランス, アメリカ)

・評価:70点

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